表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたりのフツウ  作者: 月凪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/22

12話 本番とハプニング

 「〜♪」


 湊はご機嫌に、少し音程のズレた鼻歌を歌いながら信号待ちをしていた。


 今日はゴールデンウィークの後半、5月5日。和哉とのデート――正確には恋人同士ではないので「二人きりでのお出かけ」の当日だ。


 湊と和哉の予定をすり合わせてこの日になったのだが、湊にとって今日は別の意味でも特別な日である。


 5月5日は湊の16歳の誕生日だ。

偶然とはいえ、最高の誕生日プレゼントである。和哉先輩と一日中一緒にいられる。これ以上の贈り物があるだろうか。


 子供の日なのは少し不服ではあるが、祝日に文句を言うのも無謀なことだ。

小学生の時はカレンダーに睨みを効かせていたこともある。「なんで俺の誕生日が子供の日なんだよ」と。


 だが今はもう大人だ、そんなことはしない。黒ペンで「子供の日」の文字を塗り潰せば気にならない――今年もしっかり塗り潰してきた。


 今日は母から誕生日プレゼントとして現金5000円を贈呈された。湊が中学に上がってから母は毎年、現金派だ。「好きなものを買いなさい」と言って封筒に入れて渡してくれる。


 この5000円があれば、「ここ俺が奢るよ」ができる。とても彼氏らしい。絶対する。カフェ代くらいは出せるだろう。いや、昼食も奢れるかもしれない。先輩に格好いいところを見せるチャンスだ。

 そんなことを考えていると、信号が赤から青に変わる。


(先輩の私服、楽しみだな〜)


 制服姿の和哉先輩も素敵だが、私服はまだ見たことがない。どんな服を着てくるのだろう。想像するだけで胸が高鳴る。


 湊は少し音程のズレた鼻歌を歌いながら、待ち合わせの駅前に向かった。横断歩道を渡る足取りは、自然と軽くなっていた。


*****


 駅前の広場には、すでに多くの人が行き交っていた。ゴールデンウィークの真っ只中とあって、家族連れやカップル、友人同士のグループなど、様々な人々で賑わっている。


 湊は待ち合わせ場所の時計台の前に立った。スマホで時刻を確認する。約束の時間まであと5分。少し早く着きすぎたかもしれない。

 深呼吸をする。緊張で手のひらが汗ばんでいた。ズボンのポケットに手を入れて、何度も拭う。


(落ち着け、落ち着け)


 自分に言い聞かせる。

今日は完璧にエスコートするんだ。事前に下見もした。プランは完璧だ。映画を見て、美術館に行って、カフェでお茶をする。


 ポケットの中のスマホが震えた。メッセージだ。


『今、着いた。どこ?』


 和哉先輩からだ。心臓の鼓動が速くなる。


『時計台の前にいます』


 返信を送って、周囲を見渡す。人混みの中から、見覚えのある姿を探す。


そして――見つけた。


「先輩!」


 手を振ると、和哉がこちらに気づいて歩いてくる。湊は息を呑んだ。


 和哉は白いシャツに、ベージュのチノパン。その上から深緑色の薄手のカーディガンを羽織っていた。シンプルだが、和哉の雰囲気にとても合っている。いつもの眼鏡に、少し癖のある黒髪。柔らかな春の日差しの中で、和哉はいつもより大人っぽく見えた。


「待った?」


「いえ、今来たとこです」


 嘘だ。10分前から待っていた。でもそんなこと言えるわけがない。


「そっか。じゃあ、行こうか」


 和哉が微笑む。

その笑顔に、湊の心臓は跳ねた。


(今日一日、頑張ろう)


 湊は決意を新たに、和哉の隣を歩き始めた。


*****


「えっと、まず映画からだったよね」


駅の構内を歩きながら、和哉が確認する。


「はい。10時半からの回を予約してます」


湊は胸を張って答えた。

事前にネットで予約しておいたのだ。これで当日慌てることもない。完璧だ。


映画館は駅直結のショッピングモール内にあった。

エスカレーターで上階へ向かう。


「湊は、この映画見たかったの?」


「それもありますけど、先輩が好きそうかなと思って」


「そうなんだ。ありがとう」


 和哉が嬉しそうに笑う。その笑顔を見られただけで、映画選びは成功だったと思えた。

映画館のカウンターに着くと、湊は予約番号を伝えた。


「10時半の回ですね。少々お待ちください」


 女性スタッフが端末を操作する。そして、困ったような表情になった。


「申し訳ございません。10時半の回は満席となっておりまして…」


「え? でも予約してます」


「ご予約は…こちらのシステムには登録がないようで」


 湊は慌ててスマホを取り出した。

予約完了のメールを探す。 


ーーない。


 確かに予約画面までは進んだはずだ。

でも、最後の「予約確定」ボタンを押したかどうか――。


「あの…当日券は?」


「本日はゴールデンウィーク中で大変混み合っておりまして、当日券も完売となっております」


 スタッフが申し訳なさそうに言う。


 湊は頭が真っ白になった。

完璧なプランの、最初の予定が崩れた。


「あの、夕方以降でしたら、まだ空きがございます」


「本当ですか?」


「はい。18時からの回でしたら、お席をご用意できます」


「じゃあ、それで」


 和哉が横から言った。


「え、でも――」


「いいよ。順番変えるだけだし」


 和哉は気にした様子もなく、笑っている。


 結局、18時からの回のチケットを購入した。予定が大きく狂ってしまった。

映画館を出ると、湊は肩を落とした。


「ごめんなさい、ちゃんと予約したつもりだったんですけど…」


「気にしないで。よくあることだよ」


和哉が優しく言う。でも、湊は自分の詰めの甘さに落ち込んでいた。


「じゃあ、次は美術館だね」


「はい…」


気を取り直して、二人は美術館へ向かった。


*****


美術館に着くと、入口に人だかりができていた。


「あれ?」


近づいてみると、入口に張り紙がしてある。


『ゴールデンウィーク期間中は混雑緩和のため、事前予約制とさせていただいております。当日のご入場はできません。ご了承ください』


「…嘘」


湊は呆然とした。下見の時は普通に入れたのに。まさか予約制になっているなんて。


「久我、大丈夫?」


和哉が心配そうに覗き込む。


「す、すみません。調べが足りなくて…」


「気にしないで。じゃあ、カフェに行く?」


「はい…」


二つ目の予定も崩れた。湊の心は焦りで一杯になっていた。


*****


カフェに着くと――。


『本日、臨時休業』


ドアに張られた紙を見て、湊は力が抜けた。


「…すみません」


「ううん、久我のせいじゃないよ」


和哉が優しく言う。でも、湊は自分の無力さに打ちのめされていた。完璧なプランだったはずなのに。下見までしたのに。全部、全部ダメだ。


「あのね、久我」


  和哉が湊の前に立った。


「ちょっと待ってて」


和哉はスマホを取り出して、何かを検索し始めた。

その間、湊はただ項垂れていた。


「あった」


「え?」


「この近くで、グルメフェスとフリマやってるって」


和哉がスマホの画面を見せる。

そこには、広場で開催されているイベントの情報が載っていた。


「少し歩くけど、行ってみない? 色々食べられるし、面白いものもあるかもしれない」


和哉が笑顔で言う。


「でも…」


「映画まで時間あるし。ちょうどいいよ」


  和哉は湊の返事を待たずに、歩き出した。


「あ、待ってください!」


 湊が慌てて追いかけようとした瞬間、和哉が振り返って――。 手を伸ばした。


「はい」


「え…?」


「人混みで離れたら大変だから」


 そう言って、和哉は湊の手を掴んだ。温かい。

 和哉の手は、思ったより大きくて、温かかった。


「行こう」


 和哉に引っ張られて、湊は歩き出す。繋がれた手から、和哉の体温が伝わってくる。

顔が熱い。心臓がうるさい。


(手、繋いでる…)


 現実感がなかった。夢なら覚めないでほしい。


「湊、大丈夫? 顔赤いけど」


「だ、大丈夫です!」


 湊は慌てて答えた。大丈夫なわけがない。

でも、これ以上心配されたくなかった。


二人は繋いだ手のまま、グルメフェスの会場へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ