10-4 相模 小田原城2-4
とりあえずつづらを居室に運ばせた。
中身を見るたびに、何通あるんだとうんざりする。
一見、超高級紙で包まれた釣書だけのように見える。
私信はどこだ? 一番下にねじ込まれたか?
手を突っ込んでも詰まりすぎて底まで届かず、上から順に仕分けしていくしかなかった。
誰かに手伝ってもらおうと周囲を見る。
何故か、護衛しかいない。
普段はどこに行くにも側付きと小姓が付いていたのに……逃げたな。
結局ひとりで書簡の仕分けをすることになった。
差出人の名前を確認しながら、ぱぱぱっと分けていく。
ひと山できてようやく、日向屋からの書簡が見つかった。
「あの、申し訳ございませぬ」
早速封を開けてみようとしたところで、松田の声がした。
顔を上げると、入口のところから、実に“申し訳なさそうな”顔がこちらを見ている。
「奥平様からの伝言で、書簡の包みを別の御方のものと間違えているものがあるやもしれぬと……あいや申し訳ございませぬ。お手を止めてしまいました」
松田は言いたいことだけ言って、孫九郎が衝撃のあまり黙り込んでいるうちにどこかへ行ってしまった。
待て待て待て。
引き留めようとしたのだが、タイミングを逃してしまった。
改めて、つづらに詰め込まれた書簡を見る。
……途方に暮れた。
基本的に、この時代の書簡、特に孫九郎あてのものに機密はない。
ほとんどの書簡は文書方が、今回のように遠征中ともなれば、重要なものは家宰である奥平が目を通す。
表書きを見ただけでは、急用かそうでないかの判断はできないので、やむを得ない事だと思う。
もちろん、やんごとなきお方からのものなら別だ。年に一度は来る御上からのものは、未開封のまま孫九郎のもとに届く。今回、幸いにしてそれはなさそうだった。
すべての書簡を開封するまでに二刻は掛かった。松田が言うような包みの取り違いはなかった。
孫九郎に目を通させるための方便だったのだろう。
それにしても……疲れた。
すべてを熟読したわけではないが、目が滑るような長々とした文面が九割以上を占め、釣書以外の私信は数通だった。
それを選別するだけでかなりの時間を要した。
中でも気になるのが、京からの書簡だ。
一条権中納言様からは、御所の火事は無事収まったということと、土方にいる寒月様の御容態(お風邪を召されたそうだ)を心配なさる内容で、他は特に気になる記述はない。
だが、藤波先生の文面と合わせると、もっと別のものが読み解ける。
また京の治安が悪くなってきている事。藤波家のほとんどが伊勢に下向したが、先生はまだ京に残っている事。東雲が寒月様に迷惑をかけているのではと気になっているという事。直近では東宮御所が燃えて、大勢の怪我人が出たという事。
土岐の姫からの書簡は、もっと具体的だった。
上京の新しい屋敷がいくつも燃えた。御所のほうから、数日間にわたって火の粉が飛んできた。逃げ惑う人々が、一斉に京を離れようとしている……など。
土岐の姫自身は怪我もなく、母親の親族の屋敷に避難したそうだ。
それらはすべて、近々に御所で火事があったという情報と、書き手の無事を伝える文に見える。
中身を読んだ奥平もそう思ったから、特に何かを言ってこなかったのだろう。
孫九郎はもう一度、日向屋からの書簡を広げた。
普段から、今川領内の交易について、日向屋だけではなく複数の商人とやり取りをしている。
商人たちのほうも、孫九郎と直接つながるパイプは貴重だと思う。
たいていは、その時に今川領から仕入れたい物などが書かれているが、孫九郎が相手なので気をつかって、常に数行の当たり障りない近況が書き記されている。その近況報告が情報源として重要だった。
今回の堺衆の書簡からはどれも、京の異変がうかがえる。
一度は都に戻ってきていた公家たちが、再び脱出し始めているというのだ。
日向屋はさらにひとこと。土佐への便が海賊に襲われたとあった。
前にも同じところで引っかかった。
今回はわざわざ、土佐と書かれていることに意図を感じる。
商人たちの認識では、瀬戸内の海はいま治安がひどく悪いようだ。いや瀬戸内だけではない、船で大量の商品を運ぶ彼らにとって、昨今の海賊の動きは目に余るものがあるらしい。
「……海賊」
孫九郎はぽつりとつぶやいた。
渡河でさえ船酔いでひどい目に合う体質なので、海の上に出たいとは思わない。
だが、この国は巨大な島国だ。物流は船のほうがコスパで勝る。
「失礼いたします」
藤次郎の声がして、すっと障子が開かれた。
……この野郎、今頃来やがって。
ジロリと睨むと、ニコリと笑顔を返された。
相変わらずの好青年っぷりに毒気を抜かれて、ため息をつく。
「よいお方はおられましたか?」
「……読んでみろ」
藤次郎は積み上がった釣書の山を見た。……そっちじゃない。
数枚の堺衆からの文を差し出すと、まるで悪いことをした子供を見るような目でこちらを見たが、渋々と受け取った。
「相変わらず、京はおちつかないようですね。幸いにして堺はさほどのことはないようですが」
藤次郎は文を読み進み、最後の一枚を見て眉を寄せた。
そうだよ。海賊。
日向屋には資本力があるので十分な護衛を雇っているだろうし、通行料も支払っているだろう。それでも海賊に襲われたというのだ。
さらに追加で、一条中納言様と藤波先生と土岐の姫の書簡も渡す。
「東宮御所が火元でしょうか」
御所で大火があったという話は聞いていた。もう一月以上前になる。この書簡はどれも、その後の無事を知らせるものだ。
内容からわかるのは、おそらく一番ひどい被害は東宮御所で、その火は上京の方まで燃え広がったようだということ。
孫九郎は書簡から視線を逸らせ、西に輝く茜色の陽光に目を細めた。
まるで火のように紅い空だ。
胸の内がざわめいていた。
一条家の方々が火事に巻き込まれたようだとは聞いていた。特に火元なのだろう東宮御所には、愛姫がいたかもしれない。
権中納言様からの書簡には、誰かが怪我をしたというようなことは書かれていないが、書かれていないからと言って、何もないとは限らない。
京に向かった八雲はどうしているだろう。三好殿に書簡を届けた後、火事の続報を調べてくれたはずだ。
そういえば、戻ってくるのが随分と遅い。……何かあったのか?
御所の火事と、日向屋がわざわざ書いた海賊の事と。
その二つの知らせが、ザリザリと胸の内側に不穏な音を立てる。
「……ご無事だろうか」
孫九郎はぽつりとつぶやいた。
藤次郎は何も言わなかった。




