第14話 提示される代償
通達は、静かだった。
騒がしくもなく、威圧的でもなく、ただ事務的な文面で届く。だからこそ、その内容は重い。
――王国財務監査特別補佐官エリシア・フォン・クラウゼに付与されていた一部権限を、当面の間、停止する。
理由は「業務整理」。
実に穏やかな言葉だ。だが、その穏やかさの裏にあるのは、明確な意思だった。
(切られた)
完全ではない。職は残る。肩書きも残る。だが刃は奪われた。監査対象の指定権。直接照会権。現地調査の主導権。
すべて、「合意」を理由に封じられた。
エリシアは文書を畳み、机の端に置いた。怒りは湧かない。予測していた結末だ。
扉がノックされる。
「……入って」
オスカーだった。顔色が悪い。
「正式に決まりました」
「見ました」
「抗議は……」
「しません」
即答だった。
オスカーは一瞬、言葉を失った。
「なぜです。これは明らかな――」
「政治的判断です」
エリシアは、淡々と言った。
「抗議しても覆りません。むしろ、完全に切られます」
それは諦めではない。損切りだ。
リーゼも入室してきた。手には別の書類。
「現場からの照会が、こちらに回らなくなっています」
「当然です」
「……悔しくありませんか」
リーゼの声には、感情が混じっていた。
エリシアは少し考えてから答えた。
「悔しい、という感情はあります」
正直だった。
「ですが、後悔はありません」
選択は間違っていない。結果が不利なだけだ。
昼過ぎ、宰相府から呼び出しがかかった。
応接室にいたのは、宰相ヴィルヘルムと、アーデルハイト・フォン・ケンプナー。
彼女は、あの時と同じ穏やかな表情をしていた。
「通達は見た?」
「はい」
「これが、代償よ」
アーデルハイトは、隠さず言った。
「結婚を断った代償。合意を拒んだ代償」
宰相が、苦々しく言葉を継ぐ。
「国王としては、これが限界だ。君を完全に排除しなかっただけでも、踏みとどまっている」
「理解しています」
理解はしている。納得はしていない。それだけだ。
「まだ、選択肢はあるわ」
アーデルハイトは、静かに言った。
「今からでも、象徴になる道は残っている」
エリシアは、首を振った。
「残っていません」
「強がり?」
「いいえ」
彼女は、視線を上げた。
「一度拒んだ選択を、都合が悪くなったからといって拾い直すことはしません」
宰相が、重く息を吐いた。
「……君は、本当に不器用だ」
「ええ」
エリシアは認めた。
「ですが、その不器用さがなければ、ここまで来られませんでした」
アーデルハイトは、しばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「あなたのような人間が、国にとって必要なことも、分かっている」
「でしたら」
「だからこそ、怖いのよ」
その言葉には、嘘がなかった。
「あなたは、国の“言い訳”にならない」
正しい。だが扱いづらい。だから、今は棚上げする。
それが、彼らの選んだ結論だ。
執務室に戻ると、机の上が妙に広く感じられた。書類が減ったからではない。役目が減ったからだ。
(さて)
エリシアは、椅子に腰を下ろした。
(ここから、どう動く)
権限はない。だが、数字は残っている。帳簿は消えていない。人も、完全には離れていない。
力を奪われた時に必要なのは、別の力だ。
依存されない力。選ばれなくても動く力。
エリシアは、白紙の紙を一枚、机に置いた。
権限のない場所から、王国を動かす。
それが、次の仕事になる。
第15話へ続く。




