06.
「で、何があったの」
自宅へ帰宅した翌日、親友のエリデがやってきた。回復を耳にしてすぐさまかけつけてくれたことを、ニナが喜んで招くと、お茶会の席で何かがあったと断定された。そして、暗に吐けという圧を感じる。
「何って?」
「赤い」
とぼけようとしたニナに、エリデは自身の下瞼を指さしてみせる。わずかに赤みを帯びた目元で、泣いたことは明白だった。
「これはお父さんとお母さんとひさしぶりだったからー」
「目が泳いでるけど」
ニナは嬉し泣きをしたことで押しきろうとしたが、話しはじめからすでに親友から視線を逸らしてしまったため、嬉し涙以外もあったとバレてしまう。本当に自分は嘘を吐くのに向いていない。ニナは肩を落とした。
半眼で頬杖をついて待つエリデに、昨夜泣いた理由をうち明ける。たいしたことではないのだと前置きして。
きき終わる頃には、エリデは呆れかえっていた。
「はぁ? アタシだったら、傷付く前に愛想尽かしてるわよ」
「そりゃ、エリデは何でも言い合える幼馴染と恋人だからそうかもしれないけど、わたしは視界に入れるだけですごいことなんだから」
自分が欲深いだけだ、身の程以上を望んでいるだけだとニナはいう。しかし、エリデからすれば婚約者に望んで当然のことだ。親友の志が低すぎる。
「フィリベルト様の婚約者になれたおかげで、見てもらえるし、フィリベルト様から会いにきてくれるのよ。デートやエスコートだってしてもらえるだけで夢のようだわ」
視界の端にいたとしても焦点が自分に合うことなど、婚約者になるまえはついぞなかった。断られる前提で自分からダンスの誘いをしたときだけ、合っていた焦点だ。その頃を思うと、自分にだけ焦点が合い続ける時間のなんと幸せなことか。自分をみて名前を呼んでもらえるだけで、浮かれてしまう。実際、倒れるまでニナは浮かれきっていた。
「だいたい、婚約してるのに片想いのままってのが変なのよ」
ケーキをひとくち大にフォークで切り取り、エリデは不満ごと頬張る。
「そこは、わたしが振り向いてもらえるように頑張ればいいだけだしっ」
奮起する親友に、エリデは逆に不安を覚える。彼女の努力は素直すぎて方向性がずれるのだ。想い人を虜にすると噂になり流行った香水を手に入れたはいいが、つけた本人がその香りに酔い、エスコートする婚約者には体調不良と心配された。蠱惑の蝶のドレスが流行ったときも、お色気路線の紫系統というニナに合わないもので、本人も化粧などでカバーしようとしたが補えきれず、婚約者にドレスを贈ろうかと提案されてしまったほどだ。今のところ、一時的な同情しか買えていない。
それでも彼女は、婚約者と揃いのコーディネートのドレスを誕生日に贈られると大喜びだった。
「ニナって、男見る目ないわよね」
「そんなことないもん!」
初恋は歳上の従兄弟で、稽古事が辛くなったときに脱走するニナを一番に見つけては、息抜きに付き合ってくれていた。あえてつれ戻さず、多少の息抜きをさせてくれる優しさにニナは惹かれていった。甘えさせてくれる歳の近い異性へ好意を抱くのは自然ともいえるが、七歳のときに出会い従兄弟は十歳、すでに婚約者がいると親しくなってから判明し、その夜ニナは涙で枕を濡らした。
次の想い人は、図書館の司書だった。異性相手にこてこての恋愛小説ばかり借りて恥じ入っていたニナに、可愛らしくてよいと微笑んでくれた。それで、ニナは図書館に通う頻度が増えた。親切な司書の男性に、ただの利用者としても丁寧に接してもらえるだけでも焦がれていった。だからこそ、気付いた。同じ利用者でも司書の彼が、深窓の令嬢と噂の辺境伯の末娘に向ける眼差しが熱を帯びて輝いていることに。儚げで妖精のような彼女と雲泥の差の自分に、ニナはとても及ばないことを思い知る。
そうして、毎度ニナの恋は想いを告げるより前に散ってしまうのだ。
「どうせなら……」
好きになってもらえる相手を想えばいいのに。どうして絶妙に想いを返してくれない相手にばかり、親友は惹かれてしまうのだろう。
ニナを可愛いと思ってくれる異性も世の中にはいる。なのに、自分が眼中に入らないタイプの相手を懸想するニナ。絶対に彼女を一番にしてくれない男。
エリデは、ちらりと親友の足元を見遣る。彼女の努力の方向性を。この努力は報われるのだろうか。あの男は気付くのだろうか。
親友のための言葉の続きを、長い溜め息に変えて吐き出す。親友は壁にぶち当たるまで進み続けると知っているからだ。
「……まぁ、しょうがないから、玉砕したときはヤケ食い付き合ってあげるわ」
「応援ぐらいしてよぉ!」
応援などする訳がない。世間的にいい男であろうと、親友が報われないならロクでもない男だ。自分にだけは、ニナは事情を教えてくれたが、このままいくと好きな人と結婚こそできるが、愛は返らない。
親友にも愛される喜びを知ってほしい。エリデは、親友から自分には理解できない彼女の婚約者のよさをきかされながら、同性の友人の多い恋人に親友が報われる相手を見繕ってもらおうと画策するのだった。
実ったとも散ったともいいがたい親友の恋が、今後どうなってもいいように。






