⑤
少しばかり性的な表現があります。苦手な方はご注意ください。
「汐莉と俺は一人っ子で年も家も近かったせいか、ホントの姉弟のように育ちました。昔からお互いの交遊関係はだいたい把握してたし、恋人が出来たら報告するのが当たり前のようになっていて…。だから、田上のことも一方的に写メや話で聞いて知ってたんです」
過去を語る遠山くんの表情から、彼と汐莉さんが本当に仲がいいんだとわかる。
あの独特の親密感も、そういうことなら納得がいった。
「秘書課に配属になって、偶然あなたの見合い話を知った時、最初は人違いだと思いました。でも気になって調べているうちに、田上の乱れた女性関係が分かってきたんです」
遠山くんの話によると、どうやら田上には複数遊び相手の女性がいて、しかもこれまでにも何度かあたしのように、気に入った女性を騙して部屋に連れ込んだことがあるらしい。
たいしてお酒を飲んでもいないあたしが前後不覚になったのも、何やら薬(睡眠導入剤のようなもの)を盛られたんだろうと遠山くんは言った。
それが今まで噂にならなかったのは、お父様の田上専務が裏から手を回して、お金で片をつけられる相手だったからのようだ。
…あの男、ホントに許せないわね。あたしがそんな相手だと思われてたこともそうだし、あんなに可愛らしい彼女を騙して、あちこちに女を作るなんてっ!
「…ホントに、ろくでもない男ね」
渋面で毒づくと、遠山くんもため息混じりに深くうなずいた。
「ええ、まったく。でも、田上の悪行を身内の汐莉にならともかく、いきなりあなたに告げるのはためらわれて…。それに、何故かあなたは俺に対して最初から頑なな態度で、あくまでも見合いをすると言い張るので困りました」
「そっ、それは遠山くんがっ…」
あんな風に迫ってくるから!
いきなりあんなことされたら、警戒するに決まってるじゃない!
初めからちゃんと言ってくれれば、あたしだって…。
でも、汐莉さんを助けたければ直接彼女に言えば済むことだし、セクハラ紛いのことをしてまで必死になってあたしの見合いを止めようとする、彼の真意がわからない。
言葉を詰まらせて上目遣いににらむあたしに、遠山くんはふっと表情を和らげて、囁くように呟いた。
「でも、…あなたが無事でよかった」
…ドキン!
再び、あたしの心臓が早鐘を打ち始めた。
その眼差しと声音は危険すぎる。まるで麻薬のように、あたしの脳を脅かす。
ま、まさかそんなはずない。彼が本気であたしのことなんて…。
思わず期待してしまうのが嫌で、
「う、うん。ホントにありがとう、助けてくれて。あなた達が通りかかってくれなきゃどうなってたことか…」
あたしは彼の視線から逃れるように、うつむいて冷めかけた紅茶に手を伸ばした。
「沢口さん」
その手を、ふいに伸びてきた彼の手が捕えた。
「あっ…」
「俺が偶然あそこにいたと、本気で思ってます…?」
「…え?」
掴んだ手を引き寄せられ、熱を帯びた眼差しで探るように見詰められて、あたしはもう逃げ出したくても目を逸らせなくなる。
心臓の音が、彼にも聞こえちゃうんじゃないかと思うくらいうるさい。
「あなたが今日ここで田上と会うとわかって、俺は気が気じゃなかった…。悪いとは思いましたが、夕方からずっと汐莉と二人であなた方の様子を陰からうかがってたんです」
…え?そうなのっ?
全然気づかなかったあたしは、目を丸くして遠山くんを見返した。
「ヤツが本性を表す前にいきなり乗り込んでいっても、あなたは多分信じてくれないでしょうし、ギリギリまで粘ったらあんなことに…。汐莉もあなたも両方納得させるにはそうするしかなかったとはいえ、怖い思いをさせてしまってすいませんでした」
「そんな…」
文句の一つも言いたいところだけど、真摯に謝る彼の瞳とぶつかって、あたしは言葉を飲み込んだ。
確かに、ああでもされなきゃあたしは遠山くんの言葉を信じなかっただろう。
それに、ちゃんと大事に至る前に助けてくれたし…。
遠山くんがいなかったら、あたしはあのまま田上にいいようにされて、あげく適当な理由をつけて捨てられてた可能性もある。
「…いいわ、もう。玉の輿に踊らされたあたしがバカだったんだから……あっ」
視線をそらしてため息とともに自嘲の言葉を漏らすと、遠山くんの手が今度はあたしの頬に添えられ、上向かされた。
抵抗する間もなく、掠めるように一瞬唇が重なった。
「沢口さんは何も悪くありませんよ。女性が結婚に夢を見るのは当然です」
額がぶつかりそうなほど至近距離で微笑まれて、あたしの顔が見る間に真っ赤に染まった。
ちょっ…、今何気にまたキスされた!?
それを嫌じゃないと感じる自分に戸惑いを隠せずわたわたしてると、遠山くんがテーブルを回り込んであたしの隣に座った。
「沢口さん」
「は、はいっ?」
カウチの背もたれに腕を預けて身を乗り出してくる遠山くんに追い詰められ、あたしは仰け反ったものの背中が肘掛けに当たって逃げ場もなく、これじゃほとんど押し倒されてるも同然だった。
「あ、あの、遠山くんちょっとっ…」
押し返そうとした手を握り込まれ、どんどん近づいてくる遠山くんの熱を込めた眼差しに、頭がくらくらする。
「俺はあなたが好きです。…もうずっと前から」
彼の囁きは甘く切なく響いて、あたしの頑なな心をも溶かしてゆくよう。
こんなふうに口説かれたらもう、あとは落ちるしかないじゃない。
彼が仕掛けた甘い罠…。あたしはとっくにはまっていたのに、溺れるのが怖くて、そんな自分を認めたくなかっただけ。
「遠山くん…」
彼を呼ぶ自分の声が意図せず甘い響きをともなっていて、あたしは恥ずかしさに顔を伏せたくなった。
目ざとい彼はそれを察して嬉しそうに微笑むと、
「あなたを、俺のものにしていいですよね?」
今さらのような問いかけにあたしが答えを出す前に、キスで言葉を奪ってしまった。
「んっ…ふ…」
自分をごまかすのをやめたあたしは、拙いながらも彼に応えようと、おずおずと両手を彼の背中に回した。
その途端、あたしも彼に抱きしめられて、キスが深くなった。
「…はぁっ…ん、ん…」
だんだん息が苦しくなって、息継ぎしようと少しずらした唇の隙間から彼の舌が入り込み、あたしの理性を奪い取るように中を容赦なく動き回る。
あたしはもう何が何だか無我夢中で、自分の上ずったあえぎ声とか、彼が何度も耳元で繰り返す「かわいい」という囁きに煽られて、いつの間にか服をほとんど脱がされていたことにも気づかないほどだった。
はだけた胸に唇を寄せた彼の手が内腿を撫で上げると、あたしは身を捩って訴えた。
「ここじゃヤだ…」
彼の瞳は余裕のなさを表して潤んでいたけど、あたしの願いをちゃんと受け入れてくれた。
「了解」
柔らかいキスに目を閉じるとふわりと体が浮いて、あたしはキスをしたまま抱えられて、カウチからベッドに移動した。
「遠山くんのキス、気が遠くなる…」
「それは褒め言葉?…だったら、ご期待に応えないと」
艶やかに微笑んだ彼の笑顔は今までで一番色っぽくて、思わず見惚れている間に下着まで全部剥ぎ取られていた。
「や…」
あられもない姿を彼にさらしていることが恥ずかしくて隠そうとすると、
「ダメですよ。そんなかわいいことしたら、男は余計苛めたくなるんだから」
のし掛かってきた彼によって、腕を頭上に固定されてしまった。
…身を委ねるしかなくなったあたしは、それから時間をかけてゆっくりと全てを暴くような彼の愛撫に一晩中翻弄されて、気づいたときには彼の腕の中で朝を迎えておりました…。
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ホテルの部屋で男女二人きり。
何もせずに終わるわけありませんよね〜。