7-6 相模 玉縄城3
うちの連中は、こういうことに関してものすごく手慣れている。
対野盗というわけではなく、敵対勢力の排除についてだ。
孫九郎が細かく指示を出す必要はなく、焚火の前で腕組みをしている間にちゃっちゃと片が付いた。
やはり持つべきものは、阿吽の呼吸の有能な配下だ。
……逆に孫九郎がやる気を出して指示を出せば、現場が混乱するだろう。餅は餅屋だ。荒事はプロに任せるに限る。
渋沢はこちらの意図を汲むや、全力で事にあたった。
野盗相手にオーバーキルだ。
張り切りすぎじゃないか? いや、こいつらも思うところがあったのだろう。
夜が明ける前に、玉縄城周辺の野盗は一掃された。
今川軍が運んでいる兵糧は彼らにとって垂涎の的だったらしく、村に分け与えたとみるや蟻がたかるように集まってきた。
その理由ははっきりしていて、彼らは予想した通り元武士の集団だった。食いっぱぐれて浪人になり、その後身を落として盗賊の真似事を始めたそうだ。
連中は、農民を下に見ている。下の者から巻き上げることに、良心の呵責がない。
捕えた者に話をきいた渋沢が、女関係以外で珍しく苦い表情をして言った。
「お耳汚しになりますゆえ、汚物の言葉はお耳にいれずともよろしいかと」
吐き捨てるような渋沢の声に、小小姓たちが身をすくめる。
孫九郎は顔をしかめながら、頬あてのせいで表情の読めない渋沢を見返した。
「聞きとうははないが、聞くべきだろう。恭一郎」
「はい」
小田原に到着してから増員した中にいた一人、田所恭一郎は、本家兄弟の従兄弟だ。一見、左右の小小姓に紛れると見失ってしまいそうな平凡さだが、きちんと田所家の一員だということは前から知っている。
「任せる」
孫九郎がそう言うと、特筆するべきところがない平凡さにパッと花が咲いた。
笑うとえくぼが出来て、愛嬌がある。
……でも田所家なんだよなぁ。
日が昇ってから、再び谷戸の村に降りた。
この村への直接的な襲撃はなかったが、庄屋をはじめ、米を運搬していた老人たちのほとんどが殺された。
残るは女と子供だ。これでは、村を存続させることは難しいだろう。
どこからか男手をいれるしかないが……難しいだろうな。
呆然と座り込む女たちに、配慮が足りなかったと謝罪したくてたまらなかった。
庄屋はこの辺り一帯の谷戸を取りまとめていたそうで、だからこそ米を他の村にもわけようとしたのだ。
皆が生き残るために。
だが逆にそれが、彼らの命を握りつぶすことになってしまった。
つくづく、人の命が軽すぎる。
「近くの寺から住職が来てくれています。明日には弔いが終わるでしょう」
孫九郎の近くで、藤次郎がしんみりとした声でいった。
通夜もなく、個別の葬儀もない。
それよりも、病気の蔓延を防ぐために一刻も早く埋葬するのがこの時代だ。
故人を惜しむのは何もかも終わってからで、その時にはこれからの生活への絶望が彼らを襲うのだろう。
村の様子を見回っている途中、周囲の気配が変わり、物々しい足音が複数聞こえてきた。
「御屋形様」
数名の側近とともに近づいてきたのは、渋沢だ。
真っ黒な鎧兜なので、ぱっと見ただけではわからないが、近づくと血の臭いがした。
この男が返り血を浴びるような敵がまだ残っていたのかと、改めてその顔を見上げると、頬あての向こうからギロリと鋭い眼光が返ってきた。
「城にお戻りを。敵が近くまで迫っております」
それを聞いた女たちが、「ひっ」と悲鳴を上げた。小さな声だったが、この世の終わりと言いたげな、恐怖に満ちたものだった。
「生き残っている者たちを城に連れていく」
孫九郎がそう言うと、渋沢は少し黙った。
「……おすすめはできません」
「何故だ」
彼女たちの中に、間者が混じっていると言いたいのか? 可能性はないでもないが、それよりも大勢の保護するべき者たちがいる。
「戦場になる恐れがあります」
渋沢の声は大きくなかったが、はっきりと聞こえた。
一気に周囲が静まり返る。
「我らが玉縄城で食い止めます。この者たちは、少しでもここから離れた方が良いでしょう」
それほどの敵が来るのか?
孫九郎は問いかけようとして、言葉を飲みこんだ。
衆目の中で言わせるべきことではない。
「わかった。藤沢に受け入れを要請しよう」
藤沢には大きな寺があって、鎌倉ほどではないが大きな門前町がある。仮に今川家に対して反発があったとしても、逃げてきた農民の受け入れはしてくれるはずだ。
距離的にも、ここから徒歩で一刻とかからないから、女子供でも避難できるだろう。
渋沢が、孫九郎自身の避難を進言してこなかったことが、敵の規模が迎撃可能な数だということを示している。それでも村人を退かせるのは、少数の敵というわけでもないのだろう。
玉縄城には外郭だけしか残っていない。だが堀があり土塁もあるので、敵が攻め込んでくるルートは見極めやすい。
今の本陣の位置は、敵を迎え討つのにかなり有利だ。
「数は」
白桜丸に乗る寸前、轡を押さえている渋沢に問う。
渋沢は孫九郎を見て、「二千」と通常の声色のまま言った。
それを聞いても、たいして驚きはしなかった。
今川軍おおよそ二千弱に向かってくるのなら、それなりの数だと予想できたからだ。
同等の兵なら負けるとは思えない。だが、敵が見えている数だけだとは断定できない。
渋沢が、足の弱い女子供だけを避難させ、全軍で撤退することを選択しなかった理由が分かった。
小田原の本隊と分断されている今、今川軍を削る好機だ。敵も本気で掛かってくるだろう。
こちらが退けば、その分追ってくるに違いない。
「……退けぬな」
「はい」
孫九郎はあぶみに足をかけ、白桜丸にまたがった。




