噂の6
<<十六夜の月を眺めていた噂2>> 主演「隼人様、皐月様」
カメラアングル「隼人様」
雨は止まずに、激しさを増していく一方だった。
屋根が剥がされた一部からは、雨水が滝のように、地面に叩きつけるように流れ落ちている。
多分、あの流れ落ちている雨水の下に座れば、どこかの滝に打たれる修行僧のモノマネが出来るんじゃないかと思う。
だけど、そんな馬鹿な事は小学生、いや、幼稚園児でも多分しない。
いや、絶対にしない……『絶対』とは言い切れないな。
地面を叩きつけるような雨の音だけが、この潰れ掛けの商店街に鳴り響いている。
蝉の泣き声よりは、まだ五月蝿くはない方だけど、多少なりとも五月蝿い事には変わりはない。
「こんにちわ」
五月蝿い雨の中なのに、とてもよく聞こえる線の細い澄んだ声の妙齢の女性が言う。
後ろから来た性で気付かなかった事もあったが、この五月蝿いくらいの雨の音で足音が掻き消されていたのが本当の理由かもしれない。
空が黒い分厚い雲に覆われている性で、今が昼なのか、夜なのかわからなかったが、この女性が『こんにちわ』と挨拶してきたんなら、きっと昼だ。
浅葱色のカットソーカーディガンとデニムのスカートを着こなしている。
女性の手には畳んだ傘とどこかで買い物でもしたのか、女性としては大きいくらいの白いビニール袋を手に提げている。
「昨日の帰り道にね、すこし考えたんだけど」
そう言いながら、袋の中から白いスケッチブックサイズのホワイトボードと黒の油性ペンを取り出して、
「手話だと、君はあまり話せないと思って、このホワイトボード使って話そ♪」
綺麗な整った顔をニコニコさせながら、俺の手にホワイトボードと油性ペンを手渡す。
なぜ、いきなり渡す?しかも、なぜいきなり親しげな流れになる?
疑問……理解が出来ない。何だか、訳がわからなくなって、ただホワイトボードを凝視する。
なぜ、俺はこのホワイトボードを凝視しているんだ?
そう思うと、女性は片手で口を軽く押さえながら笑っている。
押さえているのは、笑い声をすこしでも漏らさないようにしているだけだ。
何だか、自分が恥ずかしく思えて、勝手に苦笑いを浮かべてしまう。
「深く、考えすぎ、だよ……あ、そういえば君の名前、聞いてなかったね」
笑いを堪えながら、女性は俺の名前を訊いてくる。
――声を出そうと、口を動かしてしまう。でも、それは無意識の内にした事。
早速、このホワイトボードを使わないといけないのか……俺は、昔から黒板やホワイトボードとかに言葉を書き込むのは苦手だった。
いや、言葉を書く事自体が苦手なんだ。
でも、今は書くしかない。出来るだけ丁寧にホワイトボードに書き込む。
一応、『隼人』と書いた……つもりだった。
「何だか、ミミズみたいな字だね……隼人君ね、私は皐月。隼人君には、すこし字を書く練習したほうがいいかもね」
苦笑い気味に皐月はそんな指摘を言う。俺はとりあえず、顔を頷いて答える。