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「ど…して、ここに…?」


もしかして、あたしを助けにきてくれたの…?


あたしはもつれそうになる舌を必死に動かして、こんなところにいるはずのない救世主に問いかけた。


「それは…」


遠山くんは少しバツの悪そうな顔で、一瞬あたしから視線を逸らした。

すると、あたしを支える彼の後ろから、可愛らしい女性の声が聞こえた。


「ねぇ、健。それよりもその人、先にどこかで休ませてあげたら?」


巻き髪とフリルたっぷりのミニワンピがよく似合う、ちょっとドールっぽい容姿の女性がひょっこり顔を出し、涙目で浅い呼吸を繰り返すあたしを見て、心配そうに眉を寄せた。


…え、…誰…?


見たことのない人の出現に、気を抜くとぼんやりしかける意識を少し刺激されたあたしは、目配せし合う二人の親しげな様子から、何となく察しがついた。


…あぁ、そうか。こんな時間に一緒にホテルにいるってことは、遠山くんの彼女だよね…。


危ないところを助けられて、一気に気持ちが彼に傾きかけていたあたしは、急に現実に引き戻された気がした。


そうよ、王子様がピンチを救ってお姫様とめでたしメデタシなんて、世の中そんなにうまくいくはずがないわ…。


「大、丈夫だから…、一人で立てま、す…」

「沢口さん?」


あたしは力の入らない四肢を精一杯動かし、遠山くんから離れようとした。

と同時に、抗いがたいほどの睡魔に襲われて、再び倒れそうになる。


「あっ…」

「危ないっ!」


途端に引き戻されて、今度はしっかり彼に抱えられてしまう。


「離し、てっ…」


この腕の中がどんなに心地好くても、他人のものに興味はない。

変な期待をさせる前に、とっとと離れてほしいんだってば。


「沢口さんっ、ちょ…どうしたんです?」


訳が分からず戸惑う彼の優しい腕から、あたしは眠気と戦いながらも必死で逃れようとした。


「や…だ……」

「沢口さんっ?」


でも、ついには半ば気を失うように、彼の腕の中で眠りに落ちてしまった…。






「……ん…、あ…れ?」


ふと目覚めると、アイボリーの見慣れない天井がぼんやりと目に入ってきて、あたしはゆっくりと瞬きを繰り返した。


あたし、どうしたんだっけ…?


すぐには状況がつかめなくて、ボヤけた頭で起き上がろうと身動いだ時、


「気がつきましたか?」

「…っ!?」


ベッドの足元の方から気遣うような声が聞こえて、あたしはビクッとして振り向いた。


「…遠山、くん」


彼の顔を見た途端、気を失う前に起こったことを思い出したあたしは、思わず自分の体を抱きしめて身震いしていた。


あたし、助かったんだ…。あのまま連れ込まれてたら、確実に無事じゃ済まなかったわ。

…ったく、紳士面してあの男とんでもないったら!


「…気分はどうですか?喉、渇きませんか?」


遠山くんはそんなあたしを必要以上に刺激しないようにと思ったのか、距離を取ったまま問いかけてきた。


「…うん、大丈夫。…あの、ここは…?」

「すいません。勝手に申し訳ないとは思ったんですが、沢口さんが倒れてしまったので、急遽部屋を取って運びました」


どうやらホテルの一室らしい、ツインのベッドの片方にあたしは寝かされていたのだ。


やはりというか当然というか、あたしは自分が服を着たままなのをチラリと確認して、ついホッと息をついてしまった。


「運んだだけですから、それ以外は誓って何もしてません」

「あっ…。ごめんなさい、遠山くんは助けてくれただけなのに…」


少し傷付いたような彼の苦い表情に、あたしはズキンと心が傷んだ。


…で、でも、これまで彼がしてきたこと考えたら、仕方ないと思うの…。

給湯室で迫ったり、強引にキスしたり…。

田上さんほどあからさまな恐怖は感じなかったけど、あれだって一歩間違えればセクハラ(犯罪)よね?…て、あっ!


「そう言えば、彼はっ…?」


あたしはふいに、こんな状況に陥れた元凶を思い出した。


「田上さんなら、汐莉(しおり)に…、一緒にいた彼女に任せました」

「えぇ?でも、彼女も危ないんじゃっ…」


平気で女性を騙して部屋に連れ込もうとするような人だもの。あんなに可愛らしい人、すぐに手を出そうとするんじゃないのっ?


「大丈夫です。彼女なら」


焦るあたしを落ち着かせるように、遠山くんは自信ありげににっこりと微笑んだ。


そんな…、自分の彼女のこと、心配じゃないの?

あたしなんかの相手してる場合じゃないと思うけど。


「あの、あたしはもう大丈夫だから、彼女のところへ行ってあげて?」

「え?」

「…え?だって…」


意外そうな顔になった彼に、あたしの方が戸惑う。


あたし、何かおかしなこと言った?

会社の先輩なんかより、普通自分の彼女を優先するものでしょ?


「…あぁ、そういうことか」


怪訝そうなあたしに、遠山くんは一人納得してクスリと笑った。


「違います。ホントに大丈夫ですよ、彼女は。…何か誤解されてるようですから、ちゃんと1から説明しないといけませんね」


遠山くんはそこで初めて、ベッドに座るあたしの側までやって来て、軽く腰を折るように顔を覗き込んだ。


「気分がいいようなら、お茶を入れますから、こっちに座りませんか?」

「…あ、えっと、はい…」


まるでお姫様か何かのように恭しく手を取られ、カウチの方へと導かれる。


あたしを労るその手が、見守るその瞳があまりに優しくて、胸の奥がキュンと切なくなる。


…どうしてそんな、大事なものみたいに扱うの?いつもはもっと、人のことからかうみたいに意地悪なのに…。


「熱いので気をつけて」

「ありがとう…」


備え付けのセットで入れた紅茶を手渡すと、遠山くんはあたしの向かいの椅子に腰掛けた。

一口紅茶を飲んだ後、彼はおもむろに話し始めた。


「まず、汐莉は俺の従姉です。恋人とかじゃありませんから、安心してください」

「え?…あぁ、そうなんだ」


思い込みをキッパリと否定されて、あたしはホッとしている自分に驚いた。


ちょ…、何期待してるのよ、あたし。

きっとまた、からかわれてるのよ。騙されちゃダメ。


これ以上勘違いしたくないあたしは、遠山くんの瞳の魔力を振り切るように、ムッと口を引き結び、プルッと首を振った。


「…その顔は、信じてませんね?」

「べ、別にあたしには関係ないことだし。…それで?どうして彼女なら大丈夫なの?」


ちょっと拗ねたような彼の口調に動揺しつつも、あたしはその話題から離れようと先を促した。

遠山くんは急にツンケンし出したあたしの様子に軽くため息をついてから、話を続けた。


「…彼女も被害者なんですよ、田上の」

「えっ…!?」


驚きに、手にしていたティーカップを思わず落としそうになる。


「知人の紹介で田上と付き合い始めて、いずれは結婚するつもりのようでした…、少なくとも汐莉の方は。ついこの間、あなたとの見合い話が持ち上がるまで…」


沈痛な面持ちの遠山くんに、あたしは二の句が次げなくなった。





.


種明かし、長くなるので次に回します。

…遠山くんストーカー疑惑、汚名返上なるか!?


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