episode:13 『Last Action Hero』
5月3日 午前1時18分
真っ白だった視界が、徐々に元に戻り始める。
視界に映るのは、未だ代わらずに包丁を振り下ろし続ける少女の姿。
顔に、首に刺さる度に激痛が迸る。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」
まるで、呪文でも唱えるかのように"ごめんなさい"を繰り返し、それと同時に包丁が振り下ろされる。
既に、幾度と無く振り下ろされた包丁の切っ先は折れている。
「ごめんなさぁぁぁぁぃ」
髪が乱れ、涙と鼻水に汚れた顔を歪めながら、彼女は再び折れた包丁を振り下ろそうとした。
Devastated City Story
episode:13 『Last Action Hero』
「ヒュー……悪いが……死ぬ訳には……いかん……のよ」
ホルスターから抜き取ったP230。
その銃口の先にあるのは、額に穴を開けた山田さんの姿。
包丁を振りかざしたまま停止したその姿は、数瞬の後――そのまま崩れ落ちた。
「やべぇ……声も……力も……でねぇ」
信じられんほどの出血量。多分、動脈がやられたんだろうが……迷彩服がどす黒く変色してやがる。
未だに出血をし続ける首に、破り取った右袖を巻きつける。
これで多少は凌げるだろうが――ヤバイな、血を流しすぎて動けん。
っつーか、確実に致死量は流れ出てんだろ。常識的に考えて。
――タタァァァン……
動く気力も無く、壁に背を預けて座り込んでいた所に、二発の銃声が響き渡った。
『勝幸――西側は阻止したわ。そっちは?』
「しくじった……血を……流しすぎて……動けん」
『怪我をしたのっ!?――待ってて!直ぐにそっちに――』
「来るな……親父さん……聞こえるか」
<<――聴こえてるよ、勝幸君。今、南側のトラックが動き始めた……ゾンビがなだれ込んでくる>>
予想が的中しやがったぜ、クソッたれ!
あのクソガキ、南側は二階から狙撃出来ねぇ事を読んでやがった。
「やられた……な……親父さん……防火シャッター……降ろせ」
<<だが、それでは勝幸君がっ!!>>
『何を諦めてるっ!?もう直ぐ、もう直ぐだから!!』
「間に合わん……もう着やがった――防火シャッターを降ろせっ!!早く!!」
火事場の馬鹿力、再び――ってか?
痛みが突然消え、体に力が戻ってきた。
即座に立ち上がり、防火扉を閉める。
「泉美っ!俺が時間を稼ぐ!直ぐに全員を連れて、屋上へ迎え――大矢が来る!」
『勝幸――愛してる』
「――分かってる」
無線機を切り、覚悟を決める。
後ろから聞こえるのは、うめき声の大合唱。
畜生、こんな合唱なんて聞きたくもねぇよ!
振り向くと同時に、視界に入るのは全力疾走してくるゾンビの大群。
その数――視界を覆い尽くすほど。
「はは……ゾンビ多すぎ」
あまりの数に、殺る気が一気に削がれるが……諦めるって選択肢は、残念ながらコマンドに無い。
床に転がっていた89式を蹴り上げ、掬い取るように右手で掴み、そのまま引き金を引く。
フル・オートで吐き出された銃弾は、目前まで迫っていたゾンビを蹴散らす。
「何度でも言ってやるよ――映画ヲタ無礼るな、ゾンビ野郎!」
空になった弾倉をゾンビに投げつけ、素早く交換して構える。
セレクターを変える時間も無い。指きり射撃で、迫り来るゾンビを撃ち殺しながら前へと進む。
「あぁ、もう、次から次へとゴキブリの如く湧き出てきやがる!」
既に弾の切れた89式で、ゾンビの頭を殴り飛ばす。
殴る度に、部品が吹き飛んでいくが気にしない。そうせ、殴りすぎて銃身はひん曲がってるしな?
出鱈目に走りながら、ショーンの如く89式でゾンビを殴りまくっていたが……
――ガキン
「あ、折れた」
やっぱりと言うか、当然と言うべきか。
本来の用途とはかけ離れた使い道を強要された89式は、ハンドガードの部分から見事に折れた。
「ヤベェな……拳銃の弾も使い切っちまった」
武器が無くなったのを悟ったのか、ゾンビ共は走るのを止めてゆっくりと、俺を包囲するように取り囲む。
その顔は、まるで勝ち誇ったかのように――笑みを浮かべてやがる。
「よう、ゾンビ。笑ったところで、ゾンビはゾンビだぜ?」
その言葉を聞いて、ゾンビ共は一斉に走り始める。
――選択肢は2つだけ。必死に生きるか。必死に死ぬか。
俺が取りえる選択肢はひとつだけ。そう、ひとつだけだ。
――アァァァァァァァ
ブラウン管に映る彼の姿は、何度もみた。
――ウボァァァアァァァァ
最近じゃ、スクリーンにはまったく出ないけれども。
――ウゥァァァァァァァァ
それでも、彼の姿は、戦い方は変わらない。
「もう一度、言うぞゾンビ共――映画ヲタ、無礼るんじゃねぇ!」
彼の名は、ヴァン=ダム。
脳内に焼きついた彼の姿をトレースした俺の蹴りは――見事にゾンビの頭を吹き飛ばした。