23.
赤みがかった金髪は肩ほどまでで、瞳もエメラルドだ。
「もしかして、騎士団の副団長を務めていらっしゃるフィリベルト様ですよね。人違いでもお声がけしてもらえて、嬉しいです。よかったら、騎士の方のお勤めについてお伺いできませんか?」
だが、想い人でないだけでフィリベルトのまとう空気は氷点下かと感じるほどにさがった。心証まで違う。婚約者だったら、本当に興味があって訊ねてくるだろうし、抑えきれない興味でエメラルドがもっと輝いているはずだ。
そもそも、人違いしたことはすでに謝罪し、急いでる旨も伝えたばかりに食い気味で話題をもちかけることなど彼女はしない。きっと話したいことがあっても、しゅんとしてから空笑いで送りだすだろう。我慢はするが、残念さを隠せないのが彼女だ。
「私が誰か分かるのであれば、婚約者がいることも知っているはずだが?」
その婚約者を探しているのを邪魔され、目の前の令嬢に嫌悪しか湧かない。婚約済の相手に秋波を送るなど、婚約相手を軽視していることに他ならない。
冷徹な眼差しを受け、引き留めた令嬢は身を竦めた。急に肌寒さまで感じる。
「へぇ、お嬢さん騎士団に興味あるんだ。じゃあ、団長の俺から教えてあげよう」
急に両肩に重みがかかった。フィリベルトが横を向くと、肩を組んできたリザンドロの顔があった。
「えっ、あの」
「クソ真面目なこいつから聞いても面白くないよ。ちょうど何人か若い団員もきてるから紹介しようか? それとも、訓練に興味ある?」
リザンドロに笑いかけられ、虚を突かれながらも令嬢から怯えが消え、和やかな空気に変わる。
「お嬢ちゃん探してんだろ。ここは任せて、行け」
小声で耳打ちしたあと、リザンドロは肩を組んでいた腕を離し、フィリベルトをその場から放した。興味があるといった手前、令嬢はリザンドロの話に耳を傾けるしかなくなる。
上官の場を収める手腕に呆気にとられていると、彼の手合図の指示で呼ばれ集まってきた団員騎士たちから声がかかる。
「ニナさんと一緒じゃないなんて珍しいっすね」
小首を傾げるのは糸目のカルロだ。立食エリアからきたのか、何種類も料理が盛られた皿をしかともっている。種類が多いので、全種制覇するつもりだったのだろうか。
「ああ、探しているところだ」
「ニナさんなら、さっき……」
あっちに、とみかけた方向をフォークをもつ手で指そうとしたら、フィリベルトから静止がかかる。
「すまない。私で……いや、私がみつけたいんだ」
他人の助力を得るのはルール違反だというのもあるが、それより、自身で彼女を探しだしたい欲求があった。
副団長に断りを入れられ、カルロは言葉を変える。
「じゃあ、頑張ってください」
「副団長、応援してます!」
応援していると口々に団員の騎士たちが声援を送る。メヴェル領遠征での一件はすでに騎士団に知れ渡っており、沈着冷静な副団長も想い人には翻弄されるのだと団員に応援する空気が生まれていた。
「ああ、ありがとう」
部下からの声援に礼を述べ、フィリベルトは足早に去っていった。
「うわ」
「あんな笑い方もするんだ」
上官のはじめてみる表情に、団員たちは呆然とその背を見送る。カルロにいたっては珍しく糸目を見開いていた。上官は笑わない訳ではないが、今しがたの笑顔は格別なものだった。
「いやぁ、ずいぶん面白くなったもんだ」
実に愉快そうな騎士団長の感想が添えられ、団員騎士たちはそちらへ向く。
「あれ? 団長、俺らにご令嬢紹介してくれるんじゃ?」
「今日は俺の話でお腹いっぱいだとさ」
「ええ、呼んでおいてひどいじゃないっすか。食ってるとこだったのに」
食事を中断してきたようにいうが、不満の声をあげたカルロは現在進行形で手にした皿の料理を食べている。
「まあまあ、今度友達と屋外訓練の見学にきてくれるそうだから、そんときにでもアピールしろ」
「さっすが、団長!」
社交辞令から本当に関心を引きだしたリザンドロに、今度は一変して称賛の嵐が湧いた。感謝しろとあえて恩着せがましくおどけると、やんやと団員たちの感謝が飛んだ。
部下からの感謝を浴びながら、リザンドロは遠退く右腕の背を一瞥する。あの男が、あんなにあちこち見回す様は滅多にみられない光景だ。よい変化だと受け止める。
出会った頃から、怠けるということを知らない生真面目な男だった。容姿に自惚れず、家の力にも驕らず、知性と魔力の高さを相応の努力で最大限に伸ばし、あれよあれよという間に副団長の地位まで上りつめた。副団長にしたのは、リザンドロ自身が不得手な面を補助するのに適任だと彼自身が指名したのもあるが、それ以前から上層の地位に就くに充分な頭角を現していた。
酒にも女にも賭事にも関心が薄いフィリベルト。騎士としてはよいが、誠実がすぎて息苦しくはないかとリザンドロは気にかけていた。人生を謳歌しきらない若者へお節介をしていただけともいえるが、青春らしい通過儀礼もなく二十歳を迎えようとしていたのだから仕方ない。
ほどなくして、テラスを通りかかった幾人から熱烈な求婚ぶりが広まり、会場のあちらこちらから黄色い声があがりはじめる。目撃はせずとも口伝えにきいた団員騎士から興奮気味に報告をうけ、他の団員は漢だと副団長に尊敬を抱き、リザンドロは思わず口笛を鳴らした。
次会ったときに揶揄うネタができ、騎士団長には大満足の夜会だった。
リザンドロの耳に噂が届くより少し前、エリデはどよめきに勘付き彼らの視線の向く先を追うと親友の姿をみつけた。
テラスにいる親友はガラス戸越しでも顔が真っ赤だ。しかも、婚約者に支えられていないと立っていられない様子だ。膝が震えている。あの男は大事なニナに何をしたのだ。
踏みだそうとしたが、同伴している恋人のエミリオが腕を掴んでとめる。不満を込めて視線を投げれば、もう少し様子をみようと苦笑された。
恋人からの静止に、いたしかたなく見守ることにする。ニナは少し怒ったような顔して、それから分かりやすく眉をさげ、かと思ったら最後には笑顔になった。婚約者に嫌われまいと彼の前では笑っていた親友だ。それが、相手に不満や不安の感情を晒している。そして、最後にはこれまでで一番の笑顔だ。
「待った甲斐あったわ」
「でしょ」
エリデが感謝を込めて見返すと、恋人も笑い返してくれた。自分にとって嬉しいことを一緒になって喜んでくれる。彼女がエミリオを好きなところのひとつだ。
ずっとニナの愚痴をきいていた。前向きに頑張るのが長所の親友なので、約半年間にしては回数こそ少ないが、それらはすべて相手にいわずに飲み込んだものだった。きくのは苦ではないが、直接本人へいえるようになればいいと思っていたのだ。言葉を飲み込ませる男など、親友に相応しくない。
感情豊かで、ささいなことで一喜一憂する親友のありのままを求める男でなければ。
見舞いでの立会いにて、フィリベルトにその資格があるのは確認できたが、肝心のニナが自信を失いすぎていた。だから、確実に親友に思い知らせられる機会をあの男に与えたのだ。
こちらに気付いた親友のエメラルドの瞳は喜びで煌めいていた。この輝きがみたかったのだとエリデが微笑むと、満面の笑みが返ったのだった。
自分のところにきたがったのだろう。膝に力が入らない状態で進もうとして婚約者にとめられ、そのまま横抱きにされた。
親友の婚約者が彼女を自分の前に運んでくる。余程恥ずかしいのか、抱えられたニナは両手で顔を覆っている。みられた、と小さく何度も呟いているので、耳に届いた最速の噂は事実なのだろう。
「すまない。加減ができなかった」
親友の運搬者を睨みあげると、彼から謝罪が述べられる。
「できた男だったら最初から試したりなんかしないわよ」
親友を任せて問題ないと思える対応をする男だったら、そもそも口出しをしない。エリデも親友の惚気をきくのに徹するのみだ。
期待値が低いと罵りにもきこえるが、完璧を求めない言葉にフィリベルトは目元を和らげた。ニナの親友だけあって、相手を正面からみて、ありのままで判断する真っすぐさがある。
「それで、どうだろうか」
試練の結果を問う彼の言で、ニナははっとする。穴に埋まりたくなっている場合ではない。顔をあげ、認めてほしいと乞う瞳で親友をみつめる。大事な親友に祝福される結婚をしたい。
じっと待つアメジストとエメラルドの瞳は、犬とウサギのようだ。
「ニナにあんな顔されちゃね。仕方ないから、認めてあげるわ」
エリデのみたかった、曇りない親友の笑顔。それを引きだせたのだから、親友が惚れる価値はあったと証明されてしまった。
「感謝する」
家の爵位も年齢も上だというのに、なんとも律儀な男だ。エリデとしては親友様なので上からの物言いをしているが、彼はそれを受け入れ、あまつさえ真剣に試練に臨んだ。
礼を述べられ器大きさの差が顕著になり、エリデは悔しく感じた。隣でそれに気付いたエミリオは苦笑する。器の小さい彼女だからいいのに。その分、器に入った人間に愛情深い彼女だから自分は愛しく感じるのだ。自分のために、自分の代わりに怒ってくれる存在に救われることは多々ある。
「それで、夜会を楽しんでいるところ申し訳ないのだが、彼女を送る馬車に付き添ってもらえないだろうか」
馬車までは自身が運ぶが、ひとりで帰宅できるか不安なのでエリデに同乗してほしいとフィリベルトは頼む。今まさに立てずに彼に横抱きにされているので、馬車から邸までたどり着けるか怪しいのはエリデも同じ見解だ。だが、解せない点が残る。
「なら、自分で送りきりなさいよ」
「彼女を無事に帰したいんだ」
無事に、の部分を強く強調した懇願だった。
エミリオは察する。恋人よりさきにテラスにいる二人に気付いたので、噂の発端の一連からおおよそをみていた。口の形からして、笑顔だったときに愛の言葉があったことだろう。男として分かるが、先に進めるものを押しとどめるには理性の総動員が必要だし、そのあとに好きな子から極上の笑顔で愛を告げられれば理性は吹き飛ぶ。彼の理性は、きっと今欠片があるかどうかだ。
恋人の同情による苦笑を横目に、エリデも強調部の込められた意味を、ほどなくして気付く。
「いいわよ。アタシもドレスが無事に返ってきてほしいし」
さすがに使用済みで返却されては困る。気に入りのドレスのひとつなのだ。
「助かる」
訳知りの会話に挟まれ、ひとり、意図を読み取れていないニナだけが疑問符を浮かべて両者を交互に見遣る。親友が自分に貸したドレスを危惧したので、そこからぽくぽくと連想を連ねて、解にたどり着いた。途端、沸騰したように全身を真っ赤にした。
言葉もなく茹でダコ状態の親友に、これはまた知恵熱をだしかねないとエリデは判断する。トッリ男爵邸に着いたら、よく冷やすようメイドなどへ言付けよう。
恋人が付き添うというので、エミリオもニナを馬車に運ぶのについてゆく。別れの挨拶をし、二人が乗った馬車をフィリベルトと見送る。馬車がみえなくなってから、エミリオは隣に声をかけた。
「よければ、一緒に酒でも飲みませんか? あなたとはいい酒が飲めそうだ」
「今は、酒より珈琲がいい」
なけなしの理性だったことを思いだし、エミリオはふはっと笑う。
「じゃ、酒は今度にしましょう」
今夜は珈琲の香りで落ち着くことにする。
真面目だが面白い人だ。休憩室へ向かいながら、彼とは親しくなれそうな気がするエミリオだった。







