“好き”ですと言わない練習会(過呼吸寸前)
「……今日は、ちゃんと言います」
Aがそう言った瞬間、
場の空気が一段階、重くなった。
喫茶店の奥。
いつもの席。
逃げ道みたいな非常口が、今日はやけに遠い。
「言うって……?」
Bが眉をひそめる。
「“好きです”とは言わない。
でも、ここまで言わないと無理だってところまでは、言う」
Cが小さく笑った。
「それ、ほぼ告白じゃん」
「違う」
Aは即座に否定した。
「違うから、練習なんだろ」
声が少し荒れている。
「……じゃあ、どうぞ」
誰かが促す。
Aは息を吸って、吐いた。
それだけで胸が痛い。
「毎日考えてる」
一言目から、もう危うかった。
「連絡来ない時間も、
何気ない一言も、
あの人が無意識でやってる優しさ全部」
喉が熱くなる。
「それを、
“友達だから”って顔で受け取るのが、
もう限界」
Bが視線を逸らした。
Cはカップを握りしめている。
「好きです、って言えば楽なんだと思う」
Aの声が、少しだけ震える。
「振られても、
嫌われても、
終わるから」
ここで一気に、空気が張りつめた。
「……でも」
Aは続ける。
「終わらせたくない」
誰かが、小さく舌打ちした。
「それ、ずるくない?」
Dだ。
「楽になりたいけど、
今の関係は失いたくないって」
「分かってるよ!」
Aは思わず声を荒げた。
「分かってるから、
こうやって……!」
言葉が詰まる。
「……練習してるんだろ!」
店内の視線が、少しこちらを向いた。
沈黙。
Bが、ぽつりと言う。
「私さ、前に言った」
全員がそちらを見る。
「結果、終わったよ。
関係も、期待も、全部」
Bは淡々としているのに、
言葉だけが刺さる。
「でもね」
Bは続けた。
「後悔はしてない。
しんどいけど、
言わなかった自分よりは、マシ」
その瞬間、
Aの胸の奥で、何かが崩れた。
「……それ、卑怯だ」
思わず漏れた。
「言えた人の言葉じゃん」
Bが、少しだけ目を見開く。
「言えない側は、
毎日、未遂なんだよ」
声が、完全に感情に引っ張られている。
「言わなかった日を、
自分で正当化し続けるんだよ」
Cが、耐えきれず口を挟む。
「じゃあさ、
もう言えばいいじゃん」
その一言で、
Aの視界が一瞬、白くなった。
「言ったら……」
Aは立ち上がりかけて、
ぎりぎりで踏みとどまった。
「言ったら、
この場所に来る理由も、
ここにいる意味も、
全部なくなるだろ!」
声が大きすぎた。
店員がこちらを見た。
Aは慌てて座り直す。
「……ごめん」
誰も、すぐには何も言わなかった。
しばらくして、
Dが疲れたように言う。
「これ、
言わない練習会じゃなくてさ」
全員が顔を上げる。
「言えない自分を、
延命してるだけじゃない?」
誰も反論できなかった。
コーヒーは、もうぬるい。
Aはカップを見つめながら、思う。
今日ここで言わなかったことは、
本当に正解だったのか。
それとも、
また一日、
自分を先延ばしにしただけなのか。
「……次も、来ます」
Aはそう言って、立ち上がった。
それが宣言なのか、
逃げなのか、
自分でも分からないまま。
⸻




