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夏颯記  作者:


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8-8 相模 鎌倉2

 大勢に見られながら、長い参道を歩く。

 大宮司の歩速にあわせているから、ものすごくゆっくりだ。

 孫九郎はさりげなく、杖をついていない左側を歩いた。大宮司の背すじはしっかり伸びているが、不意によろけるかもしれない。

 小さな段差は問題なく上がっているけれど、やはり左足が悪いようで、足のあげ方がギリギリだった。

 これほど近くを歩くのは、親しくもないのに失礼かもしれないが、だったら八幡宮側の誰かが補助につくべきなんじゃないか?

 参道の終わりが近づいたところで、ふうと息を吐く音が聞こえた。

 息は細かく、肩が上下している。体力的に厳しくなってきたか。

 この方が八幡宮を出て町まで下りてきたのは、間違いなく孫九郎の来訪を知っていたからだろう。最初は鎌倉の近くに陣を敷いたからかと思っていたが、このペースでしか歩けないなら、もう少し前に耳にした可能性が高い。

 思い当たる情報源はひとつしかなかった。

「当家の者が失礼をしていなければよいのですが」

 孫九郎がそう言うと、年老いて少し濁った眼が素早く動いた。

「……なんのことでしょうか」

 わからないわけがなかったが、知らぬふりをされた。

 その理由を考えて、まさか承菊に何かがあったのではと顔をしかめる。

 あの男が容易くどうにかなるとは思えないが、単身で乗り込んできたのなら万が一はあり得る。

「お互いに、尊重し合える仲を望みます」

「それをあなた様が仰るか」

「そうされないことが多いので」

 老宮司からの好意は微塵も感じ取れなかったが、明確な敵意もないようだった。

 だが、このお方がそうでも、他の大多数は今川家を鎌倉から排除したいと考えているだろう。

「特に、古河公方様は」

「そのようなことを、おいそれと口になさるものではございませぬ」

「ご血縁だとお伺いしました」

 すっと、空気が冷えた。

 足を止めていた大宮司は、思い出したように前を向いた。

「参詣に来られたのでしょう」

 長い石段を見上げ、足を踏み出す。

「八幡宮は、参る者を拒みませぬ」

 孫九郎は無言でその背中を見つめてから、後に続いた。

 ゆっくりと、一段ずつのぼっていく。

 誰の手も借りようとしないその忍耐強い姿に、感じるものはあった。

 不意につまずきよろけたので、手を差し伸べる。

 孫九郎でも支えることが出来る、軽い身体だ。

 周囲を見回すが、町の者も僧侶たちも遠巻きに見ているだけで誰も近づいてこようとしない。

 そういえば、八幡宮の神職たちはどこにいるのだ?

 大宮司が町まで下りてきたのは、孫九郎を迎え入れるためなのは確かだろうが、だとすればそれに従う禰宜や下役たちがいてもいいはずだ。

 ふと、鼻腔に焦げた臭いが過った。

 連日玉縄城で、燃えた木の匂いを嗅いでいるせいか、すぐにそれが何か思い当たらなかった。

 大宮司は「ふっふ」と荒い息をつきながら、最後まで階段を登り切った。

 目礼されて手を離した瞬間に、あれは護摩に木片をくべる匂いだと思い至った。

 この時代のこの国では、神仏習合であることに疑問を感じるものは少ないが、孫九郎は違う。

 だからこそ気づいたのかもしれない。

 触れた大宮司の狩衣は、擦り切れてこそいないが真新しさとは程遠いくたびれ具合だった。

 近づく本殿も、一見朱塗りの柱は鮮やかで美しいが、よく見ればその色はところどころくすみ、内側の目立たない部分など剥げているところもある。

 ここまで通ってきた参道の整備の具合と、照り返しがあるほど丁寧に塗られた鳥居、それに対して、本殿の手入れの行き届かなさ。

 ……なるほど。

 対立は、どこにでもあるらしい。


 結論、承菊は八幡宮にはいなかった。

 大宮司が、祭事の支度があるからと席を外した時に報告を受けたのだが、今あいつは建長寺にいるそうだ。

 なにをやっているんだ。同じ臨済宗だからか?

 京で学んだ承菊のほうがエリートなのかもしれないが、そんなマウントを取りに行った訳ではないだろう。

 承菊が揉めたのは、八幡寺の僧侶だ。

 そちらに文句を言いに行ったのでないなら、心配するほど大ごとにはならないかもしれない。

 ……そう思っていた。いや思いたかった。

 ざわざわと、静かだった境内に騒音が混じったのは、待たされてしばらくしてから。

 孫九郎は諦観の念を抱きながら目を閉じた。

 知らず、長いため息がこぼれる。

「失礼」

 締め切られた障子の向こうに、人影が写った。

 どう見ても僧侶。髷がないからすぐわかる。

 部屋にいたのは、孫九郎と藤次郎の二人だ。他の者たちは廊下か庭先に控えていた。

 その者たちに動きがないから、危険があるわけではないのだろう。

 孫九郎が頷くと、真後ろに控えていた藤次郎が腰を上げた。

 この男らしい丁寧な所作で立ち上がり、影が映っている障子の前で両膝をつく。

 障子が開いた先に見えたのは、墨色の法衣に派手な袈裟。承菊ではない。

 その達磨を思わせるふくよかな丸顔が、ぐるりと室内を見回して孫九郎の上で止まった。

 強い視線。睨みつけるような。……いや、実際に視線は険しい。

「……小僧っ!」

 おおっと、かなり唐突、かつぶしつけな呼びかけだな。

 孫九郎はそっと、手に持っていた扇子を口元に当てた。

 ズカズカと部屋に踏み込んできた達磨坊主の前に、藤次郎が立ちふさがった。廊下から素早く近づいてくるのは谷ら護衛たちだ。

 ちらりと見えたのだが、他の僧侶たちを牽制しつつなので動きが取りづらいようだ。

 さてどうするか。ここで荒事にもっていくのは少々……

「円覚殿」

 鋭く強い声が孫九郎の思考を遮った。

 控室の奥、几帳の向こうに、気配が動いた。

 わずかに布が揺れ、次いで、一歩。

 白足袋の足が、音もなく板を踏む。

 奥から現れた大宮司は、すでに装束を整えていた。

 白地に、淡く文様の浮かぶ狩衣。胸元には、白の小袖がのぞく。

 立烏帽子の黒が、顔の白さを引き締める。

 手にした笏は低く構えられ、指先まで揺るぎがない。

 孫九郎とさほど変わらない体格なのに、何故かその何倍にも大きく見えた。

 歩みは遅くもなく、急ぎもせず。ただ乱れがない。

 そのまま部屋の中央に進み出て、鼻息荒く唇を引き結んでいる達磨坊主の前に立つ。

 場の空気が一瞬で静まった。

七世紀あたりから、仏教と神道が合祀されるようになりました。

なので、この時代の人々はそれが当たり前だと思っています

教えによると、八幡神は仏が姿をかえたものだそうですよ

内包する対立構造が見えますねぇ

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― 新着の感想 ―
ここまで追いついてしまった(涙)もう一度、冬嵐記から読み直します。京都に行って一条家と再開出来ますように
鎌倉住まいの自分、どのルートで鎌倉入りしたかが気になる。巨福呂坂からなのか、稲村ヶ崎からか、大仏切通からか。
本地垂迹説といい仏教勢力は何かと神道に対しマウント取りたがるイメージ。
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