表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
噂作成人  作者: 蒼際
8/11

噂の8

 予告CM『なぁ、お前は噂になりたいか?』

     「はぁ?何言ってんだよ?糞野郎!」



 <<噂作成人・十六夜の噂>> 主演「十六夜様、皐月様」エキストラ「多数」

 カメラアングル「十六夜様」



 蒸すような暑さの5月。昨日から梅雨の時期になったのだから、当たり前だ。

 空は灰色の雲に覆われて、炎のような太陽は隠れている。

 薄暗い事務所の天井には、煙草の煙が満ちている。

 煙草を吸うのは、年齢不詳の男性。名前は『十六夜』と言う一風変わった名前だ。

 灰色の胸のすこし開いたシャツからは、満月のようで、すこしだけ欠けている十六夜の月を象った女性物のネックレスを首に提げている。

「皐月、後から読むのは面倒だから、溜め込んでいる資料持って来い」

 口に咥えている煙草のフィルター部分を片手に掴みながらそう言うと、目の前のテーブルに置かれている灰皿の底に、煙草を押し付けて火を消す。

 十六夜の口からは、勢いよく吸った煙草の煙を吹き出している。

「いいですけど、何で今持って来いなんて?」

 事務所内の黒いソファーに腰掛けている6歳くらいの少女、皐月が訊く。

 そんな事は決まっている。十六夜は面倒そうな口振りで、

「お前は俺に一気に資料を見せてくるからな。それだと、俺が辛いだけで、楽の文字の欠片もないだろうが」

 だから、さっさと持って来い。そう言葉を付け足す。

 皐月は納得したのか、事務所の奥に走っていく。

 十六夜は不意に、どんだけ厖大な資料の数溜まってんだ?

 ある意味、どんなモノよりも資料の数が一番、恐怖だ。

 後ろにあるすこし大きなガラスの窓のブラインドが開いている性か、激しさを増している雨水が、窓に激突でもするような勢いで、窓を打ち続けている。

 そんな窓と風景を見ていると、昔の事……『皐月』と言う名前の女性を不意に思い出す。

「まあ、過去は人間には必要だしな」

 小声でそう呟いた。簡単な言葉で、俺はいつも片付ける。

 そんな癖がついてしまった。

「はい!これが溜め込んだ資料です」

 テーブルに重たい衝撃が走る。目の前に突然置かれた資料の山は、俺の想像を超えていた。

「この厚みは何だ?一体、何千枚ある!?」

 いや、これはそんな問題の量じゃない。

 言葉をすこしだけ修正して、再び言葉にする。

「一体、何ヶ月溜め込んだ資料だ?」

「えっとですね……忘れましたけど、何だか、埃を被ったダンボール箱20個分です」

「そんなモノを持ってくるな!捨てろ!!」

 事務所内に、十六夜の怒鳴り声が響き渡る。皐月はすこし驚いたのか、五月蝿かったのか、両手で強く耳を押さえている。

 十六夜は、長ズボンのポケットに片手を突っ込んで、煙草のケースを取り出すが、煙草はなくなっている。

 これには、正直最悪だと思った。

「煙草切れたんですか?――どちらに?」

 6歳くらいの少女・皐月はそう訊く。――十六夜は頭を掻きながら立ち上がり、事務所の出入り口のドアのドアノブを片手掴んでドアを開く。

 皐月は、大人びた口振りで再び質問する。

 十六夜は振り返らずに、

「煙草を買いに行く――留守番しとけよ」

 そう言うと、ドアが完全に閉まる。ドアの先は、隣の建物と事務所を挟んだ路地裏に出る。

 傘は持たないから、雨の日に外に出る時はいつもずぶ濡れになる。

 でも、俺は雨の打たれていた方が、気分が楽になる。昔の事を思い出すが、それもいいと思っている。

 辛い過去ではあるが、俺には辛い事がある方がお似合いだと、最近思っている。

 蒸し暑い空気の中、雨に打たれていた方がすこしだけ涼しい。黒く前髪がすこし伸びた大雑把な髪は雨で濡れて、纏まった感じになっている。

 歩道を歩く人々は、俺以外みんな傘を差している。黒、赤、青、黄色……スケルトンの傘もある。

 俺は思うのだが、傘っていうのは人の心を映しているのだと、最近思う。

 黒の傘は暗い自分を、赤の傘は情熱とか、綺麗な自分を、青の傘は清く良い自分を、透明な傘は曇りのない自分を、そして。

 傘のない俺は何もないんだと、最近思うんだ。


 そういえば、昔に傘をくれた女性が居たな。妙齢の綺麗な女性……そして。

 『十六夜』に殺された女性……。


 売店は事務所から1キロ離れた場所にある。

 古びたちょっとしたトンネルを抜けた先に、売店はある。

 売店に到着すると、いつも吸っている銘柄の煙草を指定して、出された煙草を270円で買う。

 煙草のケースのラベルには『ブラックホワイト』と記名されている20本入りだ。

 事務所に戻るまで、煙草のケースのビニールは外さない。雨に濡れて湿気ると煙草が吸えなくなる。

 何も変わらない売店の帰り道だとは思ったが、俺はなぜか、人に周りを囲まれやすいみたいだ。

「おい、おっさん!殺されたくなかったら金だしな!」

 俺の周りを囲んでいる街のチンピラの一人がそんな事を言いながらナイフをチラつかせる。

 刃渡り20センチ程度の折りたたみ式ナイフ。チンピラの数名は、嘲るような笑いさえ浮かべながら、十六夜を見下すような目で見ている。

 これが世間で問題になっている『恐喝』って奴なんだろうか?俺には小遣いを求める子供にしか見えない。

「これは助言なんだが、脅すならナイフじゃなく、銃にした方が効果は高いぞ?それにな、邪魔だ」

 強調力のないやる気のない眼差しで、十六夜はチンピラ達を一蹴する。

 これには、チンピラは激怒したようだ。

「なに涼しい顔してやがる!ぶっ殺すぞ!?」

 威勢良い叫びに似た大声。威勢よく十六夜の胸ぐらを掴んで、首にナイフを押し当てるチンピラの一人。

 さすがに、これには十六夜も我慢の限界である。

「なぁ、お前は噂になりたいか?」

 重苦しい口振りで、十六夜はチンピラに訊ねる。

「はぁ?何言ってんだよ?糞野郎!」

 大きな声で、チンピラは喧嘩を売るように答える。

 ――そうか。十六夜は小さくそう呟くと、自分の胸ぐらを掴んでいるチンピラの片腕を片手で掴んで。

 バキャッ!チンピラの腕の骨が砕けて、皮膚を砕けた骨が貫く。

「あがっ!!」

 変な叫び声をチンピラは発する。逃げられないようにしないとな――。

 砕けたチンピラの腕から掴んでいた片手の握力を0にする。掴む力がなくなれば、すんなりとチンピラの腕から自分の手を放す事が出来る。

 両手を、トンネルの2方向の出入り口に翳す。逃げれないように、見えない檻を張った。

 これは、ちょっとした種無しの手品だ。檻を張ると、とりあえず先に腕が砕けた方から噂になってもらう事にした。

 十六夜の片手が、腕の砕けたチンピラの首を掴む。

「噂はそうだな……『トンネル内の噂』にでもしておくか」

 そう言うと、首から手を放して、チンピラの口の中に手を突っ込んで、食道、気道を潰す。

 チンピラは膝が崩れて、地面に倒れる。そして、砕けた骨が剥き出しになっている腕に心臓の部分を乗せて、骨が心臓に突き刺さってチンピラの一人を死んだ。

 残ったチンピラは見境もなく、俺に向かって一斉に殴りかかる。

 十六夜はズボンのポケットの中から、事務所の鍵を取り出して、片手の指と指の間に挟んで、チンピラを一人だけ残して、他のチンピラの喉を鍵で引き裂いた。

 息が出来ずに、出血多量で息絶える。あっという間にチンピラは一人を残して全員、死んでしまった。

 残ったチンピラは、その場に尻餅をついて、恐怖している。

「お前は一体、何なんだよ!?」

 チンピラは叫んでいる。だが、とりあえず答える事にする。

「2代目噂作成人の2代目十六夜だ。噂になる前に、一つだけ教えてやるよ。このトンネルの見えない檻は、俺の16の内の一つの能力だ。能力には一つ一つに発生条件があってな」

 十六夜は言葉を途中で止めて、チンピラの頭を掴む。

「今から使う能力は、『桜の木』って奴なんだ。これの発生条件は厳しくてな、使用したら、恐ろしい程、腕の骨が軋むんだ。そして、発生条件は『相手の体に1分間触れ続ける事』だ」

 60秒経ったな。十六夜の言葉が終わると、チンピラは両目を大きく丸くした。

 だが、すこし遅かった。チンピラは一瞬で、開花した桜の木に変わってしまった。

 トンネル内に突然生えた、季節外れの桜の木。十六夜は踵を返して、事務所に帰る。

 十六夜は、トンネルからすこし歩いたところで、小さな声で、

「トンネル内の噂の内容は、どこかのトンネル内に、季節外れの桜の木が生えて、屍の上に綺麗な花びらを散らせていた。噂になってくれてご苦労さん」

 そう呟くと、十六夜は雨の中に消えていく……。




 次回の噂の予告

『次回の噂はちょっとした怪談モノです』by皐月様


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ