7-4 相模 玉縄城1
子供は素直だ。
孫九郎は、キラキラした目でこちらを見ている子供たちに手を振った。
キャアと可愛らしい歓声が返ってくる。
村の子供たちは、年寄りや母親たちより早くこの状況に馴染んだ。たった一度の食事で懐柔されるなど、大丈夫かと心配になる。
ただ、あの子供。
孫九郎を睨みつけていた獣のような目の童子だけは、唇をへの字に結んで警戒を緩めなかった。
それでいいのだ。
孫九郎は、ぎゅっと握りしめられた彼の拳を横目に、その傍らを通り過ぎた。
「玉縄城に伏兵はありません。本丸を中心に全焼しておりますが、いくつか修繕をすれば使えそうな建屋が残っています」
早朝から、直接城を見に行った渋沢が説明する。
「作事方に、本丸奥手の御殿の修復を命じました」
御殿? それはつまり孫九郎用にということだろう。
「いや、兵たちが雨風を凌げる場所を先に確保した方がいい」
渋沢は不服そうな雰囲気だったが、「はい」と頷いた。
じわじわと気温が上がる中、谷戸の村を出る。
白桜丸には乗らず、徒歩だ。
馬で登れない道ではないが、曲がりくねった雨上がりの斜面を歩かせるのは不安だからだ。
大勢の兵の足音と、武具が擦れる音が続く。
それはうねるように、山の空気そのものを震わせる。
道は尾根に沿っていた。それほどの距離はないと聞いているが、山の木々にさえぎられて道行く先は見えない。
木立の中は風が通らず、登るにつれて体温が上がり息が詰まった。
道は曲がる。また曲がる。尾根はまっすぐではなく、起伏のたびに道が向きを変える。
視界が悪い。
この何処かで敵が待ち伏せをしていたのだと想像する。
見えない場所が多すぎるから、伏兵の位置の把握には苦労しただろう。
入り組んだ地形が敵の退き口をわからなくする。本当に退いたかの確認に時間をかけたのも理解できる。
登りが緩んだとき、木立が途切れた。
木や低木が刈り払われた尾根の上に出ると、空が一気に広がった。
生ぬるい風が吹いている。夏の風だ。
そして、開けた視界の先に、それはあった。
黒い柱が二本、空に向かって立っている。
距離はまだあるが、遮るものがない分、はっきりと見えた。
焼けた門柱だ。
根元は地面に据わり、上は途中で途切れている。柱と柱の間に扉はなく、土塁が左右に伸びていた。
近づくにつれ、柱の焦げた肌が見えてきた。石の台座に嵌まっているから倒れずにいたようだ。扉を吊っていた黒ずんだ金具がいくつか残っている。
孫九郎は立ち止まらなかった。
柱の間を抜けながら、幅と高さを目測した。
荷駄も馬も十分に通ることができる。大手門跡だろう。
煤の匂いに交じって、わずかに残る油臭。……念入りに燃やしたのだろう。よほど今川に使われることを避けたかったらしい。
孫九郎が脚を踏み入れると同時に、バサリと旗が翻った。
急に変わった風向きが、生々しい火災跡の臭いを伝えてくる。
湿った土と、草と、燃えた木の臭い。
それは、この城が十日以上も前に迎えた終焉の残り香だった。
「使えるようにするには、かなりの手間と時間がかかりますね」
城の主郭をひと通り見て回った藤次郎の意見は、渋沢と同様だった。
日陰で一息ついていた孫九郎は、「そうか」と返して空を見た。
青い空だ。
何事もなかったかのような、穏やかな日中。
木々はざわめき、小鳥は歌う。
それなのに、この城はすでに息絶えている。
「ですが面白い地形です。入り組んだ尾根を何か所も切ってあり、曲がった道が敵の侵入を阻みます。守りは堅そうです」
木の建物のほとんどは燃えたが、堀はある。土塁もある。
確かに。ここに関東勢を睨む城を作るのもいいかもしれない。
「北条がここを捨てたのは、鎌倉と小田原に近いというだけではなく、敵の手に渡るのが嫌だったのかもしれませんね」
次郎三郎が、パタパタと扇子で孫九郎をあおぎながら言った。
「守りが堅いのなら、江戸まで行かずここで食い止めたのではないか?」
少し離れた場所で焚火を起こし、白湯をつくりながらそう問うのは土井だ。
「さすがに一万の軍勢を相手にするのは難しかったのでは」
次郎三郎と土井の問答を横目に見ながら、孫九郎は襟元を緩めて扇子の風を通す。
登山とも言えない短い移動だったのに、足を止めた瞬間に一気に汗が噴き出た。
もう季節はすっかり夏だ。
汗を拭いた手ぬぐいを小姓に返し、改めて周囲を見回す。
庄屋がいくつか覚えていた井戸は、そのほとんどが埋められていたそうだが、搦手門の奥まった部分の古井戸はまだ生きていた。
弥太郎による毒見も済ませて、問題なく使えるようだと判明しているので、本丸の井戸を掘り直すまで、そこが玉縄城の生命線になるだろう。
たったひとつの井戸に頼って足りるかは不安だが、その場合は谷戸の村に行けばいい。
敵に囲われているわけではないので、少し先にある川を使うのもありだ。
水の問題は解決しそうだ。
あとは城の本体ともいえる建屋だが……これには結構な課題があった。
今は小田原城の普請にかかっているところだ。こちらにまで人手を回す余力がないのだ。
どちらにも手を入れて、どちらも中途半端な状態で敵を迎えるよりも、小田原に注力した方がいいのは明白だから、結局この城のポテンシャルを回復させるまでには数年はかかるだろう。
ふと、脳裏に谷戸の村の童子の顔が過った。
あの子たちはそれまでの間、空き城の傍で生きていくことになる。
いつまた城を奪い返そうと北条が戻ってくるともしれない。いや北条だけではなく、この立地を欲しがる者は多そうだ。
たとえば武士にとっての小競り合いでも、あの村が巻き込まれた場合、ひとたまりもないだろう。
それに対抗する手段を、考えなくてはならない。
玉縄城は、孫九郎に中の人がいない正史では、彼の主城になったところです




