第19話 結婚外交の代替案
呼び出しは、非公式だった。
王城の正門ではなく、裏側に近い小さな応接室。記録整理室付顧問という肩書きでは、本来呼ばれない場所だ。
(来た)
エリシアは、扉の前で一度だけ呼吸を整えた。
中にいたのは、国王ローデリヒ一人だった。玉座の間とは違い、威圧感はない。だがその分、逃げ場もない。
「座れ」
「はい、陛下」
エリシアは静かに腰を下ろした。机の上には、数枚の資料が置かれている。見覚えのある数字だった。
「これは……」
「お前の仕込みだ」
国王は率直だった。
「他国との取引量が、わずかに増えている。商会の動きも、変わり始めている」
正式な発表はない。条約も結ばれていない。だが市場は、敏感だ。
「説明しろ」
命令ではない。確認だ。
エリシアは、準備してきた通りに答えた。
「制度同盟案です」
「結婚を使わない、あれか」
「はい」
国王の口調には、隠しきれない不満が混じっていた。
「人を差し出さず、家同士も結ばず、数字だけで国を繋ぐ。理屈は分かる」
だが、と続く。
「それでは、王権が使えぬ」
エリシアは、視線を逸らさなかった。
「王権を使わずに済む形を、提案しています」
国王の眉が、ぴくりと動く。
「大胆だな」
「合理的です」
エリシアは、机の上の資料を指した。
「補助金制度の互換性。監査基準の共通化。関税の段階的調整。
これらは、人を差し出さずとも、国同士を縛ります」
「縛る、か」
「はい。結婚よりも、確実に」
政略結婚は、人が死ねば終わる。裏切れば崩れる。だが制度は、そう簡単には壊れない。
「時間がかかる」
国王は言った。
「成果が出るまで、王は我慢しろと言うのか」
「我慢ではありません」
エリシアは、淡々と訂正する。
「選択です」
短い沈黙。
国王は、椅子にもたれかかった。
「……正直に言おう」
声が低くなる。
「お前が結婚してくれれば、早い」
エリシアは、即答しなかった。
怒りも、悲しみも湧かなかった。ただ、確認が一つ取れただけだ。
「誰と、でしょうか」
「貴族院が推す家はいくつかある」
「承知しています」
エリシアは、静かに首を振った。
「ですが、その案は採用できません」
「なぜだ」
国王の声に、苛立ちが混じる。
「それが、最も簡単な解決策だと、分かっているはずだ」
「分かっています」
エリシアは、はっきりと言った。
「だからこそ、選びません」
国王が、目を細める。
「意地か」
「設計です」
エリシアは続ける。
「私が結婚して象徴になれば、今回の問題は片付きます。
ですが、それは“次も同じ方法を使える”という前例になります」
国王は、黙って聞いている。
「人を差し出せば解決する。
問題が起きれば、また誰かを差し出す。
それは、制度ではありません」
王の沈黙が、重くなる。
「……お前は」
国王は、ゆっくりと言った。
「王の立場を、分かっていない」
「分かっています」
エリシアは答えた。
「王は、今を治めねばならない。
ですが私は、次を残したい」
視線が、真正面でぶつかる。
「結婚外交は、即効性があります」
「だが、再現性がありません」
「制度同盟は、時間がかかります」
「ですが、誰の人生も犠牲にしません」
国王は、長く息を吐いた。
「……本当に、扱いづらいな」
「承知しています」
その言葉に、わずかに笑いが混じった。
「だが」
国王は、資料を一枚、指で叩いた。
「数字は、正直だ」
エリシアは、何も言わなかった。
「お前の案は、すでに動き始めている。
止めれば、逆に不自然だ」
それは、譲歩だった。
「正式な後ろ盾は与えられぬ」
「十分です」
「責任は取らぬ」
「承知しています」
「成果が出なければ、切る」
「当然です」
国王は、苦笑した。
「……結婚しない女に、国の未来を賭けることになるとはな」
エリシアは、静かに答えた。
「国の未来を賭けるのではありません。
国の未来を、計算しています」
その言葉に、国王は何も返さなかった。
応接室を出た後、エリシアは廊下を一人で歩いた。
後ろ盾はない。称賛もない。だが、線は切られていない。
(これでいい)
人を差し出さない。
人生を取引材料にしない。
その代わり、時間と数字を差し出す。
それが、彼女の選んだやり方だ。
王城の外は、いつも通りの空だった。
だが水面下では、確実に流れが変わり始めている。
結婚を使わない外交は、もう机上の空論ではなかった。
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