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薫の故郷  作者: 赤靴ドラゴン
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東京異変1

  一章 東京変異


 空を見ていた。夕日に染まる朱と大地に広がる『赤』は、まるで違う。

 どうしてこんなことになったのか、と考えたが、その原因は自分にあると思い出すと、少しだけ笑った。だけど疲れすぎて、感情の変化もすぐに消えてしまう。

 少年は高みの見物をやめ、巨大な生物から数段高い階段から飛び降りるように降りた。

 その生物は、完全なる『球体』である。そしてこれは『卵』だった。化け物はこの『完全な球体』の中から生まれる。

 少年は地面に刺さる刀を引き抜くと、背後の卵が内側からたたき始めた。

 五メートルはあるであろう卵にひびが入る。もうじき生まれる。

「…………やってやるさ」

 亀裂の中から垣間見えた無数の手と眼光。

 目から放たれた光は大地を燃やし、伸びる触手は植物を腐らせる。

 地球にとって、人類にとって『害』にしかならない生物を、人は何かを考える前に倒すしかない。

 それは一種の防衛本能として。

 ならば少年も同じなのか? いや、違った。少年が戦う理由は、人間が本来持つ感情ではない。

 ただ求める。人が求めないものを、少年は求め続けている。



『球体』の正体とは? 

 その謎は東京中央部にある。

 第一号『球体』が初めて確認されたのは今から五十年前。『球体』は忽然と現れたのだ。

 忽然と現れた球体に人は好奇と関心を寄せる。警察機関はなにかのデモンストレーションだろうと思いながらも警戒をした。しかし、これから起きる悲劇を、誰も予想していなかった。

『球体』に亀裂が走り、ふ化するようにとある『生物』があふれ出す。『生物』は人を襲った。女だろうと子供だろうと、肉をさき、骨を噛み千切る。

 あっという間の地獄絵図。

 そんな地獄を懸想としたのか、はたまたそんな機能があるのか。大理石のように白い『殻』は、人の血を吸って深紅に染まる。

 殻は次第に砕け、芽が出て、芽同士が絡まって巨大な大樹へと成長をする。いくつもの大樹はビルを喰い、アスファルトを陥没させる。そこからわき出る進化した『虫』には、火薬兵器では歯が立たない。一方的に『虫』は人を暗い、その血が大樹を作り上げる。たった一日で死者は五〇〇人を超えてしまった。

 未知との遭遇と悲劇に、東京はあっとういう間に壊滅した。

 大樹海と化した東京を、人類は燃やすことはせず、天まで届く巨大な壁を作り、東京を囲った。その壁は五十年経った今でも、まだ建設途中。

 かつて人々が集まる世界有数の都市は、未知の植物と人食い昆虫に占拠された。



「ねえ、薫。あの壁の向こうには何があると思う?」

 昼休みの食事時間。

 学校の屋上から見える巨大な壁は、かつて東京のシンボルだったスカイツリーよりも高い。壁はまだ完成していなく、今も建設途中だ。

「あの壁は東京に密集する樹木『シンラ』と、その蟲を東京外へださないためのものだよ。だから壁の向こうは木と虫ばかり」

 つまらなそうに薫と呼ばれた少年は答え、安っぽいパンをかじりつく。

 帯薫はお茶を飲んで、つまらなそうに大きなあくびをした。彼は立ち上がり、壁の向こうへ見る少女と肩を並べる。

 彼は少女より頭二つ分高く、体格も高校生には似合わない。

「でも薫は行ったことあるんでしょ?」

「行ったことなぁいよぉ。虫、嫌いだし」

 ぼんやりと止まらなそうにため息を吐いて、ペットボトルの中身を飲み干した。

「それに東京っていまじゃ禁止エリアだし。入ったら帰って来れないよ」

 ファッションやメディアの最先端と言われた都市は、今では死の都市として世界中で知れ渡る。

 東京に広がる樹海。その一本一本は未だすべてが解明されていない『シンラ』という植物。これにはほかの植物と違い、電気が帯びている。この電気があらゆる電気物質を麻痺させる。

 全世界の軍事武装のほとんどが電気を必要としている以上、『東京』に入っても十分な力を引き出せない。

 生身で入れば蟲に喰われる以上、武装は過去に遡った古風なものばかり。調査部隊を送りたくても、命を失うばかりで、なかなか真実を解明できない。

「おまえは、東京に行きたいのか?」

 え? と深紅の長紙がふわりと動いた。

 少女の名は天妙寺静。腰まで届く長い髪は、染めたのかと思うほど真っ赤で、きれいだ。すらりと伸びた身長と、女性らしい曲線は、そこらの女性よりも輝いて見える。輝いている人の周りには、常に人がいる。彼女の笑顔は、人々を癒やす。人気者。なのに、常に一人でいる薫の隣にいるのは、彼女だった。

「うーん……やっぱり気にならない? ロマンがあって」

「ロマン……ねえ……」

 薫は思う。あの地獄にロマンなんてものはない。

 入れば樹海ばかりなのに血のにおいが籠もり、いくら歩いても誰かが見ている視線が外せない。

 気を許せば蟲が襲いかかるだろう。

 あの地は、地獄なのだ。

「私は行きたいな」

「…………」

 それは、きっと幸福の思想だ。

 薫は適当に相づちを打つ。

 もうそろそろチャイムが鳴る。二人は教室に戻った。


 現在、東京都にはA・B・Cの三つのエリアに区分けされている。中心に行けば行くほどシンラの密生度と蟲の個体レベルは高くなる。中心から離れれば危険度は低くなり、電気器具もほんのちょっぴりだけ使える。といっても自衛隊の精鋭部隊は一日も経たずに危険度最低のCエリアから逃げ出すことになるが。

「自衛隊精鋭部隊っていってもそのほとんどはごく普通の『人間』だ。東京都を生きるには超人的な方向感覚、三メートルもの虫を打ち負かす『特殊』身体能力が必要だ。この二つがあれば一人でも入れる。もっとも、Cエリアが限界だと思うけどね」

「で、あんたは俺に何のようだ?」

 薫はポットに入っていた朱色の液体をコップに注ぎ、一つをテーブルの向こうに座る女性へ渡した。

「うーん、いい香りだ。優雅な香りからしてローズレットか。どれ」

 麗しい唇がコップに触れる。

「おぉ……この酸味はハイビスカスだな。しかしその中で酸味とは違う刺激がある。ペパーミント……ローズヒップ……。うん、女性を美しくするためのブレンドだな」

 ありがとう、そんなことを言っただけで、とても魅惑的だった。年齢は四十を超えていると言うが、外見だけ見れば二十後半に見えるだろう。

 深紅のスーツから覗く胸元は、あらゆる男性を釘付けにする。それを狙ってやっているのか、あるいは天然なのか、それなりに長い付き合いなのにまだわからない。

 女性の名は士原讃美。

「高校生で一番おいしく煎れられるんじゃないのか、ハーブティ」

「お世辞か?」

「本当のことだよ。どうだ、私がきみに投資しようか? 店を作り、従業員を雇ってあげよう。きみの好きな店を私がプレゼントしよう」

 ハハハと豪快に笑う讃美に、薫はお茶を飲んでため息を吐いた。

「わざわざ俺んちに来て、話すことはそんなことか?」

「ああ、違う。私は今日、きみに頼み事をしてきた」

「頼み事?」

 嫌な予感は讃美が家に来た瞬間から感じていた。彼女は薫にとって不幸を送ってくる神だ。


「東京に行ってくれないか?」


 そして、予感は常に確信となってやってくる。

 薫は即首を横に振った。

「いやですよ、面倒です」

「いいじゃないか。二年分の家賃を払ってあげてるんだよ? さらにもう二年払ってあげようじゃないか。それとも引っ越ししてもっといい場所に暮らしてあげようか?」

「いや、いいです。ここは気に入ってるんで」

 一人暮らしをしようと決意した日に、讃美は薫の前に現れた。讃美の第一印象は、「悪魔的だ」だった。

 実際に悪魔だ。彼女は何度か薫に東京エリアに行かせている。蟲の討伐、シンラの回収など様々だ。いつの日か、神奈川では一番東京の地に足を踏み入れているんじゃないかと薫は思うようになる。それでも、薫は東京の地へ行きたくない。それほど危険な地なのだ。

「アンタには感謝しています。それはお茶と菜って貴方に提供しています」

「えぇえ……もう少しいいもので返してよ」

「いま、お茶はおいしいって行ってくれましたよね?」

「…………」

「…………」

 二人の沈黙は恐ろしいほど長くなった。仕方がないので薫はため息を漏らして、

「今回は、どういう意味で東京に行けと?」

「行ってくれるのか!?」

「中身次第です。あと報酬次第」

 讃美はバックから紙がたくさん入ったクリアファイルをバックから出す。

「これ、東京エリアの絵なんだけどさ」

 それは赤、黄色、緑に区分けされた東京上空の絵だった。色が分けられた理由は危険度を表示しているからだろう。その中に黒い点がいくつかある。

「点の下にあるのは数字?」

「それも追々説明する。まず、今日の頼み事は、人命救助よ」

「……初めてのジャンルだな」

「そうだね。この人はきみと同じ民間調査員」

「俺、別に民間調査員になる気はなかったんだけど」 

 調査員は文字通り、民間が東京エリアを捜索してくれる人員のことだ。だが民間調査員の数は圧倒的に少ない。いくら報酬が高くても、片道切符なら行く気も薄れてしまう。

「その人はもしもの場合を考えて、発信器を持たせていたわ。だけど電磁波の影響と電池の少なさで、もう時間はないの。それに、もう時期『夜』が訪れる」

「なに?」

 すべての樹木が発光しているために、東京は夜になっても昼間のように明るい。宇宙から見て、どこが東京なのか一目でわかるほどだ。

 だが、シンラの輝きが消える時間がある。それは『夜』と呼ばれ、蟲たちの活動がもっとも凶暴化する。

 夜になってしまえば、生存率はゼロパーセント。助かりはしない。

「…………」

「ちなみに薫、この間に依頼を断ったよね?」

「ああ、そうだな」

 薫はその依頼の内容を憶えていない。ただ報酬はとても高かったような気がした。忘れるのだから、きっとどうでもいい内容だったのだろう。

「その依頼、その人が引き受けたから」

「……え?」

 もしも。

 もしも薫がその依頼を引き受けていたのならば、彼女ではなく薫が東京エリアに取り残されたことになる。

 それは薫の命が明日につながったと言うことだが、薫にとってそれは『悲しい』ことだった。薫ではなく、名前も知らないが人がその境遇に立っている。罪悪感を感じた。

「『夜』まであと五時間。もしも引き受けてくれるならば、道具はすべてこちらが用意してあげる」

「…………俺は」


 何度ため息を漏らして、何度帰りたいと思ったことか。

 明日は学校なのに、と独りごちたところで、一度了承を断ることは出来ない。

 空まで届く『壁』の内側に入るには、二通りの方法がある。一つは飛行機を使って空から落ちる手段。しかしこれは『シンラ』による磁場により、飛行機そのものが機能停止する危険性があるため、人一人が降りようとしたら飛行機も墜落する羽目になるだろう。

 もう一つの方法は、ミサイルを連射されてもびくともしない頑丈な門をくぐること。縦横五十メートルの盛大な扉は、さらに世界一の分厚さも兼ね備えている。門は全部で四カ所。その四カ所は二十四時間体制の警備、蟲が何かの間違いで入ったとしても、重火器で対応できるように配備されている。

 門の形をした要塞の前に、あどけなさを持つ少年が一人。

 彼はまるで学校から帰ってきたような制服姿であるが、持っているものは些か奇妙だった。バックの代わりに等身ほどの『ながいもの』を持つ。

 門に近づくと、機関銃を携帯する軍人が、「止まれ!」と制止を呼びかける。薫はその一言でぴたりと止まった。

「この門に何しに来た?」

「ちょっと中に入りたいんですけど」

「中に入りたい、だと?」

 帽子のつばを上げて、薫の顔をよく見る軍人。そして盛大に笑った。

「おいおい! 遠足かよおまえ!」

 薫は苦笑しながらも、周りを見渡す。いつもならば入れるはずだ。顔なじみの軍人ならば話は早い。その人は薫の実力を知り、幾度もなく生還するのを知っている。だが、悲しいことは、この生還は非公式である部分。記録には残らない。

「それに知ってるか? あと二時間で東京は夜になる。ただでさえ化け物の巣窟なのに、夜になればもはや誰も帰って来れない! 例外なく、だ!」

「だから急いでるんですけどねえ……」

 東京に人がいるから助けたい、そんなことを言って、果たして信じるだろうか。こんな高校生が。長もの一つしか携帯しない少年の言葉なんか。

「早く家に帰りな。俺も早く帰りたいんだ。昼には聞こえない蟲の声が聞こえて気味が悪い」

 この男は決して悪気があって言っているのではない。帯薫少年は何も知らないから、親切に教えているだけ。だから、薫は強行にでれなかった。

「------通してやれ」

 優しく、丁重に、だけどふざけていた。

 薫の目の前にいた軍人は、飄々としながらもそんな口調と態度だった。だが、その一声で一変する。

 背筋はまっすぐ伸び、かかとをあわせる。

「えさになりたいのならば、死なせてあげろ」

 声の先にいた人物は、薫が探していた人物。薫の実力と秘密を知る人だ。

 しかし目の前の軍人同様、薫もいつものようなあくびは漏らせない。軍服を着ても、屈強な威圧感と経験は隠せない。五十を超えていると、以前教えてくれた。彼を知る軍人は、まだ最前線に立てると言っていった。

「源さん……」

「また東京に入るのか。今日は旧町田市か」

 源さんと言われた男は切りそろえられたブロンド色の髭を撫で、やれやれと言わんばかりにため息をついた。

「うん。入りたくないけど……頼まれたからね」

「頼まれた……おまえも立派な民間調査員だな」

「いや、そんな役所に着いた憶えないから」

 この門に来る前に、薫は聞き慣れない民間調査員を調べた。その役柄は、左記の説明通りに東京を調べてもらう非軍人のこと。政府から頼まれたものを回収、あるいは討伐することで、多額の報酬をもらえるが、しかし命の保証はしてくれない以上、調査員の数は少ない。しかもこの調査員、年齢制限はないが、免許制度である。

「俺、そんなのになったつもりはないけど」

「となると報酬は直にもらえるわけじゃないのか……おまえ、また讃美に金を半分持って枯れたんじゃね?」

「え? そうなの?」

 刹那的に讃美の悪徳ぶりが見えたような気がした薫である。

「一馬、門を開けるぞ」

「えっ!?」

「早くしろ。夜になったら大変だ」

 は、はい、とすべてを理解していないような身振りで、源さんが言われるままに動く。

「蟲に動きは?」

「ないぜ。だけどこの間変な鎧が中に入って以来、少し蟲がざわついているようだ」

「鎧?」

「強化武装ってやつか? きっとどっかの国が作ったんだろう」

 そっか、と薫は呟いた。

 扉は開き、樹海の香りが風とともにやってくる。

 人々にとってはこの匂いは恐怖の匂いだという。だが薫にとっては、懐かしさを感じた。

「行くかね」

その歩調に恐怖はなかった。


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