陽炎
勇者になりたい訳じゃない。
英雄になりたい訳でもない。
もちろん、敗北者も嫌だ。
自分は一体、何になりたいのだろう。
そもそも、何になれるの?
あいつの登場は、それを増やしたのかな。
それとも、減らしたのかな。
いっそ、この存在ごと、消そうとしてたりして。
……いや。それよりもまずは、目の前の事から片付けるべきかな。
「えーとぉ」
目の前で首をもたげた友好的じゃない敵に対して、笑顔を振りまいてみる。
「おれっちに何か用かなぁ?」
返事無し!きゃーどうしよう。
「うーん。つか、こんなグロい敵一体どうしろと」
今、目の前にいるのは七メートル位ある巨大な芋虫みたいな奴。
身体には嫌な感じの光沢があって、何かこう、ねろねろしてるというかぬとぬとしてるというか。……うん、止めとこ。おれっち虫苦手。
「……え、虫?」
……新種?
っていやいや、それどころじゃないって。
「ほ、ほら!おれっちこーんな非力だからさ!ね!お家に帰ってちょーだい!」
努めて明るくそう言い、視線を合わせようとしたがそもそも目が無かった。何ですか、この首切ったら歯がありましたーってカンジは。
もう嫌。ほんと嫌。どっから来たのこのモンスター。何気に数センチずつ近付いて来ないで。無駄に遅いし。
……良いやもう、まだ距離十五メートル位あるし、現実逃避に自己紹介でもしよっと。
と、いう訳でおれっちの名前はシャマ。名字は無くって十七歳。身長百七十三センチ、体重は五十四キロ。生まれ持っての紅い髪と目が誇りの、どどんと主人公四人目!
でもって今変な奴と遭遇してるのはちょっと離れた所なんだけど、おれっちが住んでるのは少し大きめの村。火山の火口近くにある村で、名前はずっと昔から変わってない。フラムフエゴっていうんだ。
自分で言うのもアレだけど、村の中じゃおれっちは結構アクロバティックな方で。だから、祭りの時なんかは皆の前で踊ったりもする。と言ってももちろん優雅な奴じゃなくて、力強い感じの方だからね。という訳で、髪型的には、長めのを後ろに流し、それが顔に落ちて来ないように布を頭に巻いて止めているって状況。……分かる?
「それと……ん?」
あ、あれ……?なんか急に暗くなった。なんかちょいちょい嫌な予感がするんだけど。
……べちゃっ。
頭の上に、何かが落ちて来る。触ると、粘度の高い透明な、これは……えっと。
「そうそう、まるで唾液みた、い……な」
ふ、と上を見上げる。青空が広がっているはずのそこには。
「……うわああぁぁああぁあぁああぁああ!」
何も考えず反射で跳び下がった。直後、そこに奴の首が、いや正確には口が、垂直に落下してくる。危なかった。もし後一秒、遅れていたら……や、考えない考えない考えてはいけない。
な、何なにナニ。案外速いんじゃんこいつ。
ていうか逃げれば良いんだけど。
あいにく、この道は細い上に背後は崖でして。
となると、取る事のできる方法は限られて来るな。
一つ目。大人しく喰われる。
「……やだよ」
命は惜しいんで、却下。
二つ目。意を決して崖から飛び降りる。
「てかここ、火口なんだけどね」
下はマグマの海って事で、却下。
三つ目。戦う。
「……んな無茶な」
却下……だけど、もう選択肢は残されてない。ていうか、思い付かない。
答えが出ない内に、奴はまた距離を詰めて来た。もう跳び下がれるスペースは無い。次襲われたら確実に喰われる。
キシャアァアア!
「きゃああああ!」
不気味な声と共に、再び落ちてこようとする口。
もういい分かった!こうなりゃなんだっていい!
とりあえず、ずっと手の中で握り締めていた物を奴に向かってブン投げた。
何を投げたかなんて知る由も無い。だって、何も考えてなかったから。
選ぶとかしてない。だって、それしかなかったから。
きっと奴はそんなもの、意にも介さず飲み込んでしまっただろう。
すると、予想に大きく反して奴が突然燃え上がった。ちょっと待って、理解不能。なんでどーして。
炎に包まれてもがき苦しむモンスター。その口に、つっかえ棒のように何かが刺さっている。炎が激しすぎてよく見えないけど、どうやら剣のようだ。
「はっ、え、誰が助けっ」
周りを見回す。後ろには誰も居ない。前はモンスターで何も見えない。
やがて、現れた時と同じように突然、炎は消え失せた。モンスターは骨の髄まで燃やし尽くされてしまったらしく、炭と灰だけが残っている。
そしてその中に、見慣れない物を見付けた。灰が舞わないように気を付けながらそれを拾い上げる。
「剣……や、ネックレス?」
銀色の鎖の先に小さな剣が付いている。ああ、そういえばこれを投げたんだった。さっき真っ赤な変な鳥に会って、その時から持ってたんだっけ。すっかり忘れていた。
「う~ん?……さっきの、剣?これ」
よく見えなかったとはいえ、この小さな剣はモンスターの口に刺さっていた剣によく似ている気がする。でも、あれは大きかったし……。
けど、もしも大きくなったとしたら?これが原因で、燃えたんだったら?
他に原因は考えられないし、だとすると……
「なんか……凄いかも、これ」
今更だけど、もらっちゃっていいかな。いいよね、うん。
とりあえず、首に掛けてみる。よし、錯覚なのは分かってるけど、なんか力が湧いて来た。
さて……村に帰らなきゃな。ここからだと疲れるけど。
片足で地面を強く蹴る。跳躍して、土で出来た壁の窪みに足を掛けた。両手の指を立ててその上のでっぱりを掴む。そして、身体を持ち上げる。後は、それの繰り返し。そうやって壁を登って行く。これを登り切れば村に着くんだ。さっき登って逃げなかったのは、土が脆いと落ちるから。この壁は三十メートルくらいあるし地面は固いから、下手すれば大惨事になる。普段は使わない道だけど、この際しょうがないや。近いし。
腕の筋肉を若干つらせながらやっとのことで村に辿りついたおれっちを待っていたのは……ていうかまず目に飛び込んで来たのは、予想だにしない光景だった。
「……っ!」
考える間もなく、無言でネックレスに手を掛けた。