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episode:10 『Smooth Criminal part1』


「勝幸っ!」


泉美の声が聞こえ、振り返る。

そこには、階段を昇って来たのか息を切らしている泉美の姿があった。


「泉美か――どうした?」


「下に降りてきた女の子が――大矢君が怪我をしたって聴いて!大矢君は!?何処に居るの!?」


「落ち着け、泉。大矢はゾンビに腕を食われた。既にゾンビ化が進行してて――」


「どれくらい!?」


「どれくらいって、既に左腕が腐ってた」


「なら、まだ腕を切り落とせば間に合うかもしれない!早く大矢君を呼んできて!」


う、腕を切り落とすって何を言ってんだ!?


「落ち着け、泉美!腕を切り落としても意味が無い」


「どういう事よ、勝幸!?」


「落ち着いて聴いてくれ。俺も大矢も――既に感染している」





Devastated City Story

episode:10 『Smooth Criminal part1』






――5月2日 午後10時18分


「それで、勝幸君。君と光司君は間違いなく感染しているのかい?」


多数の防犯モニターに囲まれた警備室で、俺と親父さんはキンキンに冷えたビールを片手に煙草を吹かしていた。

ちなみに、泉美はあの後「嘘だっ!」と叫んで気絶した為に、他の女性に看病を任せておいた。


「はい、確実に。本来なら考えられないような事が簡単に出来るようになってます。例えば、1km以上を全力で走っても軽く息切れする程度、とか」


「なんて事だ……脳のリミッターが切れていては長くは持たないのかい?」


「えぇ、火事場の馬鹿力が常時続いてるんです。脳も、体もそれに耐えられる筈がありません」


「勝幸君、君の見立てでは後どれ位の――」


「分かりません。運がよければ、2日。早ければ今直ぐにでも――時間が、無いんですよ親父さん。大矢は、守山駐屯地に向かいました」


缶ビールを一気に喉に押し流し、カラカラに乾いていた喉を潤す。

畜生、普段ならこんな事をすれば酒に弱い俺は一発で酔うんだが……


「救援を呼ぶ為、か……教えてくれないか、勝幸君。どうして、こんな状況下で君達はそこまで人の為に動けるんだい?」


「ははっ……それを言うなら、親父さんだってそうじゃないですか。俺達が来るまで、たった一人で30名近い彼女達を護ってた」


「違うんだ、私は娘達を護ろうとしただけだ!彼女達は偶々、娘達の近くに居たからに過ぎない!」


「それこそ、凄いですよ親父さん。結果的に彼女達を護り通しているんですから」


「話を逸らさないでくれ!君達の目的は何なんだ?泉美じゃないんだろ?泉美とは、中学以来会っていなかったと聞いた。ここで偶然に会っただけだ」


「えぇ、そうです――親父さん、"武士道とは死ぬ事と見つけたり"って言葉、知ってます?」


「まさか――」


「俺達は、落ちこぼれでした。俺も大矢も、警官になれませんでした。世の為、人の為に――何処かの誰かの未来の為に、そんなガキ臭い理想を求めて生きてたんですよ。映画、好きでしたから」


ガキの頃から映画を見て育ったんだ。

周りがアンパンマンやレンジャー、ライダーに熱中しているときに、俺はターミネーターやロボコップに熱中していた。

大矢と出会ったのは、高校入学して直ぐだった。

特撮と映画が好きだった大矢と俺は、直ぐに意気投合して。

卒業して、別々の大学に進学しても毎日の様に共に遊んでいた。

一緒にバイトして、帰りに牛丼食って、共に警官を目指してた。


「でも、現実って厳しいっすよね?親父さん。俺も大矢も、何度も試験を受けました。愛知県警、警視庁、自衛隊――結局、全部弾かれちまいましたけど」


結局、夢は夢で終わり。

俺も大矢も、生きる為にやりたくもねぇ仕事をせざるを得なかった。

だが、俺はまだマシだった。予備補とはいえ、自衛隊に居た経験を買われて特殊警備に携われたんだからな。

でも、大矢は違った。自分の理想とはかけ離れたスーパーの社員。

何度も自殺しようとしていたのを俺が食い止めてきた。


「でも、ここでまさかの超展開ですよ。カラオケから出てくりゃ、ゾンビだらけ。最初は、ゾンビぶっ殺して終わる心算でした」


別に、生き延びようとしてた訳じゃない。

唯の自己満足。俺達は、映画の様に死にたかっただけだ。

最後の最期までゾンビと戦って死ぬ、どうよ?まさに映画だろ?


「ですが、何故か生き残った。拳銃を手に入れた。そこで、"ゾンビ"って映画をなぞる為にここに来たんです。そしたら、またも超展開ですよ」


理想郷なんて、叫ぶ怪しいおっさんと対峙し。

酒池肉林を覚悟して、中に入ってみれば超ほのぼの空間。


「中に入ってみれば、女子供ばかり。しかも、残された時間はあと僅か。そこで、俺達は思ったんですよ。"こいつは、絶好のチャンスだ"ってね?」


そう、俺達は見つけた。何処かの誰かの未来を……


「親父さん、俺達は脱出させます。それが、俺達に与えられた天命であり、責務です。――これは、これだけは誰にも絶対に否定させねぇぞ!」


そこまで言うと、俺は立ち上がり扉へと向かう。


「勝幸君っ!」


「すいません、親父さん。ちと、頭冷やしてきます」


血が昇った頭を冷やす為、俺は扉を開いて外へと出た。




「……何やってんだかな、俺は」


カフェテリアでブラック・コーヒー片手に煙草を吹かす。

……いかん、煙草の本数が増えてきた。


「あ、あの……これ、着替えです」


灰皿代わりの受け皿に煙草を押し付けていたら、後ろから声がかけられた。

振り向いてみれば、そこには大矢が救出した長身の女の子がスーツを手に立っていた。


「あぁ、君は――」


「"山田 綾香"です。あの、泉美さんがこれを届けてって、言ってました」


そう言いながら差し出されたスーツを受け取る。

……紅のドレスシャツにブラックのスーツかよ。何処のテロリストだっつーの。


「泉美さん、具合が悪いみたいでまた戻ってしまいましたけど……きっと、勝幸さんにはこれが似合うって、言ってました」


「そっか、有難うな?あぁ、コーヒー飲むか?」


俺は彼女に席を勧め、コーヒーを入れるためにカウンターの中に向かった。


「砂糖とミルクは?」


「あ、えっと、ひとつずつでお願いします」


「OK、ちょっち待ってくれよ?めがっさ旨いコーヒーを入れてやんよ」


と、言っても俺はコーヒーメーカーのスイッチを押すだけなんだけどな?

カップに砂糖とミルクをひとつずつ乗せると、席に戻る。


「へい、お待ち!滝本特製コスタリカ・コーヒーだ。旨いぞ?」


本当は、何処のコーヒーだが知らんけどな。


「ふふっ……有難うございます」


彼女は笑顔でそれを受け取ると、カップに口を付けた。


「あ……おいしい」


「そりゃぁ、良かった――大矢は、救援部隊を呼びに一旦駐屯地へと戻った。何、心配する事は無いさ。奴はレンジャー出身でな?公にされちゃぁ、居ないが、俺と大矢は北朝鮮の部隊と交戦して退けたこともあるんだぜ?」


大嘘、ここに極めり。


「え?そうなんですか?」


「マジよ、マジ!それにな、自衛隊が一旦撤収したのだって、戦力を整える為で見捨てた訳じゃない。現に、俺達も残ってたろ?他の場所でも、まだ多くの自衛官達が残って篭城してるんだ。本隊の部隊編成が終わるまでな?」


「それじゃぁ……私達は助かるんですか?」


「あぁ、助かる。絶対に、な。定時連絡によれば、既に各地で編成を終えた部隊が出撃し、奪還作戦を始めているらしい。だから、怖いのはあと少しだけだ」


「よかった……」


俯き、涙を流す彼女をそっとしておき、俺は無言で煙草に火をつける。

俺が話したのは嘘ばかりだが――何も、本当の事を話して怖がらせる事は無いだろ?

静まり返るカフェテリア。だけど、それは不快なものではなく――

大矢が護った、何かを感じさせるものだった。

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