吾輩は孤高でありたかっただけ
吾輩は孤高でありたかっただけである。
べつに世界に背を向けたかったわけではない。誰にも理解されぬ高みで月を見上げたかったわけでもない。ましてや、風にたてがみを揺らしながら雪原を一頭きりで歩き、その背に哀愁と誇りを同時に背負いたかったわけでも、まあ、なくはないが、主としてそういうことではない。
ただ少し、負けたのである。
群れから追い出されたオオカミ。
俗にいう一匹狼とはかなり意味が違う。あれは孤高ではない。敗北である。力関係で負け、居場所を失い、気まずさのあまり後ろ足に小枝を踏んでしまい、その音でさらにみじめさが増した末の退場である。少なくとも吾輩の場合はそうだった。
とはいえ、追い出されたものは仕方がない。群れに戻るわけにもいかぬ。戻ったところで気まずい。実に気まずい。昨日まで隣で寝ていた連中に、今さら「やはりここが落ち着くな」みたいな顔で戻れるほど、吾輩の面の皮は厚くないのである。
そこで吾輩は考えた。
よろしい。ならば孤高でいこう。
そう決めた瞬間、少しだけ胸が軽くなった。
敗残ではない。孤高なのだ。置いていかれたのではない。自ら去ったのである。たぶん。少なくとも、遠目にはそう見えるかもしれない。見えればそれでよい。世の中、だいたい最初の印象で決まる。
吾輩は北へ向かった。
理由はよく分からぬ。だが、何となく北はよさそうだった。孤高というものは、南のぬるい風より、北の冷たい風のほうが似合う気がしたのである。孤高に似合う方角で進路を決めるあたり、だいぶ危ういが、その時の吾輩はそういう精神状態だった。
旅は、思ったより早く現実を見せてきた。
腹が減るのである。
群れにいた頃、狩りというものは、もっとこう、自然に獲物が追い込まれ、気がつけば前方で誰かが脚をかけ、横から別の誰かが回り込み、最終的に自分も参加していた、という認識でいた。言い訳に聞こえるかもしれぬが、実際そうだったのだから仕方がない。分業というものは偉大である。
しかし単独になると、獲物は待っていても追い込まれてこない。
鹿は速い。野ウサギも速い。ネズミに至っては、速いというより小さい。狙った瞬間にはもういない。吾輩は三度跳びかかって三度とも空を切り、四度目には自分の前足につまずいて転んだ。誰も見ていないはずなのに、なぜかひどく恥ずかしかった。
仕方なく、吾輩は食べられそうなものを探した。
他の獣が残した骨のまわりを嗅ぎ、茂みの奥に転がっていた半ば干からびた肉片を見つけ、木の下に落ちていた実まで口にした。甘かった。甘いのは悪くない。だが、オオカミとしてこれでよいのかという疑問は残った。
いや、よい。
これは屈したのではない。柔軟な食生活である。環境への適応だ。むしろ知的ですらある。そう自分に言い聞かせながら、吾輩は落ちた実を二つほど追加で食べた。
夜になると、遠吠えをした。
これも、してみて初めて分かったことだが、遠吠えは勝ちどきではない。
あれはもっと切実なものだ。ここにいるぞ、そちらはどうだ、もし聞こえているなら返事をしろ、できれば優しめのやつを、という実に未練がましい通信である。
もちろん吾輩も、吠えるときの姿勢だけは整えた。胸を張り、顎を上げ、月へ向かって孤高らしい角度を探した。だが心の中身は、どう考えても「誰かおらぬか」であった。孤高とは難しいものである。
数日後、吾輩は一頭の雌オオカミを見つけた。
灰色の毛並み。無駄のない足取り。こちらを見た時の目の冷たさたるや、川の石より硬い。実に良い。番とはかくありたい。いや、ありたいではなく、いてほしい、である。少し弱気になった。
吾輩は姿勢を正した。
ここで妙なところを見せてはならぬ。こちらは孤高の狼である。群れに未練などなく、一頭で荒野を渡り、必要とあらば鹿をも倒し、風と雪を友とする存在である。少なくとも今この瞬間だけはそういう設定でいく。
雌は吾輩を見た。
鼻先がわずかに動いた。匂いを嗅いだのである。
その一瞬で、たぶん色々ばれた。
肉を満足に取れず、昨日は落ちた実を食べ、今朝も半乾きの何かで腹をつないだこと。三日前にはネズミにすら逃げられたこと。遠吠えが孤高の演出ではなく単なる寂しがりの合図であったこと。その全部を、あの一嗅ぎで見抜かれた気がした。
雌は「ふん」とでも言いたげに鼻を鳴らし、すっと横を向いた。
それだけで十分だった。
吾輩の誇りは、乾いた小枝のように見事に折れた。
ぱきりといった。実際には音はしていないが、した気がした。したことにしたいくらいには鮮やかに砕けた。
もうどうにでもなれ、と思った。
吾輩は走った。
ただ走った。見栄も体裁も置いて、ひたすら北へ向かった。北がどこまで続くのかも知らず、とにかく前へ前へと脚を運んだ。途中で沢を渡り、斜面をよじ登り、疲れたら倒れるように眠った。起きればまた北へ行った。もう誰かにどう見られるかなど、少しどうでもよくなっていた。
だから、二頭目に出会った時、吾輩は止まらなかった。
若い雌オオカミだった。
毛色は薄く、目つきはきつくない。こちらに気づいた様子はあったが、吾輩はあえて何食わぬ顔で通り過ぎた。期待はしない。期待は痛い。近づけばまた鼻で笑われるかもしれぬ。それなら最初から何も望まぬ方がよい。
吾輩は通り過ぎた。
実に自然に。
孤高の狼らしく。
腹は減っていたし、足も少し痛かったが、そのへんは表情に出さぬ努力をした。
しばらく進んでから、背後に気配を感じた。
振り向く。
いた。
さっきの雌が、少し離れてついてきていた。
吾輩は前を向いた。
気のせいかもしれぬ。
数歩進んで、また振り向く。
やはり、いる。
なぜ。
何ゆえ。
吾輩は軽く歩調を変えた。
雌も変えた。
小さく沢を越える。
雌も越えた。
岩場を回る。
やはり回る。
これは、ついてきている。
どう考えても、ついてきている。
胸の奥が、妙に落ち着かなくなった。
嬉しいのか、困っているのか、自分でもよく分からぬ。ただ一つ分かるのは、今さら振り向いて「なぜついてくるのだ」と聞くのは、あまりにも間抜けだということだった。
よって吾輩は、何も気づいていないふりを続けた。
孤高の狼は、背後の気配にいちいち動じたりしない。たぶん。
その日の夜、吾輩は岩陰で休むことにした。
雌は少し離れた場所で丸くなった。近すぎず、遠すぎず、逃げる気もなさそうな距離だった。
妙な沈黙があった。
何か言うべきだろうか。
だが何を。
こんばんは、では軽い。
ついてくるのか、では露骨すぎる。
好きにしろ、は乱暴だし、吾輩はそんなにぞんざいな狼ではない。たぶん。
結局、吾輩は空を見上げて遠吠えを一つした。
なるべく落ち着いた声で。
孤高らしさを損なわぬ程度に。
しかし本音を言えば、返事がほしかった。
少し間を置いて、雌が吠えた。
短い声だった。
それでも十分だった。
胸のどこか、ずっと寒かった場所に、火の気が灯った気がした。
問題は、その翌日からである。
雌は当然のようについてきた。
吾輩も当然のように先を歩いた。
ここで振り返って「あの、ところで本当に一緒に来るのか」と確認するのは、どうにも格好がつかない。よって何も聞けない。聞けぬまま、二頭で進むことになった。
そして吾輩は、すぐに重大な事実に気づいた。
最初の態度が後々響くのである。
何しろ吾輩が見せたのは、疲れも飢えも寂しさも表に出さぬ、いかにも孤高の狼らしい姿だけだった。
今さら、木の実は意外といけるとか、狩りは単独だと少し勝手が違うとか、昨日の遠吠えは半分くらい心細さだったとか、そんなことを言える空気ではない。
ゆえに吾輩は常に気を張らねばならなかった。
歩く時も。
水を飲む時も。
休む時ですら、だらしなく寝そべるわけにはいかぬ。
背中は伸ばし、耳は立て、何かを悟ったような目つきを保たねばならない。
結果として、もっとも安堵できる時間は狩りに出る時だった。
一頭で少し先まで走る。
その間だけは見られていない。
転んでもよい。
小さく舌打ちしてもよい。
野ウサギに振り切られて「速すぎるだろう」と愚痴ってもよい。
実に気楽である。
だが、狩りから戻ると雌は静かにこちらを見る。
その視線を受けた途端、吾輩はまた背筋を伸ばし、いかにも余裕のある顔で獲物を置く。
本当はぎりぎりだった。
だが、言わぬ。
孤高でありたかった手前、言えぬのである。
雌は何も言わず、ただ小さく尾を振った。
その仕草を見た時、吾輩はふと思った。
もしかすると、こやつは最初から全部分かっているのではあるまいか。
吾輩が孤高を演じていることも、演じるしかなかったことも、単独生活にろくに向いていないことも、そのくせ格好だけはつけたいらしいことも。
分かった上で、なおついてきたのかもしれぬ。
もしそうなら、たいそう困る。
そして、たいそうありがたい。
吾輩は前を向いた。
風は冷たく、北の空は高かった。
隣には、少し離れて一頭の気配がある。
遠吠えをすれば、たぶん返ってくる。
それだけで十分だと思った。
吾輩は孤高でありたかっただけである。
だがどうやら、孤高でなくてもよいらしい。
それを認めるには、もう少し時間がかかるだろう。
けれど今はまだ、それでよかった。




