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夏颯記  作者:


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9-2 相模 玉縄城3-2

 鎌倉の一行は清だけではなく、背後に六人。

 鎌倉五山の代表と、新しい八幡寺の者だろう。

 彼らは重々しい気配を放ったまま、清の口上を軽く頭を下げて聞いている。

どの者も、普通の人間なら臆してしまうような、堂々たる身なり、堂々たる態度。下座にもかかわらず強い存在感を醸し出しながら、黙って控えている。

 一見、殊勝な態度に見える。

 だが、こういう腹が座った連中こそが油断ならない。

 もちろん本心から頭を下げているわけではないだろう。

「存念か」

 孫九郎はぱちりと扇子を鳴らして、小首を傾げる。

 若輩者のそんな態度に、誰も表立っては不快の表情はしない。

腹の読み合いだ。苦手ではないが好んではいない。

こういったことが面倒になるのはいつものことだった。

「大宮司様のご嫡男は、公方様のお側にいるそうだな」

 率直にそう言うと、若い清の表情が強張った。

「御父上か?」

「……はい」

 そこには、わずかな動揺と不満の色があった。果たしてその不満は、孫九郎に対してなのか、父親に対してなのか。

 鶴岡八幡宮の大宮司の息子が、古河公方の側近として侍っているというのは、わりと知られた話らしい。弥太郎からあらかじめそう報告を受けていたし、清の背後に並ぶ僧侶たちも初めて聞いた顔ではない。

「祖母が、公方様の従姉妹にあたられる御方だったそうで、父はその御縁でお側に」

 清は隠そうとせず、堂々と言った。

 咎められると思ったのかもしれないが、孫九郎は頷いただけだ。

 現代ほど、職業選択の自由があるわけではないと知っているし、血族間のしがらみについては孫九郎自身にも感じることがある。

 ただ、公方に従うことが鎌倉の総意かわからないから問うたのだ。

 底に穴のあいた桶のように、情報も銭も駄々洩れになるのは勘弁だった。

「今川家では、どのような信仰であろうと否定はせぬ」

「鎌倉の権限をお認め下さるということですか」

 清の右後ろに座っていた五十代ぐらいの僧侶が言った。

 太くていい声をしている。なんとなく、武士上がりのような雰囲気の男だ。

 孫九郎はすっと目を細め、目が合ったその僧侶を見据えた。

「ある程度は」

 清もその男も無表情のままだが、他の幾人かと彼らの随員はほっと肩の力を抜いた。

 今川からの言質がとれたと思ったのだろう。

 安心するのはまだ早いぞ。

「こちらからは何も言うことはない。これまで通りに祭事をとりおこない、あるいは御仏への信仰に励めばよい。ただ……」

 孫九郎は清の背後で顔を伏せている、海千山千の僧侶たちをじっと見た。

「領分を越えて、好き勝手してよいということではない」

 内心の感情は伺わせないが、そもそもここに謝罪に訪れること自体に否定的な思いはあるだろう。だがその程度を飲み込めずして、戦国の世は生き残れない。

「権限には責任が伴うものだ」

 孫九郎は軽く扇子を閉じて、脇息に肘をついた。

「相模国内で悪さをすれば罰するし、刀を持って兵を起こすなら同じく刀で返すだろう」

 清と僧侶たちがはっと緊張する。

 孫九郎は少し首を傾け、その驚愕の表情を受け止めた。

「無条件で何もかもが許される権利などない」

 まさか神職だから、八幡宮だから、僧侶だからと、何でも許容されると思っていたのか?

「……それは、公方様へ申されておられるのでしょうか」

 清のその台詞は、いささか踏み込みすぎだった。

 孫九郎は「まさか」と笑い、扇子を口元に当てた。

「恐れ多くも足利家ご親族にそのようなことは申さぬ。ただ……今は公方様も、大変難しいお立場にあられるようだな」

 これまで実の息子が治めていた国が、割れている。山内上杉家の内紛は、最終的に勝つにせよ負けるにせよ、古河公方の権勢を今以上に大きく削ぐだろう。

 ふと脳裏に、いったい何歳なんだろうといぶかるほど童顔な長綱殿の顔が過る。

 正直なところ古河公方より、鎌倉より、気になっているのは江戸北条氏の動きだった。

 国を大きくするには、地の利と時の運が必要だ。

 長綱殿はこれを狙って江戸へ退いたのか。いやもしかすると、あの男の手がこの混乱を引き起こした可能性もある。

 孫九郎はその疑惑を、念入りに胸の奥深くにねじ込んだ。

 今はそれを考える時ではない。

 鎌倉がこの先も古河公方とつながり続けるのなら、敗けた場合の落ち延び先に選ばれるかもしれない。

 そんなことになれば、今川家が巻き込まれるのは避けて通れない。

 テコ入れの必要があるかもしれない。

 どちらにも、大きく負けさせない手を考えなければ。


「よろしいのですか」

 鎌倉からの使者が引き上げた後、それまでおとなしく黙っていた承菊が口を開いた。

 孫九郎は扇子を弄びながら考え事をしていたのだが、承菊の声はその意識を現実に引き戻した。

「何がだ」

「ここでの話は、おそらく公方様側に伝わります」

「いいんじゃないか」

 特にマズい発言はしていない。

「公方様に伝わるということは、江戸にも伝わるということです」

 孫九郎はまじまじと承菊を見た。

 言わんとすることはわかった。

 あの腹黒童顔が、鎌倉を使って何か工作をしてくるだろうと予想しているのだ。

 だが、北条に協力していた八幡寺の別当は排除した。他にもあの妙にカリスマ性のある男が、例えば同じ宗派の寺とつながっている可能性はあるが……

 思い返せば、長綱殿は禅宗系の法衣を着ていた。承菊より派手な装いだったが、この時代の武家に近い禅宗といえば、おそらく臨済宗だろう。

 鎌倉には大きな臨済宗の寺がある。承菊が昨日訪れていた寺がそれだ。

「釘は差しておきましたが、完全ではありません。目を離さぬ方がよろしいかと」

 まじまじと見返すと、小さく頷きが返ってきた。

 なるほど。承菊は昨日、長綱殿の影響力を排除しにいったのか。

 ……だったらそう言えよ。

 やはり「報告、連絡、相談」の教育が必須だな。

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― 新着の感想 ―
もう正面から戦える勢力はないからね 搦手には気をつけないと
『血族間のしがらみについては孫 九郎自身にも感じることがある』 不要な改行が入ってますよ。
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