迅雷
もしも他人が他人なら、
自分は一体誰なのか。
もしも自分が自分なら、
他人は一体誰なのか。
他人にとって自分は自分、
自分にとって他人は他人。
もしも他人が自分なら……
……自分はきっと、他人なのだろう。
だったら、苦しみながら死んでいったアイツは、どっちだったんだろう。
理解も認識もする前に散ったアイツは?
落ち沈んだ闇の中で、そんなどうでもいい事を考えた。
「アニキッ!」
「あ……うぁ」
「ちょ、大丈夫ッスか、アニキ?」
「あー、あぁ。何とか」
身を起こした。
一瞬の闇から決別して。
一瞬の、なんて表現は、あくまで俺自身にとっての話だが。
それにしても、さっき起こった事は、にわかに信じがたかった。
あれじゃあ……竜神じゃないか。
ヤオヨロズの神……みたいな。
「なあ。俺、どうしてた?」
「んなこと、オレぁ知りませんよ!」
くらくらする頭を押さえながら座り込んでいる俺をよそに、黄泉路はいそいそと死体の片付けを始めた。
「オレだって今来たばっかなんスから……アニキから連絡があって、来たらアニキが倒れてたんスよ」
「……」
さてここで、二人目の主人公紹介といこう。
運命雷牙。古代はサンダードナー、そして今は日本と、そう呼ばれている国で暮らしている。身長百八十四センチ、体重五十八キロの現在十九歳。
最近髪を切ったが、なんか切りすぎた気がする。坊主とまでは言わないが、ツンツンしてるな。
仕事は、殺し屋。しかも、政府・警察御用達のまっとうな殺し屋だ。
政府や警察が誰を殺すのかって?……そうだな、多分誰でも顔を見た事がある人物だ。
例えば、二十年も逃げ続けている凶悪な犯罪者。
例えば、政府や警察が払いたくない程の多額な懸賞金がかかっている犯罪者。
ま、そんなところだ。
それに、俺や仲間に関しては銃刀法を免除されてるからかなり安全でもある。もちろん、だからといって大っぴらに何かやったりはしないがな。
はっきり言って、正義の味方と悪の手先の、ド中心にいる。
「アニキ!今回はアニキ一人ですか?」
「ん?……あぁ、まぁ木っ端仕事だからな。けど、紅蓮くらいは居ても良かったかもな」
そうだ、後々関わって来る事もあると思うから、この殺し屋グループについても少し解説しておこう。
かっこいい名前やら何やらは、持ってない。けど「八頭奇逆」と言えば、相手方には大抵通じる。その名の通り、いつの時代も八人でメンバーを組んでいる、小規模グループだ。
そして、担当によって使う名前も決まっている。六百年前、このグループが創立した時から変わっていないそうだ。ちなみに創立者の八人、その内の六人までが俺の先祖。何でそんなに多いのかは、また別の話か何かで調べてくれ。
話を戻そう。
担当によって使っている、これはもちろん偽名な訳だが、一応紹介しておくから、可能なら覚えておいてほしい。自分自身も他のメンバーの本名は知らないから、な。
主に指示を担当するまとめ役。総頭、奇逆白刃。
武器を使わず独自の殺法を持つ体術使い。一つ頭、奇逆紅蓮。
木立の中など視界が悪い所で役立つ、弓矢使い。二つ頭、奇逆蒼古。
時間が無い時など、瞬殺を得意とする刃物使い。三つ頭、奇逆黒雨。
情報収集と証拠隠滅を担当するサポート役。四つ頭、奇逆黄泉路。
基本は狙撃、必要とあらば爆破もする火薬使い。五つ頭、奇逆翠霞。
もし目撃者がいた場合、その処理にあたる後掃除役。六つ頭、奇逆燈火。
ターゲットを呼び出したり一人にしたりする話術使い。七つ頭、奇逆紫雨。
あ、あとそれと。含まれてはいないけど、忘れてはいけない謎の存在。
俺達……つまりメンバーをドラフトする少年がいる。灰色の目をした黒髪の少年。素性は誰も知らないけど、俺達が本当にピンチになった時には助けてくれて、それがまたものすごく強くて、何ていうか……そう、俺のあこがれの存在だ。
ふう……こんなところだな。
「アニキ、燈火さんに連絡要りますか?」
「ああ、頼む。路地の前通りがかりにこっち見た奴が二人いた。おまえも連携とって」
「了解!」
俺の髪と瞳は銀色だ。これは染めたのではなく生まれつきで、六百年前の先祖もそうだったという。確か母方の家系の筈だ。ただ、六百年前の先祖はその色のまま奇逆白刃と名乗っていたたようだが、どうも、俺に指令は似合わない。
というわけで、現在俺は奇逆黒雨を名乗っている。愛用の武器は〈雷ノ刀〉といって、祖父から受け継いだ日本刀だ。名前は少し古臭いが、英訳して〈サンダーソード〉とでも言えばそれらしく聞こえない事も無いか。
まぁ、それはいいとして。
それよりも、問題はさっき起こった事だ。
概要を話すと、俺は嵐の中、ターゲットを殺害した後に雷に打たれ、意識を失ったが今こうしてかすり傷一つ無く立っている、以上。
そりゃ、時と場合によってはただのラッキーで済まされる事だろう。しかし今回の場合、そうは言ってられない。
雨の中(水は電気を通しやすい)。
ビルの間の路地裏(当然、周りのビルはとても高く、避雷針も付いていた)。
刀を持つ腕のピリピリとした痛み(明らかに、これは軽い感電だ。しかも現在進行形)。
死体は黒焦げ(雷に打たれた時、俺は死体に乗って生死を確認していた)。
これだけの物証があって。これだけの証拠があって。これだけの根拠があって。
どうして、ただのラッキーだったと言えるだろうか。
そして、極めつけは何といってもあの幻覚だ。
そう、幻覚。
意識を失う直前、俺は確かに見た。
《確かに見た》って、幽霊かなんかみたいな表現だが、あるいはそれに近いと言っても良いのかもしれない。
目の前で、俺に落ちた筈の雷がとぐろを巻いて……眼を開いた。
物凄く高圧なんだろう電気をバチバチとほとばしらせながら俺を見た、その眼は銀色で。
まるで……俺の分身が現れたかのような、そんな気分になった。
そりゃ、俺はもちろん竜なんかじゃない。けど……あいつは。
生まれた時から俺と旧知の仲であるかのように俺を見詰めて来た。
その眼が細められて……俺はそこで、気を失った。
で、気付いたらこの状況。
「あるいは本当に夢だった、とかな」
「ん?アニキ、何か言いました?」
「え?あぁ、いやいや何でもない。じゃあ、俺は先に帰ってるから。後、頼んだ」
「はぁ……そりゃいいっスけど」
あぁ……疑惑の視線が痛い。
穴が開くような激痛から逃れるように、俺は現場を後にした。