噂の9
<<良い霊の噂>> 主演「栄治様、佐奈様」ボイス提供者「幽霊様」
カメラアングル「栄治様」
この話は、俺と佐奈が夜中にある山道を車でドライブしていた時の不思議な出来事です。
俺達は予約していた旅館を目指して山道を車で走っていると、二つの分岐点に到達しました。
何も書かれていない標識に、古びた左右の矢印。ここで、一時車を止めた。
車内で、俺は旅館のパンフレットを読み直してみたが、パンフレットには、分岐する道の事を書かれていなかった。
「栄治、もしかして道に迷ったの?」
助手席に座っていた佐奈が、すこし心配そうな顔で訊いてくる。
本当のところは、道に迷ってはいないはずなのだが、状況から言えば迷っている。
「とりあえず、左の道に進むか。行き止まりなら、また戻れば良いだけだしな」
「迷った事に対しては、何も言わないのね」
佐奈はため息を漏らしている横で、俺はハンドルを左にすこし切って、アクセルを軽く踏み込んでいく。
車を左の道に走らせていくと、車内に伝わる振動がすこしだけ大きくなっていく。
この道はどうやらあまり整備されていない道。時間的にはもう夜の11時を回り、周りには光の欠片すらない暗闇だ。
何時間か走らせても、何も見えない。道を間違えたんだろうか?
心配になった佐奈は栄治に向かって、
「ねぇ、もう戻った方が良いんじゃない?」
確かに、もう戻った方が良いのは自分でも薄々気付いている。視線をすこしだけ、佐奈に逸らして
「そうだな。これ以上はすこし不味そうだしな」
そう言って、視線を再び前方に向けた。俺は驚いた。
前方に、子供が横切った。栄治は反射的にアクセルからブレーキに右足を切り替えて、車を急いで急停止する。
鼓動の動悸が早くなる。そして、急いで車の外に出た。
轢いてはないか?子供は?そう思いながら周りを見回したが、不思議な事に誰も居ない。
すこし、安心した俺はすこし目を凝らして前方を見る。なんと、前方は断崖絶壁で、先には道がなかった。
あともうすこし、ブレーキを踏むのが遅かったら、俺達は車ごと転落して、死んでいた。
車の中に戻ると、佐奈は一言。
「今横切った子は、きっと私達を助けてくれたんだよ」
安堵の色を顔に浮かべながら、佐奈はそう言うと、後ろから、
『落ちちゃえば、良かったのに……』
寒気を覚える程、冷めた生気のない声が、後部座席の方から聞こえた。
栄治は後ろを振り返ってみるが、誰も居ない。だが、変化があった。
後部座席の一部が、水を零したように濡れている。俺は背筋がゾッとして、急いで車をバックさせて、その場から急いで離れる。
車をバックさせた直後、前方に子供が佇んで、こちらを眺めている。
濡れた短い髪からは水が滴り、片目がなかった。そして、口を動かしている。
『落ちれば良かったんだ!』