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アルティメット  作者: 奇逆 白刃
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闇路

人の欲望って言うのは、突き詰めてしまえば些細な問題でしかない。

例えば、便利な機械が欲しい、とか。

例えば、一生かかっても使い切れない位の金が欲しい、とか。

それは、誰もがよく言っている事だが、果たしてそれは本当に必要か?

安全で快適な家を出たくないがために機械を求めて。

あらゆる事態に対応するがために金を求める。

そう、結局奴らは、死を怖じているだけ。

得体の知れない物を、怖じているだけだ。

まるで、今のオレのように。

「それが、オレにとって何の益になる?」

何度目かのこの台詞もただの虚勢だ。

「自分の事ばかり考えるな。あんたは今この世界の一端を手に取ったんだ、ダクト」

ダクト。知らない筈のオレの名を、そいつは呼ぶ。

自らを闇の古代神だとそいつは言った。普通は嘘としか聞こえないそれも、その双眼を見れば真実と捉えるほかない。

まるで呪われた宝石の様に、流れ出す血の様に輝く紅の左目は外気に晒されていて。

地獄の深淵を写し取ったかの様な漆黒の右目は、長い前髪に隠されている。

野心と冷酷と狡猾と妖艶を織り交ぜたかのように醜悪で崇高な悪魔の姿とその端正な顔立ちは、あまりにも不自然なほどに似つかわしい。

圧倒的な威圧感に対抗することは出来ないと分かっていながら、これも単なる虚勢と分かっていながら、オレは恐怖に硬直したまま名乗られたそいつの名を呼ぶ。

「それは世界のためじゃなく、ブイオ、あんたとあんたの仲間のためなんじゃないのか」

「それはない。世界のためでもあんたのためでも俺のためでもある。それはさっき言った筈だ」

ブイオはそこで一旦言葉を切った。無造作に手を伸ばし、睨んだまま動けないでいるオレの眉間に触れる。

「……この鎌が、それを証明している」

全力を振り絞って、オレは顔を逸らした。

右目を通る長い刀傷を柄に見立て、鎌の形に施された黒い刺青。これによって不運にも七人目の主人公に選ばれてしまったオレの名は、さっきも言った通りダクトという。身長約百四十八センチ、体重約四十二キロの十四歳で、両目とも黒色だが、切られた事によって右目の視力は失っている。髪は短い。

オレはもともと、キル=クェロッタと呼ばれる小さな町に住んでいた。しかしついこの間、隣国であるトウェルート王国によって町は侵略され、住民は殺されるか捕まるかの選択を余儀なくされた。オレはもちろん死にたくなかったから捕まる方を選び、奴隷としてやがて売られる身を奴らの陣地に預けた訳だ。ちなみに目の刀傷はこの時に付いたけれど、この時はまだ刺青が無い。複数の見張りがいる国外れの地下牢のようなそこで、オレは鹿の様な獅子の様な謎の生物に出会い、そして何故か、気を失った。気が付いたら、牢の鍵は開け放たれていて、見張りは全員死んでいた。どうしてそうなったのか理由は分からなかったが、そのタイミングで牢を抜け出して、地上に上がって、そこでブイオが待っていた。

で、色々訳の分からない話をされて、今に至る。

ブイオに訊いたところ、あの生物は麒麟というらしい。死の神獣なんだとか。刺青も、どうやらその麒麟に出会った時に付いたらしかった。

「証明……なら、仮に」

《ダクネシア(闇)=サイサル(鎌)》

そう小声ではっきりと呟くと、オレの手の中に、細かな装飾を施された巨大な鎌が現れた。震える手で、ブイオに向かってそれを構える。

「こうして、あんたを切り倒すのもありってことか」

「そうだな。それが出来るというのなら」

対して、ブイオは全く怖じた風も無く笑う。そして、コウモリのような羽を動かして空中に飛び上がった。

「その意気だ、ダクト。そうやって、前に進んで行け。邪魔なものは片っ端から薙ぎ払ってしまえば良い」

そしてそのまま、ブイオは飛び去って行った。白み始めた明け方の空に、その黒い姿がまるで溶け込むかのように無くなっていく。それを見送って、オレは静かに溜息をついた。緊張から解放され座り込みたい気分。けれど、場所が場所である以上、それは出来ない。

「ふん……上等だ」

そこまで言うのなら、やってやろうじゃないか。両足首を繋いでいた鎖を、鎌を振るって断ち切る。たいして重くもないし、完全に取る必要はないだろう。意識すると、鎌は手の内から薄れて消えた。

とりあえず、向かう先は復讐だ。この国を支配するなんて事はしないが、俺や仲間を殺し、捕まえた奴らだけはどうしても許せない。目指すは王じゃなく、軍隊だとかいう奴らだ。

とりあえず、情報を集めるために国の中心部へ向かおう。市場とか、人が多く集まっている所が狙い目だな。

勘と記憶だけを頼りに、オレは歩き出した。どうやらこの国は、城を中心に同心円状になっているらしい。一旦横道を見付ければ、それがずっと先まで続いている。その先には、城の尖塔が見えた。

その中の一本に入って進むにつれ、風景が次第に変わっていく。覆い茂る木は整然とした建物に、でこぼこした土は形を整えられた石に。

すれ違った人々の大半が、オレを見て驚いている。おそらく、オレの足の切れた鎖を見たのだろう。指差して騒ぐ奴もいる。だけど、直接的には何の罪もないこいつらに構っている暇はない。

それよりも、まずは市場だ。そう思いながら交差点に差し掛かった矢先、目の前を金色の影が横切った。驚いて目で追うと、それが少年である事が分かる。どうやら追われているらしく、その後ろから複数の男達が少年の後を追って走って行く。

そしてそれを目に捕えた瞬間、オレは衝動的に走り出した。少年を助けようだとかそういう感情ではなく、後ろの男達、それが軍隊の一員である事が分かったからだ。あの軍服、見間違えようがない。

幸い、足の速さには自信があった。男達に容易に追い付く。しかしすぐに切り掛かる事はせず、まずは追い抜き、少年と男達の間に入った。そして少し進んだ所で足を止め、振り向きざまに唱える。

「ダクネシア=サイサル」

直後、男達はオレの目の前で足を止めた。数は三人。オレにというより、突然現れた鎌の方を警戒したのだろう。確かに、こんなものは普通に生きている限り目にしない筈だ。

即座に剣を構える男達。オレはそれを意に介さず突っ込んでいく。決着は二秒でついた。

初めの一振りで振り上げられた男達の剣を腕ごと吹っ飛ばし。

折り返した一振りでがら空きになった男達の胴体を両断する。

ご丁寧にも男達は一列になってくれていたので、全員まとめて終わらせることが出来た。

これで目的は達成した訳だが、一応、背後の少年を振り返る。少年は途中で気が付いたらしく、少し離れた場所で、目を丸くしてオレを見詰めていた。見た所無傷だった。

無事を確認したらそれで立ち去るつもりだった。しかし、また身体が勝手に反応して鎌を構えてしまう。それは、別に少年が軍隊の一員に見えたからではない。

その姿が、ついさっき別れた筈のブイオの姿に一瞬見えたからだった。

髪も目も金色で、髪の長さも全然違う。年齢も、遥かに若く見える。けれど、顔面の右半分を前髪で隠し、残りを後頭部で一つにまとめている髪型は、嫌でも記憶と一致した。明らかに別人なのに、どうしても恐怖が拭えない。

すると、少年もオレの敵意を感じ取ったのだろう、呆けていた表情を引き締めた。

次の瞬間、その口から予想だにしない言葉が放たれる。

それはこの少年が普通でない事、そして、オレと少なからず関係がある事を示していた。

「シャルネス(光)=ダガン(刃)」

……古代の言葉だ。直後、それを裏付けるかのように、少年の手に短剣が現れる。

僅かな沈黙の後、オレはゆっくりと鎌を降ろした。


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