13話 突飛なサプライズ
会場に着くと、想像以上の賑わいだった。
様々な屋台が並び、美味しそうな匂いが漂っている。焼きそば、たこ焼き、クレープ、ケバブ。フリーマーケットのブースも多く、古着や雑貨、ハンドメイド作品などが所狭しと並んでいた。週末の昼下がりということもあり、カップルや家族連れ、友達同士のグループなど、様々な人々が行き交っている。
「すごい人だね」
和哉が左の手のひらを垂直にして眉の上に置き、周囲を見回しながら「わー」と声を漏らす。その仕草がまるで子供のようで、湊は思わず頬が緩みそうになるのを堪えた。
「はい……本当にすごい人ですね」
そして、湊はふと自身の左手を見た。
そこには、和哉の右手が繋がれたままだった。カフェから歩いてきて、会場に着いても、まだ繋がれたまま。温かい感触が、湊の手のひらに伝わってくる。
「あの、先輩」
「ん?」
和哉が湊の方を振り向く。眼鏡の奥の青い瞳が、柔らかく湊を見つめた。
「その、手……」
湊が視線を落として、繋がれた手を示す。
和哉の右手はなおも湊の左手に繋がれている。
「ああ、ごめん。でも人多いし、はぐれたら良くないから、しばらくこのままでいい?」
和哉が屈託なく笑う。まるで友達同士で手を繋ぐことが当たり前であるかのような、自然な笑顔だった。
「え」
「ダメかな?」
「い、いえ!」
湊は慌てて首を横に振った。ダメなわけがない。むしろ、このまま一日中繋いでいたいくらいだ。顔が熱いままだったが、もう気にしないことにした。
(あんな顔ずるい……)
自然体で笑う和哉の表情を見ていると、湊の心臓は早鐘を打ち続ける。
「何食べよっか?」
「先輩が食べたいものでいいです」
「うーん……じゃあ、たこ焼き!」
和哉が目を輝かせる。本当に子供みたいだ、と湊は思った。でもそんな先輩も可愛い。
いや、そんな先輩だからこそ可愛い。
普段は茶道部の部長として凛とした姿を見せる和哉が、こんな風に無邪気に喜ぶ姿を見られるなんて、湊は自分が特別な存在なのではないかと錯覚しそうになる。
たこ焼きの屋台に並ぶ。金曜の夕方ということもあり、列は結構長かった。でも、和哉と並んでいる時間さえ、湊には愛おしく感じられた。
順番が来て、和哉が注文する。
「二つください」
「ここ、俺が出します」
湊が慌てて財布を取り出す。今日は和哉に奢りたかった。いつも優しくしてくれる先輩に、少しでも恩返しがしたかった。
「いいよ、僕が――」
「い、いえ!俺が奢ります!」
湊は強引に会計を済ませた。五千円の使いどころだ。ここで使わなくどこで使う
「ありがとう、湊」
和哉が嬉しそうに笑う。その笑顔を見られて、湊も嬉しくなった。お金なんてどうでもいい。和哉のこの笑顔が見られるなら、いくらでも出せる。
熱々のたこ焼きを受け取って、二人は食べ歩きをする。繋いだ手は離されないまま、和哉が右手で器用にたこ焼きを食べている。
「はっふっ、はふっ」
和哉が口の中で転がしながら言う。熱いのを我慢しているのか、目を細めている。
「せ、先輩、大丈夫ですか? 熱くないですか?」
「大丈夫、美味しい」
和哉が幸せそうに笑う。
たこ焼きを頬張る姿が、とても愛おしい。
少し口の端にソースが付いているのも、可愛らしい。
(先輩、可愛いな)
そう思った瞬間、和哉の体が大きく傾いた。
足を柱に引っかけたのだ。
「わっ!」
「先輩!」
湊が咄嗟に手を伸ばすが、間に合わなかった。和哉がバランスを崩して――たこ焼きのパックが宙を舞った。
「あ……」
和哉のたこ焼きが、地面に散らばる。ソースがアスファルトに飛び散り、たこ焼きが転がっていく。
「すみません……」
和哉が申し訳なさそうに言う。その表情には、明らかな落胆の色が浮かんでいた。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「うん、大丈夫。でも、たこ焼き……」
和哉が残念そうに地面を見る。楽しみにしていたのに、という気持ちが表情からありありと伝わってくる。
「今、また買ってきます!」
「いいよ、もう――」
「すぐ戻ります!」
湊は和哉を残して、たこ焼き屋台へ走った。
再び並んで、たこ焼きを購入する。
さっきよりも列が長くなっていて、少し時間がかかった。戻ってくると、和哉がベンチに座って、ぼんやりと人の流れを眺めていた。
「はい」
湊が息を切らしながら、たこ焼きを差し出す。
「ありがとう」
和哉が受け取って、美味しそうに食べ始める。先ほどよりもゆっくりと、大切に味わうように。
「湊は優しいね」
和哉がぽつりと呟いた。その言葉に、湊の胸が熱くなる。
「そんなこと……」
照れくさくて、湊は視線を逸らした。でも、嬉しかった。和哉に優しいと思ってもらえたことが、何よりも嬉しかった。
その後も二人は会場を歩き回った。クレープを食べて(これも湊が無理矢理奢った)、フリマで古本や古着を見て、ハンドメイドのアクセサリーを眺めた。手は繋がれたまま。もう湊は、この手を離したくないと思っていた。
「お、このゲームのカセットなっかしー」
二人でぶらぶらとしていると、湊はあるテントの商品に目を止める。一昔前のゲームを集めたブースで、懐かしいゲームのパッケージが並んでいた。
「ああ、モノノケキャッチ、僕もやってたよ。確か、天狗隊バージョンだったかな」
和哉が懐かしそうに目を細める。
「俺、鬼軍でした」
「あれって、バージョンによって微妙にゲットできるキャラが違ったんだよね。交換でキャラが進化したりしてた記憶」
「ですです。俺、妹と別々のバージョンだったんで、交換してしてーってめっちゃおねだりされました」
湊が笑いながら言う。妹のことを思い出して、少し表情が和らいだ。
「微笑ましいねぇ。うちは弟がいたけど、そんなことなかったなぁ。友達と先に全クリしてた」
和哉が少し寂しそうに笑う。その表情に、湊は何かを感じ取った。和哉の家族のことは、あまり詳しく知らない。
「そういえば、先輩弟いたんですっけ?」
「うん、三つ下で今中三だよ」
「マジっすか! うちの妹も中三です。弟さん何組っすか。妹は確か3-4だったはず……」
「あー、うーんと、どーだったかなぁ? 忘れちゃった」
和哉が首を傾げる。その仕草が、また可愛らしい。でも、同時に湊は少しだけ彼の様子に違和感を覚えた。
でも、今日はそんなことを考えるのはやめよう。今は、和哉との時間を楽しむことだけを考えたい。
*****
「これ、可愛いね」
和哉がブレスレットを手に取る。シンプルな革紐に、小さなビーズが付いたものだった。茶色の革に、緑色のビーズが映えている。
「似合いそうですね」
湊が言うと、和哉が嬉しそうに笑った。
「買おうかな」
和哉が財布を取り出そうとした瞬間――。
「あっ」
和哉が何かにつまずいた。
地面に置かれていた段ボール箱に、また足を引っかけてしまったようだ。そして、バランスを崩して、湊の方へ倒れ込んできた。
「うわっ!」
二人とも、地面に倒れ込む。幸い、芝生のエリアだったので、怪我はなかった。でも、湊は和哉の体重を受け止めて、背中を地面に打ち付けてしまった。
「ごめん、大丈夫?」
和哉が湊の上から心配そうに覗き込む。
「だ、大丈夫です……」
湊は顔を真っ赤にした。和哉の顔が近い。
眼鏡越しに見える青い瞳が、すぐそこにある。吐息が感じられるほど、近い。和哉の体温が、湊の体に伝わってくる。心臓が、今にも飛び出しそうなくらいに鼓動している。
「良かった」
和哉が安心したように笑う。
そして、ゆっくり立ち上がった。湊はどこか名残惜しさを感じながらも、立ち上がるのを手伝った。
「先輩、本当に大丈夫ですか? どこか痛くないですか?」
「うん。久我がクッションになってくれたから」
和哉が屈託なく笑う。
「……それ、俺の方が痛いんですけど」
湊が少し不満そうに言うと、和哉の表情が一変した。
「ご、ごめん!」
和哉が慌てて謝る。その慌てぶりが可愛くて、湊は笑ってしまった。
「冗談です。先輩が無事なら」
「………そっか」
二人は顔を見合わせて笑った。
和哉の笑顔を見ていると、湊は幸せな気持ちになる。こんな風に、和哉と一緒に笑い合える時間が、湊にとっては何よりも大切だった。




