序章《血塗られた赤き死神 -Elf=Redfieeld-》
それは、一万年もの昔の物語になる――。
赤い斜陽に空は彩られ、赤い焔に人家は焼かれ、赤い死化粧に屍体は飾られ、世界は一色に染め上げられた。
立ち込める煙は、まるでつんざくような異臭を放っていた。
人の屍肉の焼けた臭いだ。
――終わり、なのか……
黒煙の立ち込める中、男は吐き気すら忘れ、震える足で立ち上がる。
立派な髭を蓄えたその男は豪奢な外套を羽織っていた。背中には一つの紋章。この国の住人ならば必ず一度は見たことのある鷹の刻印。それは、王家の血筋に連なる者のみが背負うことを許される特別な象徴だ。
しかし、今や男の服は血に塗れ、所々が擦り切れてしまっている。
満身創痍、そのものだった。
かつては王であったその男も、国を失ってしまえばそこには、権威もプライドもない。亡国の王とはいえ、それは只の一人の人間に過ぎないのだ。
国家の集合体、その頭角というものは、多くの手足があって始めて成り立つものだ。一人では何も出来ない。哀れな子羊に等しい存在だ。
血まみれの男は目の前を凝視していた。その先には一人の若者がいた。
と言っても、正確には若者という言葉は適切ではないだろう。相手は人間よりも遥かに長い寿命を持っているのだから。
だが、見たところはまるで青年だ。そんな彼の、温度を感じさせない双眸が静かに光を放っている。
男は目の前の青年の姿をした存在に問い掛けた。
「何故、我らを殺めるというのか……ッ!」
男は唇の端から血を滴らせながら言葉を吐く。一言一言を放つ度、確実に自らの命を蝕んでいた。
青年の姿をした彼はそれに答えず、ただ、俯いているだけだった。
「ガ、ハ――ッ!」
やがて男は力を使い果たし、そのまま地に倒れ伏す。
男は眼を見開いたまま、絶命する。
青年の姿をした彼は、そんな男の様子をただじっと見つめていた。
案じることもなく、蔑むこともなく、感情を感じさせない眼がその屍体を射抜いていた。
網膜に焼き付けるかのように凝視したあと、彼はふいに男から視線を外した。
そして、そっと呟く。
「我が名はエルフ=レッドフィールド。人の歴史を終わらせる者だ」
言うと、そのまま歩き始めた。
太陽は西の山脈に顔を埋めている。
茜空は夜色の幕を下ろそうとしていた。
「恨み言なら、《向こう》で付き合おう」
――
この時代に起きた闘争は『妖精戦争』と呼ばれている。
高度に成長しすぎた文明の反動と言うべきか、増え過ぎた人口は『人間』に侵略という道を選ばせた。
『人間』と共に暮らしてきた同胞であった者。今では疎まれる存在。力では決して叶わない『人間』の上位種。犠牲となった彼の者たちの名は、『妖精族』。
『人間』は選んではならない道を選んでしまった。――即ち、『妖精族』の殲滅という名の道だ。
人口が増えれば土地や金銭、食料などが足りなくなる。生産量にも限りがあった。増やすための努力、減らさないための努力、生き残るための努力。もし、それだけの努力でも足りなかった場合、生きる為の糧は一体どこから得れば良いのだろうか。
『人間族』にとって、選ぶことの出来る選択肢はあまりにも少な過ぎた。
――ならばそう、奪えばいい。
例えば、いつも『人間』より優位に立っている彼らから。永い寿命、丈夫な身体、大きな力を持った彼らから――。
今まで敵うことのなかった相手。勝てることの出来なかった相手。解り合うことの出来なかった相手――。
『妖精族』と戦う。
『人』は次第に決意してゆくのだった。
研究は、ささやかに始められた。『妖精』を殺すことの出来る兵器を開発する研究だった。
『人間』はフラスコの中に夢を浮かべた。
肉体的にも、精神的にも、『人間』を遥かに越えた上等種。彼らにはない強い欲望の心だけが、彼らを越える唯一の手段であると信じて。
そして、数年後、『人間族』の侵略が始まった。
『妖精族』は争い事を拒み、ただ『妖精族』の屍が積み重なるばかりだったが、『妖精王』の崩御を期に、王位継承権第一位の王子が『人間族』に反旗を翻す。
このとき、既に『妖精族』は『人間族』の十分の一以下にまで勢力を縮めていたが、『精霊』の力を借りた『妖精族』の一軍、『龍騎衆』の活躍により、勢力図は急変。倍数以上の軍を相手に『龍騎衆』は獅子奮迅の活躍を見せ、文明兵器を根絶するに至る。それは正に驚異的な戦力であったという。
そうして、『妖精戦争』は終結した。『妖精』側の圧倒的な勝利が世界を蹂躙したのだった。それは秘めたる『妖精族』の力の一端だったのか。それとも、それほどまでに彼らが力を借りたという『精霊』の存在が、大きな勝因となったのだろうか。いや、もしかしたらその両方なのかもしれないし、それ以外の要因による勝利であった可能性も否定できない。
とはいえ、その戦争が残した爪痕はあまりに深かった。
世界の主要都市は焼け野原と化し、機械を再現するための情報、材料、そしてその為の知識の全てが世界から消え失せた。
文明は数千年の逆行を余儀なくされた。
そして、『妖精族』は『人間族』の前から姿を消した。二度と下らぬ諍いを起こさないために。
それが、一万年前に起きたことだとされている。
しかし、これは『妖精』側の主張である。『人間』側の主張は知れない。関係性はほぼ断絶され、既に一万年の年月が経過しているのだから。
――
そして現在――
『妖精戦争』から一万年後――
『妖精族』の隠れ住む村、『エルフの里』。
そこには百人程の『妖精族』が暮らしていた。
◆説明ばかりの序章。
もう少し良い導入方法はなかったのかと問われること数回。ですが何回も書き直した結果これしかなかったんです。完全な消去法でした。当時の僕にはこれが限界でした。
うまく説明できなかったため一から順に説明する、という手法をとってます。
◆『つんざくような異臭』
あんまりツッコミは頂かなかったんですが、日本語としては完全に間違ってます。
『つんざく』はとてもうるさいという感じの意味で、音に対して使う動詞(形容動詞?)です。
ここでは、ニオイの限界を超えるくらいクサイ、という比喩的なニュアンスで使ってます。
正しい日本語ではありませんので、ご注意ください。
◆エルフ=レッドフィールド
実はけっこう重要な人物だったりします。
……何年か前に書いたものです。ルビを振った以外はわりとそのままです。すみません。