第20話 評価は数字で返ってくる
変化は、いつも静かに始まる。
派手な通達も、祝賀の場もない。ただ帳簿の数字が、以前と違う動きを見せる。それだけだ。
経済記録整理室で、エリシアは最新の取引報告を確認していた。王城外の商会から集まる月次報告。正式な協定は結ばれていない。それでも、数値は正直だった。
(増えている)
他国との取引量が、確実に増加している。関税の調整はまだ仮の段階だが、互換基準の共有だけで、摩擦が減っている。無駄な手続きが減れば、商人は自然に動く。
扉が、控えめに叩かれた。
「失礼します」
リーゼだった。表情が、いつもより明るい。
「現場から、報告がいくつか来ています」
「内容は?」
「商会が、補助金の申請書式を自主的に変更したそうです」
エリシアの手が止まる。
「理由は?」
「他国基準に合わせた方が、取引が早いから、と」
それは、小さな勝利だった。誰かに命じられたわけではない。利益を見て、自分で選んだ。
「いい動きです」
エリシアは頷いた。
制度は、強制すると反発を生む。だが、得だと分かれば、人は自分から従う。
午後、オスカーが立ち寄った。今日は監査官としての顔だ。
「……数字が、妙だな」
「妙?」
「財務部の内部試算だ。正式には君の名前は出ていないが……」
彼は資料を差し出した。
「他国取引の伸び分が、予測を上回っている」
エリシアは、目を走らせた。
「想定より早いですね」
「誰の功績だ、これは」
オスカーの問いは、半ば冗談だった。
「誰のでもありません」
エリシアは即答した。
「制度の功績です」
オスカーは、小さく笑った。
「相変わらずだな」
「評価されるために、やっていませんので」
それは本心だった。だが、評価が不要という意味ではない。
評価は、必要な場所に届けばいい。
夕方、国王側近の書記官が、非公式に資料を置いていった。
――経済影響試算(暫定)。
署名はない。だが、王が見ているという証拠だ。
(見られている)
それで十分だった。
夜、整理室にはエリシア一人だけが残っていた。窓の外は暗く、城内の足音も遠い。
机の上には、二つの資料が並んでいる。
一つは、彼女がまとめた制度同盟案。
もう一つは、それによって動いた実際の数字。
成果は出ている。
だが、名前は出ない。
称賛もない。
(それでも)
エリシアは、静かに息を吐いた。
評価は、拍手ではなく数字で返ってくる。
それでいい。むしろ、その方が信用できる。
棚に、新しい資料を差し込む。
――制度運用効果・実測値。
これもまた、前例になる。
人の人生を使わずに、国が動いたという前例だ。
表舞台に戻る気はない。
だが、戻らなくてもいい理由が、少しずつ増えている。
数字は、今日も静かに動いていた。
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