岩の女神の苔むす愛ー鏡よりもあなたの瞳へー
(1)
「私は、そんなに醜いだろうか…。」
父神の命で、妹であるサクヤと共にある男神のもとに嫁いだものの、その男神の求めていたのは美しいサクヤだけ。
姉の私は「醜い妻はいらぬ。」の一言だけで追い返されてしまった。
昔から、美しさの賞賛はすべて妹のサクヤに向けられていて、私は日陰の存在だった。
それでも、サクヤほどの美しさではないだけで、受け入れられぬほど醜いとは思いもしなかった。
「私はどんな姿をしているのだろうか…。」
いつの日か、父神のくれた鏡の存在を思い出し、初めて自分の顔を覗き込んでみた。
そこにいたのは、眉間は険しく、口は真一文字に結ばれた、岩のような仏頂面の女だった。
「こんな…こんな…サクヤとは似ても似つかないなんて…。」
突きつけられた現実が苦しくて、思わず鏡を投げ出し野に隠れた。
いつのまにかそこに、社が一つ建っていた。しかも、あの鏡を祀っている。
(2)
ある日、青年たちの集団がこの社になってきた。
参拝客などないも等しいのに、何をしにきたのだろうか。
「ここは、イワナガヒメという神を祀っているんだ。」
先頭にいた、夏の太陽のような輝きをもつ青年が社の説明を始めた。
それに対し、他の青年たちが思い思いの言葉を発し始めた。
「イワナガヒメってさー、醜女だったから突っ返された女神様だろ。」
「それで美人な妹に嫉妬して、神々を祟って永遠の命を奪ったんだろう?こわい女神だよなー。」
…そんな風に伝えられているのか。自分の大失恋が面白おかしく語られている上に、無実の祟りまで着せられてさすがに胸が苦しくなる。
「それは違うんじゃないかな。」
そんな中、太陽のような青年が声をあげた。
「永遠の命は、イワナガヒメとの婚姻によって得られるもので、彼女が祟りで奪ったものじゃない。それに、男神からのあんな仕打ちを受けても、誰も恨まず、鏡を投げ捨てて隠れてしまった女神さまは、きっと優しくて繊細なんじゃないかな。」
今まですべての賞賛はサクヤのもので、褒められたことなどなかった私は彼の言葉に思わず喜びで胸を震わせた。
「さすが葵陽ー。モテ男の紳士ぶりにはかないませんわー。」
葵陽<あおい>と呼ばれたその青年は、友人たちに囲まれからかわれていた。
なぜだかその青年の瞳がこちらを見ているように感じ、鼓動がはねた。
(3)
その夜、葵陽は一人でまた社にやってきた。手には一輪の花を持っている。
「岩の女神さま、昼は友人が失礼しました。心優しい女神さまに、素敵な出会いがありますように。」
そういって、花車の花を一輪置いた。
こんな風に異性に優しくされたことがなかった私は、動揺のあまり姿を現わしていた。
目を合わせるのが怖くて、うつむきがちで顔を隠しながらも、思い切って声をかけてる。
「あ、あの…あおい…とやら。その、ありがとう。」
「え…イワナガヒメ様!?…どういたしまして、こちらこそ姿を現わしてくれてありがとうございます。」
彼はそういって向日葵のような笑みを浮かべた。
(4)
その後、夜ごと葵陽はこの社にやってくるようになり、二人で静かな夜を幾度ともなく過ごした。
「そなたは…なぜこんな辺鄙なところにきているのか。」
「葵陽と呼んでください、岩のヒメさま。僕たちは各地の神社を回って伝承をまとめているところなんです。」
「伝承…。それで私の婚姻話も知っていたのか。」
「はい。でもぼくは、その男神は見る目がないなとずっと思っていて。」
「見る目がない?どうしてなのだ?」
「だって、花のような美しさは確かに良いものだけど、それは限りのあるものだと思うんです。僕は、岩のように変わらない優しさと芯の強さの方が素敵だと思って。」
「褒めたって、なんのご利益もだせないぞ…。」
彼が気安く褒めるせいで、耳の先まで、熱くて仕方がなかった。
(5)
ある満月の日、葵陽が姿をなかなか現わさなかった。
どこかで危険に巻き込まれていないかと心配になって、近くを探してみることにした。
失恋の折、ここに籠って以来社に籠っていた私は、この辺りの現在の地形も理解しておらず、そうそうに道に迷ってしまった。
とにかく戻らなければと足を急いだ途端、足が地を滑り転んでしまい、そのまま近くの崖まで投げ出されてしまった。
「岩のヒメさま…!!」
声が聞こえたと思うと、腕を引かれ崖から救い出されていた。
「あ、あおい…。」
「どうしてこんなところに?今朝がた雨が降ってぬかるんでいるから危ないですよ。」
「だって、そなたが来ないから…探しにきて…。でも、おかげで会えたな。」
驚きと安堵で眦に涙が浮かんでいたが、会えた喜びで自然と頬が高くなった。
動揺と喜びの中で、私はすっかり忘れていたのだ。
彼を見上げてしまったがために、隠していた顔が表にでていたことに。
「岩のヒメさま…、顔が…。」
その一言で我に帰り、固まっている葵陽の姿を見て恐ろしい気持ちになり、彼を振り払って社に逃げ帰った。
「ヒメさま、待って…!」
葵陽は遅れて追いかけてきたが、姿を見せる勇気はなかった。
(6)
その日から数日間、葵陽は社には現れなかった。
やはり、私の醜さに愛想をつかしたのだろう。どんなに褒めてくれていても、男というものはそういうものなのかも知れない。
どうして、サクヤのように美しくなれないのか…。私は久しぶりに鏡を覗き込み、映る姿をみて気を落としていた。
そんな中、静かな足音が聞こえて振り返る。そこには一輪の花を携えた葵陽がいた。
「岩のヒメさま。来るのが遅くなってごめんなさい。女神様に渡したい花がなかなか見つけられなくて…。」
すっかり臆病に戻っていた私は、何も答えられなかった。
葵陽は返事がないのことに気落ちした様子だったが、そのまま言いたいことを続けた。
「あの日、僕が驚いたのを見て傷つけてしまったのでしょう。でも誤解です。僕が驚いたのは、見上げる貴方の瞳があまりにも愛らしくて…。」
「あ、愛らしい…?」
驚きのあまり、私は彼に姿を現わしていた。手には鏡を持ったまま。
「岩のヒメさま…!良かった。会えた。」
葵陽は向日葵のような笑顔を見せた。
「岩のヒメさま、あなたはとても愛らしい人だ。優しくて、素直で。繊細な心をもちながらも、人を恨まない強さがある。」
「そして…なにより。あの日僕に笑顔を向けてくれたあなたの瞳が、あまりにも愛らしくて…忘れられなくなったんです。」
「そんな…私なんかに…。」
「なんかじゃありません。あなたは誰よりも素敵な女神さまだ。だから…もう鏡なんてみてないで、僕を見て。」
彼は手にしていた山蘭を手に、私にひざまずいた。
「かわいい人、これからはずっと、僕の瞳に映っていて。」
思わず泣き出してしまった私を、彼は優しく抱きしめた。
手にした鏡は、割れていた。
【エピローグ】
それから百年。
この神社にはある言い伝えがある。
醜い女神と人間の青年が恋におち、青年は神となり女神の力で永遠の命を得たという。
この社には、鏡面のない鏡が飾られている。
曰く、自分の顔を見て思い悩むよりも、愛しいものを見つめなさい。という教えに由来するのだとか。
それゆえ、今では恋人との永遠の愛を求める参拝客でひっきりなしである。
今日も、新たに夫婦となるものたちの結婚式が行われていた。
……そんな参拝客を見守る影が二つ。
太陽のような笑顔の青年と、小さな笑みを浮かべる女神がそこにいた。
「すっかり恋愛成就の神様になったね、お岩ちゃん。」
「ま、またそんな呼び方をして…!!」
女神は頬を染めて下を向うとするも、青年の手に頬を包まれてしまい、また彼を見つめる姿勢になった。
「かわいい僕のヒメさま、あなたの瞳に映してくれますか。」
「そんなに見てほしいなら、苔むすまで岩のように見てあげるわよ…!」
赤くなった顔でにらみつけるも、彼の笑顔は深まるばかり。
おしまい
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【花車】
別名 ガーベラ
開花時期 4-6月
花言葉 「前向き」「希望」
【山蘭】
別名 コブシ
開花時期 3-4月
花言葉 「愛らしさ」
【向日葵】
開花時期 7-9月
花言葉 「あなただけを見つめる」
散りかけの山蘭を頑張って探したんでしょうね。




