表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結婚は人生のリスク管理に含まれませんので ~結婚を断った令嬢は、王国の帳簿を黙って直すことにした~  作者: 霧島 結衣


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/20

第10話 聖域は崩れる

 正式調査への移行を告げた瞬間、公爵領の空気が変わった。


 それまで表面を保っていた礼儀が、薄く剥がれ落ちる。財務代行の男は深く一礼したまま顔を上げず、周囲の使用人たちの動きが明らかに速くなった。誰かが走り、誰かが伝令を出す。


(連絡が行く)


 当然だ。ローゼンベルク公爵家は、王国の端にある地方領ではない。ここで起きたことは、即座に王都へ届く。


「調査範囲を明確にしていただけますか」


 財務代行は、声を低く抑えて尋ねた。これは確認ではない。制限をかけるための言葉だ。


「過去十年分の補助金、税免除、交易補填」


 エリシアは即答した。


「関連する商会との契約書も含みます」


 男の肩が、わずかに強張る。


「……それは、公爵家の中枢に触れます」


「承知しています」


 その返答は、もはや儀礼だった。


 調査はその日のうちに始まった。倉庫、金庫、記録室。公爵家の「表向き整っている」部分を一つずつ剥がしていく。


 最初は、抵抗はなかった。形式上は協力的だ。だが、資料は微妙に欠けている。頁が抜けている。数字の整合性だけが、妙に保たれている。


(整えすぎている)


 リーゼが小声で言った。


「まるで、見せる前提で作られたようです」


「ええ」


 エリシアは頷いた。


「“見られる帳簿”と“使われていた帳簿”は、違う」


 オスカーは黙って、それを記録していく。監査官としての顔だ。


 夕刻、ついに“使われていた帳簿”が出てきた。


 倉庫の奥。鍵のかかった棚。形式は古く、更新も不十分。だが、数字の流れは正直だった。


「……これは」


 オスカーの声が、掠れる。


「補助金が、一度商会に流れ、そこから戻っている」


 循環だ。正当な理由を装い、金を動かす。


 エリシアは、指で線をなぞる。


「商会は、王都にあります」


 つまり、地方だけの問題ではない。


 その夜、公爵領から王城へ、緊急報告が上がった。


 翌朝、エリシアの元に、王命が届く。


 ――調査継続を命ずる。


 短い文面だったが、意味は重い。国王は、引くつもりがない。


 だが同時に、別の動きもあった。


 王城に戻る馬車の中で、オスカーが低く言った。


「貴族院が動きました。あなたを“越権”として告発する準備をしています」


「想定内です」


「公爵家が、全面対決の構えです」


「それも」


 エリシアは窓の外を見つめた。


 麦畑が広がっている。豊かな土地だ。だからこそ、守られてきた。守られすぎた。


「彼らは、聖域だと思っていた」


 リーゼが、静かに言った。


「はい」


 エリシアは答えた。


「だからこそ、崩れた時の反動は大きい」


 王城に戻ると、空気はさらに張り詰めていた。廊下で交わされる視線。囁き。避けられる気配。


 そして、呼び出し。


 国王ではない。宰相、ヴィルヘルムだった。


「……やってくれたな」


 宰相の声音は、責めるでも褒めるでもない。


「事実を確認しただけです」


「その事実が、王国を揺らす」


「揺らさなければ、直せません」


 宰相は、深く息を吐いた。


「貴族院は、君を危険視している。結婚を断っただけの令嬢が、ここまで踏み込むとは思っていなかった」


「私も、ここまで来るとは思っていませんでした」


 それは本音だった。


「だがもう、後戻りはできない」


 宰相は、はっきりと言った。


「君は今や、“象徴”だ。結婚せず、誰の庇護も受けず、それでも権力に触れた存在としてな」


 エリシアは、静かに受け止めた。


「利用されますか」


「される」


「切られますか」


「可能性はある」


 それでも、と宰相は続ける。


「今は、君が必要だ」


 エリシアは、頷いた。


「必要とされる間は、仕事をします」


「仕事が終わったら?」


「その時、考えます」


 宰相は、苦笑した。


 執務室に戻ると、机の上に新たな書類が積まれていた。ローゼンベルク公爵領以外の、六地区分。


 点だったものは、完全に面になりつつある。


(王国全体だ)


 エリシアは、椅子に腰を下ろし、ペンを取った。


 結婚を断った令嬢は、今や王国の聖域を崩す役目を担っている。


 それが孤独でも、構わない。


 人生設計に、後悔は含まれていない。


 第2章は、ここから本格的に牙を剥く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ