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最近のNPCはプログラミングもできますよ。

「おい、武器屋はどこだ?」


 見た目、高校生くらいの男が僕に向かって言った。

 腰から長剣をぶら下げ、軽そうな鎧を身に纏っている。どうやら、剣士のようだ。


「ようこそ、ペチコ村へ」


 村の入り口に立った僕は、ニコッと笑ってそう答えた。

 恥ずかしいくらい特徴のない、簡素なティーシャツと短パンを身に付けている。


「なんだ、看板NPCかよ。糞が!」


 剣士の男は毒づくと、おもむろに僕の腹を蹴っ飛ばした。腹部にズンと痛みが走る。

 ドサッと鈍い音を立てて、僕は尻餅をついた。


「ようこそ、ペチコ村へ」


 僕は腹を押さえながら、先ほどと同じように笑顔を浮かべてそう繰り返した。


「ははっ、なにこいつ。うけるー」


 その様子を見ていた中学生くらいの少女が、おかしそうに笑った。

 青色のトンガリ帽子にマント。手には可愛らしい装飾が加えられた杖。

 見るからに魔法使いという感じだ。


 剣士の男が腰に手を当てて、ため息を吐いた。


「もういいや、自分で探す。行こうぜ、ミリィ」


 そう言って、ペチコ村へと入っていく。


「あ、待ってよジェイド!」


 女の子らしい声を上げながら、ミリィと呼ばれた少女は男の後を追った。

 僕は立ち上がり、服に付いた砂をはたきながら、そんな二人の背中を見送った。

 そして、心の中で誰ともなく語りかけた。


 

 なあ、誰でもいい。ちょっと聞いてくれ。

 

 目が覚めたら、NPCになってたんだ。

 

 しかも、僕が作っていたゲームの、だ!


 あ、そこらへんのちんけな自作ゲームと一緒にしないでもらいたい。

 僕が作ったこのゲームの名前は、『ワールド オブ ワンダーランド』。通称、WOWウォウ。平成三十二年に実装されてから、人気ゲームランキングで三年連続トップを取り続けている、日本一有名なVRMMOである。


 どう、すごい? 一応僕、二十歳にして天才プログラマーなんです。どやー。

 まあ、でも僕もう死んでるらしいから自慢になんないんだけどね。


「運営のメインプログラマーが、どうやら過労死したらしい」


「ワロタはー」


「モノクロームズ働かせすぎだろ!」


「まあ、このゲームが消えなきゃなんでもいいけどね」


「「「わかるはー!」」」


 NPCとして目を覚ましたその日、村を訪れたプレイヤーたちのそんな会話を耳にした。

 ちなみにモノクロームズは僕が勤めてるゲーム会社。そして、そのメインプログラマーというのが僕。つまり、僕は死んでNPCに転生したってことになるわけだ。

 その日から、はや三日。こんなに冷静に話せている僕は、自分でも順応性が高すぎるとは思う。

 でも仕方ないんだ。このゲームを作った僕だからこそわかってしまうんだ。その根拠として次のことを挙げよう。



 名前も体力ゲージも表示されない。


 ログアウトができない。


 というか、そもそもコマンドアイコンが開かない。



 この時点でプレイヤーとしての権限が何一つ行使されていないわけだ。つまり、今の僕はプレイヤー以下。更に決定的に駄目なのが、次の二点である。



 台詞がテンプレしか言えない。(ようこそペチコ村へ)


 移動できる範囲が、この村の入口周辺だけ。



 これらは、僕がプログラムした看板NPCの特徴そのものなのだ。

 これは認めざるを得ない。自分がNPCに転生したのだと。


 僕はため息を吐いた。

 ってか、なんでNPCなんかに転生したんだよ、僕は。しかも、看板NPCって……。モブキャラもいいところじゃないか。もっと他に選択肢あったんじゃないの?

 別に自分で望んでこうなったわけではなかったが、なにもできなさすぎて僕はこんな意味のない文句を連ねるしかなかった。


 これが夢なら時間が経てば終わるだろ。とりあえず、そんな淡い期待を込めて三日も待ってみたが、現実は厳しかった。目が覚める様子は欠片もない。どうやらこれでは夢ではないらしい。

 テンプレしか話せないから、生前のように、


「絶望したー!」


 と叫ぶことすらできない。


 だめだ。何にも手が思い付かない。いかに天才プログラマーの僕といえど、パソコンがないんじゃお話にならない。


「管理者権限発動!」


 とか、言ってどうにかなったりしないかな……。

 僕はそんなことを心の中でぼやいて、再びため息を吐いた。


 ピッ─


 突如、短く電子音が鳴った。

 そして、僕の目の前にタブレットぐらいの大きさの半透明なディスプレイが出現した。宙に浮いている。

 僕は思わず目を見開いた。


 え? まじで何か出てきちゃったよ……。

 僕はディスプレイに向かって一歩近づいてみた。

 見ると、ディスプレイにはIDとパスワードの入力を促す指示が表示されていた。

 額から垂れた汗が頬を伝う。僕は生唾を飲んだ。

 僕はおもむろに手をかざしてみた。


 ピピッ─


 再び電子音が上がった。

 今度はディスプレイの下にキーボードのような、半透明のパネルが現れた。


 これは、僕がプレイヤーに与えたバーチャル入力端末だ。

 NPCにこんな権限は与えていない。ということは、プログラムがなんらかの理由でこのNPCを僕だと認識しているということか……?


 理由はよくわからなかったが、僕はとにかく入力してみることにした。

 慣れた手つきで、管理者用のIDとパスワードを打ち込んだ。エンターを押すと、ディスプレイが見慣れたプログラミング画面へと切り替わった。

 思わず僕はニヤけた。

  

 これ、プログラム書き換えちゃえば自由になれんじゃね……?


 僕はキーボードに手を伸ばした。


 まずは……。

 

 プログラムを入力し終え、勢いよくエンターを押した。

 僕の眼前に新しいウィンドウが出現した。『会話ツールをアクティブに変更──』と表示されていた。


「でき……た……」


 それは、僕の心からの声。

 僕は思いっきり両手を天高く掲げた。


「よっしゃぁあぁ! 喋れたぞぉぉおぉ!」


 三日ぶりに発した、『ようこそペチコ村へ』以外の言葉はめちゃくちゃ爽快だった。

 僕は思わず、心から声を上げて笑った。


「ははっ、こりゃあいいや。よし、この調子でどんどん権限を増やそう!」

 

 僕はもの凄い勢いでキーボードを叩き続けた。数秒毎に新しいウィンドウが増えていく。それはいつしか僕の体を覆い隠してしまうほどだった。明らかにNPCには不釣合いな権限の量である。


「まあ、こんなものか。よし、次はこの貧相な服装をどうにかしよう」


 僕が新しいプログラムを打とうとしたその瞬間、辺りが急に真っ赤に染まった。

 次いで甲高い警告音が鳴り響いた。


 ──不正アクセスを感知しました──


 抑揚のない機械音声が轟く。


「やべっ……気づかれた!?」


 ディスプレイとウィンドウにノイズが走った。

 まずい、運営が仕掛けてきた!


 僕は急いでキーボードを叩いた。もちろん、衣服を変更するためではない。

 僕のアカウントにプロテクトを掛けるためだ。せっかく手に入れた権限を他人に書き換えられたらたまったもんじゃない。


 

 パスワードを一分間隔でランダムに変更──。


 おまけに長時間アクセスしてきた相手にウイルスを送り込むよう設定しておくか──。


 

 ノイズがだんだんと強くなっていく。

 

「くそっ、間に合え!」


 僕は叫びながらエンターキーを叩いた。

 

 新しいウィンドウが浮かび上がった。


『プロテクト設定完了──』


「ま、間にあったぁ……」


 警告音が止み、辺りは普段の景色へと戻っていった。 

 僕は達成感と安堵感でその場に座り込んだ。そして、大きく息を吸い込んだ。



「はっはぁ! 見ろ、これで僕は自由だ!」



 僕は心から笑った。声を大にして笑い続けた。


 そして、勝利を誇るように、空に向かってガッツポーズを決めた──。


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