森羅
自分は特別?
多分そうじゃない。
けど、間違いなく願ってる。そうでありたいってな。
理由はただ一つ。だってそうだから、だ。
……さぁてと。
「贈り物。気にいってくれたか?」
「あん?」
「その弓。母のに魔力、込めた」
「はぁん。これか。あぁ、なかなかだぜ」
今、俺様は謎の巨人と相対している。
巨人である事の基準なんざ知ったことじゃねぇが、あぐらかいて俺様よりデカいんだから、まぁ間違いねぇだろ。
そうそう、俺様の事を知らない人のために自己紹介。
名前はタイガ。遥か昔、この森に棲んでいた先住民の血を引いている、言わば末裔って奴だ。その証拠は二つあって、まず一つ。〔メヒム〕というその先住民は肌が緑色をしていて、薄まってはいてもその血を受け継いでいる俺様の肌も、若干ながら緑がかっている様に見えなくもない。ま、あるいは目の錯覚なのかもしんねぇが、そんな事は些細な問題に過ぎねーし、そういう事にしてる。
そしてもう一つの特徴。こっちの方が重要なんだが、何を隠そう、俺様の身長は十五歳現在で二百十七センチだ。これでも結構縮まった方で、だいぶ前に死んだ親父は二百五十六あったし、もともとは五メートルを軽く超えていたらしい。この俺様が言うのもなんだが、少し、つーか相当信じられねぇ。
ちなみに俺様の髪の色は緑で、メヒムにならって一本の三つ編みにして首に巻いている。やってみて気付いたが、冬は案外暖かいもんなんだ、これ。
それで、もう分かったと思うが、今俺様の前にいる巨人ってのが、そのメヒム。さっき自分でそう言ってた。ちなみに名前は、ヴァネルというらしい。
……でもって、贈り物か。
どうやら俺様は、弓をもらっていたらしい。いや、確かに手に入れた事は手に入れたんだが、もらった自覚が無かった。勝手に拾ったつもりになってた。
「この弓を、あんたがねぇ……名前とか、ついてんの?」
「ああ。ついている」
「なんて?」
「フォレスティーナ(森)=ボウン(弓)」
「フォレス……聞いた事ねぇ言葉だな」
「これは、昔使われていた言葉だから。今じゃ、神々の言葉」
「それ、自分が神だっつってるようなもんだぜ」
「神じゃないけど、歳と経験だけはそんな感じだ」
そう言って、ヴァネルは屈託なく笑った。俺様と同じ髪型で、身長も大きく、それでそう笑われると……すげぇやりにくい。なんか、俺様自身を見てるような気分になる。
「この名前、覚えておいた方が良い」
「なんで?つーかこれ、ほんとにもらっちゃっていいのか?」
「構わない。この弓は普通に使っても良い弓だ。けど、名前を呼んでから使えば、魔法が使える」
……魔法だって?
んなもん、存在してたのか。
いや、仮にそうだとしても信憑性がちょっと、な。
「信じてないなら、やってみればいい」
俺様の表情を読み取ったのか、ヴァネルが弓を指し示した。
いや、そりゃあそうなんだけどもさ……
考えてみて欲しい。
どこに誰がいるともしれない場所で。
先祖だと名乗る奴に言われただけで。
聞いた事も無い〔神々の言葉〕を呼ぶ。
……断言しても良い。何の躊躇いも無くそんなことを出来る奴なんて、世界中でも一桁しか存在してねぇ。
でもな……
目の前でヴァネルが、期待に満ちた笑顔で俺様を見詰めてる。
きらきらとしたその表情は、俺様が首を横に振った瞬間に、泣き顔へと変わってしまいそうだ。
やりたくない言いたくない。けど、面倒はそれ以上に嫌だ。
「チッ……ええい、もうどうにでもなっちまえ」
吐き捨てる様に呟いて一言、記憶していたそれを、目の前のヴァネルに向かい、放つ。
「フォレスティーナ=ボウン!」
半信半疑。それでも、異変は起こった。
足元から、螺旋状に木の葉と土が舞い上がって、それは徐々に収縮しながら形を成していく。
現われたのは、もちろんその弓……ただし、サイズが桁違いの。
「うわ、でっけぇ……」
二メートル……五十は、あるか。確かになんか凄そうだが、これじゃ俺様の矢が使えねぇな。
「どうだ。使えそうか?」
予想通り、ヴァネルの満面の笑み。
うーわ、これ後に退けねぇパターンじゃねぇか。
失敗しちまったかな……
「んー?あー、じゃあ……」
ま、こうなっちまった以上、やってみなきゃ始まんねぇか。でも、矢が使えねぇってんじゃな。なんか代わりになるもんは……
右見て、左見て、下見て……上!
……お。あったあった。
少し伸び上がり、頭上の枝を掴んで折り取った。ほんとはこんなことしたくねぇけど、この際だ、今回だけは許してもらおう。
小枝と葉をはらうと、細くて真っ直ぐな、良い感じの矢ができた。矢羽が無いからコントロール性は若干低下するが、何を隠そう俺様はこれまで十五年間、狩り一筋の生活だ。これしきのことで挫けてたまるか。
矢を弓につがえ、遠くの木に狙いをつけて放った。放たれた矢は軌道を違わず、まるで吸い込まれる様に、木に突き刺さる。
そうだな……この様子なら、まず問題ねぇだろ。つーか、無茶苦茶だよこれ。コントロール良すぎだろ。
「見ての通りだな。こりゃまたえらい性能のいい弓だ」
「そうだろう?」
得意気なヴァネルの顔。うん、これなら成功だな。面倒な事にもなってないし。
それで、えーっと。
確か、魔法が使えるんだったっけか?
言うと、ヴァネルは頷いた。
「そうだ。だけど、それにもまた」
「名前がある、だろ?」
だったら早く教えてくれよ。正直、こうなったらもう使いたくて堪んねぇ。
迫り寄る俺様に、しかしヴァネルは首を横に振った。
「いや。名前は確かにある。けど、俺は知らない」
「知らない……ってなぁ、あんた」
んな無茶な。だったらどうしろってんだ。
手に弓を持ったまま、思わずフリーズする。ヴァネルは申し訳無さそうに頭を掻いた。
「それは、自分で探して欲しい。必要だと思ったらその弓が勝手に取り込んでくれるから。名前も、弓が教えてくれる。確か、探すのは全部で四つだったはずだ」
「……そうか。で、それが何の役に立つ?それをするだけの価値はねぇの?」
「もちろんある。それは大切な一部品だ」
「部品?何の」
「世界に幸福と秩序をもたらす竜……アルティメット=ドラゴン。一つでも欠けると、それは生まれない」