噂の1
<<十六夜の月の噂>>「出演隼人様」脇役「親父、親友、ホームレス様」
2年前の十六夜の月の夜。
まだ、この頃の日本としては珍しい西洋風のカラータイルを幾つも重ねて造られた潰れ掛けの商店街の歩道。
夜中の商店街は、みんな閉店していて、開店している店は一つもない。
とても、暗い商店街を青白い十六夜の月が、すこし明るく照らす。
この商店街は、ホームレス達が寝る場所として使っている公共の場で、俺の周りには、ホームレスが地面に薄いダンボールを何枚も敷いてから、安眠とは言えない浅い眠りに落ちている。
俺の名前は隼人。上の名前はない。というか、昔に捨てた。
捨てたのは、親友が殺された時。
親友はホームレスで、俺は世間で成金とか呼ばれるちょっとした金持ちの跡取りという、すこし異質な立場だった。
だが、そんな異質な立場であっても、俺と親友はそんな事気にしなかった。
「隼人!またあんなホームレスと一緒に居たそうだな!?」
家に帰ると、毎日俺は親父に怒鳴られて、殴られた。
金持ちは、自分より弱いモノを蔑むのが好きなようだ。
俺は、そんな親父、家族が嫌いだ。まだ、ホームレスの方がマシな生き物だ。
殴られた頬はあまり痛くはない。ただすこし口を切っただけ。
「けっ!ホームレスより、アンタの方がクズだよ」
血の混じった唾をフローリングの床に吐き捨てながら、反論する。
当然、これには親父も怒り心頭で、俺の胸ぐらを掴んでさらに殴る。
毎日、それの繰り返しだった。
あの日が来るまで。
朝の公園に転がる親友だった人間の体。全身をナイフか包丁で滅多刺しにされた死体。
世間では、こういうのを『無残に殺された死体』と言うらしいが、本当にその通りだった。
だが、それだけでは、名前を捨てた過去の話としては成り立たない。
名前を捨てて、ホームレスになったのはその日の夜の親父の一言だった。
落胆よりも絶望に近い感情を背負いながら、家に帰るなりに親父が嘲るような笑みを浮かべながら。
「ホームレスが死んだんだってな。あんなゴミは死んだほうが世の中のためってモノだ」
親父は、俺の今もっとも殺意を持てる言葉を、蔑みながら、愉快そうに言う。
俺は、この目の前に居る人間を殺したい殺意を無意識の内に、殴る事で抑える。
こんな奴、殺したところで、あいつは戻って来ない。無駄な罪など背負うだけ無駄すぎるから、殴った。
地面に崩れている人は、指を差しながら、破門、勘当を意味する言葉を叫んでいる。
そこから先は、話さなくてもいい。今の現状がその答えだ。
今日の十六夜の夜は、夏場なのに、すこし涼しい風が吹いている。
『あいつのした噂話……根拠はなかったが、面白かったのにな』
夜はいつも、そんな事を思い出す。