思いでの1ページ
ふとした日常の出会いから付き合いが始った正史と幸。
正史と幸は何に幸せを感じ毎日を生きているのか?
今回はそんな二人の小旅行の思い出の1ページ。
キスの魔法の続編です。
正史からメールが入った。
「今から会える?」
「会いたい」
夜八時。食事もすませくつろいでいた時間だったので、コーヒーをたてて家で待つことにした。
学生なら外で会ってたかもしれない。
独身の大人はある意味便利である。
コーヒーの香りがたつ中、正史が訪ねてきた。
私には解決しなければならない問題がある。今つきあってる彼との別れである。
正史にも彼女がいるが、彼の生き方は、結婚は二度としない。彼女との別れも考えていない。
はたから見ると、勝手な生き方なのだろう。彼がそういう生き方をするようになったのには理由がある。
彼は病気を抱えていた。高校にも行かず、中学も半ば登校せず、社会に出てやりたい放題遊びも仕事もしてきた結果、遺伝の要素もあるにせよ、毎日飲む薬の量はハンパじゃない。肝臓も腎臓も心臓も悲鳴をあげている。
誰のせいでもなく、自分のしてきた事に対しての結果だと知ってる正史は、人の倍の人生を生きる事にした。
仕事も遊びも人を愛し守り抜く事も…
「幸はどうするん?」
私は二人同時に精一杯愛する事はムリだ。
もし、それが出来ていれば離婚もせずに上手く結婚生活を送っていただろう。
現に、正史と出会ってから彼とはキスさえ出来ない。したくない。もう答えは出ていた。「私は、まぁくんを選ぶ。」
「わかった。俺が幸を守ったる。安心せぇ。いつでも飛んできたる。」
淋しがり屋の私には力強い頼もしい言葉だった。
「カギちょうだい。ここは俺の基地や。おちつくわ。」
正史は窓から見える公園を見ながら、幸にそう話した。
正史のキーホルダーには3つのカギがある。
一つは長男として両親を気遣うための実家のカギ。
もう一つは、籍は入れてないが子供との接触を持つための元嫁と子供が住んでいる家のカギ。
そしてもう一つは、2年ほどつきあっている彼女の家のカギ。
そして今、幸の家を自分の基地とするために4つ目のカギを望んでいる。
幸は何の躊躇もなくカギを正史に手渡した。自分が彼の居場所となるために。
正史はいつでも自分の居心地のいい場所を探してる。
私も同じだ。
自分を受け入れ安心出来る居場所はどこにあるのかずっと捜しつづけている。
私の基地は正史自身だ。
家でコーヒーを飲みながら懐かしいオールディーズの音楽を聞き、お互いの肌のぬくもりを感じる事で自分たちが生きている事を確かめていた。
正史に病気がある事と同時に幸も子宮筋腫の摘出手術をうけなければならない事情があった。
幸は以前腕を骨折した事があった。医師の診断では切開手術で治すべきだったが、自分の肌に傷を絶対につけたくない幸は切開手術を拒否した。
その時はなんとか切らずに治す事が出来た。そんな事もあり、今 直面している子宮筋腫の全摘出手術も開腹手術になるなら受けずに死んだ方がいいとまで思うほど、自分の体と女としての象徴にこだわっていた。
いつ自分の命が尽きるのかもわからないまま毎日全力で生きている正史にとって、幸の考えてには腹がたつ。
生きたくても生きられない人がいるのに、手術を拒むのは甘えに過ぎないというのだ。
毎月定期検診を受けるために病院に行ってる正史と共に、幸もセカンドオピニオンとして違う病院で診察を受ける事も必要と思い、一緒に病院に行く事を約束した。
毎日が少しずつ楽しくなっていく。
ただ息をして、生きるために口から食物を取り、食べていくために仕事をし、一日が早く過ぎて眠りにつく事を願っていた幸だったが、今は正史と一緒にいる時間がずっと続いてほしいと願っている。
「ねぇ。日曜日の休みにどこかに行こうよ。」
「幸はどこに行きたいんや?」
「出石。皿そば食べたい。」
「へぇ。毎年海に行く時に近くを通るけど、行った事ないわ。ドライブしながら行こうか?」
「ホント?嬉しい。楽しみ。」
付き合い始めたのが残暑も厳しい9月。出石へは10月の日曜日に行く約束をした。
そして病院へは11月に行く事にした。
仕事をこなし正史がいつ会いに来てくれるかをドキドキしながら待ちわびる毎日が続く。幸は商事会社で外回りの営業の仕事をしている。一方正史も建築の仕事で会社に出勤した後は車で現場回りをしている。
いつでも連絡を取れる事が二人の寂しさを感じさせる事を少なくしていった。
いつでも繋がってる幸せを感じた。
残暑の厳しい9月も間もなく終わる。
正史は週に3回は幸の家に顔を出し、窓から見下ろせる公園を眺め好きな音楽を聞きながら幸との幸せな時間を過ごした。
いつも正史がやってくると、幸は正史の首に腕を巻き付けキスをする。二人が繋がってる事を確かめる為の一つの方法なのだ。
少しのつまみで取り寄せたお酒を二人で味い、近い将来の話をする。
二人に遠い将来の話は必要ない。
二人に明日があれば、また次の日も明日があって続いていくはずだから。
毎日、笑って精一杯生きる事が重要だった。
10月の第一日曜日に兵庫県の出石へ出掛けるため、二人で本を見ながら計画をたてる。
どうも天気は雨模様の用事だ。
「俺、晴れ男やねんけどなぁ。」
正史が出掛ける時に雨が降る事は滅多にないらしい。
「私が雨おんな?やっぱり私が強い?昔から星が強過ぎて男の人をダメにするみたい。」「いや。俺は強いで。幸に負けるわけないわ。俺様やで。」
こんな正史が頼もしく思えた。
雨かもしれない…。
楽しみにしてる大切な一日が晴れる事を願う。
「天気予報変わってきたぞ。曇りになってるわ。」
「まじで?」
メールのやり取りがデートの前夜まで続いた。
「明日の朝8時に迎えに行くし、早く寝ろよ。遅れたら置いてくしなぁ。」
「了解。」
遠足に行く子供が寝付かれないのと同様、結局は熟睡できなかった。
元嫁と子供に費やす時間、もう一人の彼女に費やす時間もないくらい、私に時間と気持ちを傾けてくれてるのがわかる。
出石へのプチ旅行が楽しい思い出になる事を願った。
8時には正史は車で幸の家に着いていた。時間通り出発した。天気はと言うと、曇ってる中に雨がパラパラしていた。
「幸の勝ちやなぁ。」「勝っても嬉しくないし。」
8時に出発して出石に入る前に軽く食事をするため、雑誌に載ってた最近流行の「たまごかけごはん」を食べに立ち寄った。10時から営業で時間通り着いたのに、現地は人であふれていた。
順番の札を渡された。26番。
店に入って食べ始めたのは11時をまわってた。「やっとだね。」
「さぁ、食べよか。」炊きたての白ごはんに、醤油とワサビを入れて溶いたたまごをかけ、刻みのりをのせ口いっぱいにほおばった。たまごの新鮮な濃厚さがたまらない。
「オムレツも食べればよかったね。残念。」「次また来たらえぇやん。もっと早く出なアカンけどなぁ。待つのキライやし。」
面倒くさい事が嫌いな正史がよくガマンして1時間も待ったものだと幸は感謝した。
食事も済ませ、出石に向かう。
天気は曇りになっていて、雨粒は落ちてこない。
「晴れろ。」と正史は空に向かって手をかざした。
「晴れ男の気合いや。」
出石は小京都ともいわれている城下町だ。
今、お城はなく城壁が残っているのだかが、その城壁の上から見下ろせる町の風景が好きな幸は年に一度は訪れている。
町の真ん中に立つ時を告げる辰鼓楼は昔ながらの姿のまま、鐘をならし時間を知らせてくれる。
日曜日とあって人の賑わいも多いと感じていたら、10月の2週目の日曜日は出石祭の日だった。
神輿や担ぎ手の声を聞くのは、幸にとっても初めての経験である。
「スゴイ日に来たね。ビックリ。」
「俺も嬉しいわ。年に2回は俺も神輿担いでるねんで。」
確かにマンションから見える公園にたくさんの若手衆が集まり神輿を担いでる姿は何度も見てる。その中に正史はいつもいたのだ。
皿そばを食べながら祭りを見れそうな店に入り観覧する事にした。
さっきたまごかけごはんを食べてから時間はそんなにたっていない。
「俺といたら、よくたべるなぁ。」
確かに幸は正史に出会ってから食事も喉を通らない状態で、体重は1ヵ月で3キロは落ちていた。
幸自身どうしたものか、食べたいのに食べられない。
「まだ恋煩いか?俺のせい?」
正史が好きだ。ずっと一緒にいたい。でも無理もわかっている。家族もあり彼女もいる中で、独り占めできない悔しさと悲しみと、自分を気遣ってくれる正史のやさしさに胸が苦しくなる。
一緒にいる時は忘れていても、正史が帰る時間が近付くと刹那さが込み上げて来る。
自分でコントロールできない悔しさもあった。
今まで遊びでつきあった人たちのように割り切れない。正史のためなら死さえも怖くないと言う気持ちさえ持っていた。依存しきってしまっている。
祭りは夕方まで続くようだった。
「城下町をブラブラして城崎に風呂入りにいこうか?」
「遠くないの?」
「1時間くらいやろう。」
正史はこの日に向けて幸を喜ばすために計画をしていた。
「1日のドライブで、2日も3日も一緒にいるみたい。」
幸は満面の笑みを浮かべ正史に「ありがとう。」と言った。
出石城後に手をつないでのぼり城下町を見下ろし、写真もたくさんカメラに収めた。
正史の暖かい大きな手が好きだ。
ギュッと握りしめるとギュッと反応が返ってくる。言葉がなくても会話が出来る。そんな幸せを感じながら石段を踏み締めた。
こんな時間がずっと続いてほしい。それが幸の願いだった。
町の散策も終え車に乗り込むとまた雨がパラパラと降り出した。
「空から見られてる?」そんな感じだった。
車を走らせ城崎へむかった。
一時間もすると城崎温泉街についた。本当は一泊して温泉を渡り歩き街の風情を味わいたいところだが、仕事を持つ二人にとって少し立ち寄るのが精一杯だった。
「男風呂と女風呂にわかれるか?」
「時間もないし、一緒に入ろうよ?」
家族風呂のあるところを探して飛び込んだ。最近は条令が出来たらしく、入浴するのに住所と名前を書かなくてはならなかった。
夫婦や家族でないと入れない事がわかった。身分証の提示も求められた。
正史が免許証を提示し、幸は持ってないからと言って正史が書いた名前の下に「幸」とだけ書いた。
嘘が後でどうなるかなど気にもならなかった。少しもそばを離れたくない気持ちがそうさせた。
まだ暑い10月の日曜だった。
風呂からあがり、幸はロープウェイで展望台にあがり出石と同様に城崎の町の風景を目に焼き付けられるものと思っていた。
「今何時?」正史が聞いた。
「えっ?もうすぐ4時だけど。」
考えてみたら、ここから京都に帰るにも高速を走っても2時間はかかる。もう帰らないとならないのかと、心が曇った。曇りよりも雨がパラついた。
車に乗り込み天橋立方面に向い1時間ほど走ると「携帯で今日の日没の時間調べて!」と正史が言った。
素直に調べて「5時半」と答えた。
「間に合うかなぁ?今日のもう一つのサプライズや。」車が山を抜けて海沿いに出ると、さっきまでパラついていた雨はやみ、雲の間から少し光が差し込んでいる。
「まぁくんは魔術師?」
いったいどこに向かってるんだろう。
海沿いの細い道を走り少し広い駐車場に車が入って行った。
「間に合った。」
その言葉と同時に幸の目の前に、波打つ青い海と雲の合間から光を発しているまさに沈みかけのオレンジ色の太陽が飛び込んで来た。「すごい。キレイ。ビックリ。」
幸は思わず車を飛び下り、海に向かって走り出した。
「サプライズやろ?」
正史はこの夕陽ヶ浦が大好きで、この夕陽を幸にみせたかったのだ。
「普通、女を落とす時に連れてくるんやろうけどなぁ。今更やけど。」
幸はこの夕陽を忘れる事はないだろうと思った。
今日一日の正史との時間。そして、幸せを感じた瞬間。沈む夕陽の美しさ。感動した出来事。
海辺で貝を拾った。ピンク色。
幸は、思いでの品として拾い集めた。
陽が沈むのを待って帰途についた。
高速を走り京都に戻ったのは九時を過ぎていた。
別れの時間が近付くにつれて幸の心には寂しさが込み上げてくる。「もう少し一緒にいたい。」
「何か足りないなぁと思ったら、密着だけしてないなぁ。」と正史が言った。
家で一緒にいても、ひっついてはいても、その心地よさに二人とも眠りに落ちて、体を重ね合わす事はまれだった。
この日も何もなく、ただ一緒にいて同じ空気を吸い同じ時間を共有し同じ時を過ごせるだけで寂しさはあるものの、それだけでも生きていて幸せだと感じられた。
幸せな一日はこうして過ぎて行った。
幸にとっては、正史のキスが愛しくてたまらない。
九月の始めに交わしたキスで恋に落ち、正史に会える事を切に待ち望み、まだ秋とも言えないくらい暑さが残るこの10月に心に残る思い出の1ページを作れた事に酔いしれていた。
愛とは呼べないが、確かに恋をしている自分を再認識した。
キスの魔法にかかったかのように、幸の目は正史しか見ていない。
今の幸せな時間がずっと続いてほしい。
正史の周りの人間関係など、幸にとっては何の意味も持たない。
正史と幸との関係だけが大切で、大切に思ってもらえてる事が何よりの幸せだった。
一方 正史は、元嫁や子供といる時間やもう一人の彼女との時間よりも、幸との時間が癒しの時間だった。
彼女に満足しきっていたら次の女をわざわざ作る必要もなく、自分の目を外に向ける事もなかったであろう。
正史と幸の今日と言う大切な一日が終わる。
明日からは、またいつもの生活が待っている。
仕事をしつ生活のために働き、生きて行くための食事をとり、心の平安や安心感とやすらぎを得るために恋をして相手を求める。
正史も幸も愛を探し求めている。そんな二人は似たもの同士なのかもしれない。
10月も瞬く間に過ぎていくだろう。
来月は正史の2ヵ月に一度通っている定期的な病院での検査と、幸の子宮筋腫の検査が待っている。
死を恐れず毎日を懸命に生きている二人にとって、今はまだ生きていたい気持ちが勝っているなかどんな診断が下されるのだろう。
一緒にいる時間を共有し、愛を探し幸せを感じる二人だが、正史と幸の肉体の健康はどうなっていくのか?それに伴い心はどう変化していくだろうか?
次話をお楽しみに。




