第24話 戻れない立場
再びの呼び出しは、今度は完全に非公式だった。
宰相府でも、貴族院でもない。王城の奥、私的な書斎。記録にも残らない場所だ。
エリシアは、扉の前で一瞬だけ足を止めた。
(戻れない立場、か)
中にいたのは、国王ローデリヒと、アーデルハイト・フォン・ケンプナーの二人だった。
「座りなさい」
国王の声は、以前よりも疲れて聞こえた。
机の上には、分厚い資料束が置かれている。彼女が積み上げてきた“前例”の集合体だ。
「ここまで来た」
国王が、率直に言った。
「正直に言おう。お前のやり方は、結果を出している」
「ありがとうございます」
それは評価だ。だが、まだ条件付きの。
「貴族院も、完全には反対できなくなっている」
アーデルハイトが、静かに言葉を継ぐ。
「合意が崩れ始めた以上、無視はできない」
エリシアは、黙って聞いていた。
「だから」
国王は、息を整えるようにして言った。
「お前を、表に戻したい」
その言葉は、予想通りだった。
「財務部への復帰。限定的だが、権限も戻す」
条件が、続く。
「ただし」
来る、と分かっていた。
「象徴にはなってもらう」
空気が、張り詰める。
「結婚、とは言わない」
国王は、慎重に言葉を選んだ。
「だが、貴族院が納得する“形”は必要だ」
アーデルハイトが補足する。
「完全な自由は、許されないわ」
エリシアは、視線を上げた。
「確認させてください」
「何だ」
「それは、成果と引き換えに、私の選択を制限するという意味ですか」
国王は、否定しなかった。
「政治とは、そういうものだ」
「理解しています」
エリシアは、静かに答えた。
理解はしている。だが、受け入れるかどうかは別だ。
「お前は」
国王の声に、苛立ちが滲む。
「もう、戻れない立場だと分かっているのか」
「はい」
即答だった。
「表に戻れば、
私の設計は“特別な個人の成功”になります」
エリシアは、続ける。
「それでは、前例が壊れます」
アーデルハイトの目が、細くなる。
「……あくまで、制度を主役にするつもりなのね」
「はい」
「自分が、消えても?」
「はい」
沈黙。
国王は、椅子にもたれかかった。
「お前は、権力を嫌っているのか」
「いいえ」
エリシアは、否定した。
「権力を、属人的に使うことを嫌っています」
だから、戻れない。
「戻らないのですか」
アーデルハイトが、問い直す。
「戻りません」
エリシアは、はっきりと言った。
「ここまで来て、
私だけが特別扱いされる形には、戻れません」
それは、拒絶だった。
国王は、長く黙っていた。
「……厄介だな」
「承知しています」
「だが」
国王は、資料束を指で叩いた。
「この成果を、無視するわけにもいかない」
エリシアは、答えなかった。
「分かった」
国王は、結論を出す。
「表には戻さない。
だが、裏から切ることもしない」
それは、妥協だった。
「お前の立場は、そのままだ」
「ありがとうございます」
「ただし」
国王の視線が、鋭くなる。
「次の成果で、判断する」
「当然です」
エリシアは、立ち上がった。
戻れない立場。
だが、切られない立場。
それは、彼女が自分で選び取った場所だった。
廊下に出ると、空気が少し軽く感じられた。
(これでいい)
誰の象徴にもならず、
誰の妻にもならず、
それでも国を動かす。
それが可能だと、もう証明してしまった。
後戻りは、しない。
そして、する必要もなかった。
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