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3日で記憶が戻りました。  作者: 玉露


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20/22

19.




火曜日か、とフィリベルトはその日の曜日に気付いた。

すでに夕刻となり、(うまや)に入る前に領の境となる山々から煙が点々とあがるのがみえる。メヴェル領に着いてからは見慣れた光景だ。あの煙は、周辺の領が虫除けを焚いているものだ。自身の領にカヴァレッタの被害がこないように。そのため、蝗害(こうがい)を受けているのはメヴェル領に抑えられていた。

メヴェル領に到着して数日が経過し、現状把握は済んだ。フィリベルトたち本部の支援部隊が到着するまでに、カヴァレッタの大群の八割は麦畑とともにドラゴンに焼かれていた。だが畑にはドラゴンの放った火が(くすぶ)っており、火災の再発に領民は怯えていた。

減ったカヴァレッタの対応は現地の騎士たちでも可能だが、魔力の宿った炎は魔力を宿した水でないと消えないため、本部の支援部隊で鎮火作業に当たった。今日もその奔走に明け暮れて、拠点に戻ったところだ。拠点は、厩など設備が揃っているからと領主が別邸を提供してくれた。使用人も手配してくれたため、衣食住を任せることができ派遣された騎士たちは任務に専念できている。

愛馬からおり、彼女に宛がわれた厩の部屋に繋いで、労いのためブラッシングをする。


「セディナに彼女を会わせたかったよ」


通常であれば昼下がりに婚約者と会っていた曜日と思い出し、移動の感謝のあとに呟く。毎度ころころ表情が変わって面白いのだと、乗馬の際に自分が加わっては負担にならないかを危惧したのが可笑しかったと、フィリベルトは愛馬に事前情報を与える。

セディナは物静かな馬だが、笑んで話す彼を瞳に捉え、(まばた)きで相槌(あいづち)を返した。

帰ったら遠乗りに彼女も同伴する旨も伝える。拒否らしい反応はなく、穏やかな眼差しでゆっくりとした瞬きで肯いたから、きっと彼女を気に入るだろうという予感がした。

ブラッシングを終え、ふう、と息を吐く。満足げな愛馬の首をひと撫でし、フィリベルトは独りごちる。


「……会いたいのは、私だ」


愛馬に会わせられなかったことを惜しんだのではなく、自分が婚約者と会う機会を失ったことを惜しんでいると語りかけていて気付いた。先週の木曜日と今日で、すでに二回分会う機会を逃している。勤務中は任務に専念していたが、休む時分になれば直にみれたはずの彼女の表情が(よぎ)り、惜しく感じる。

意図せず減った逢瀬により、フィリベルトは不足を覚えた。零れる溜め息は、疲労ではなく婚約者の顔がみれない惜しさからだ。

食糧難の危機に瀕している領地のため、困窮させないよう食事はほとんどが持参した保存食だが不満はない。団員のなかには代り映えのない食事に飽いて、酒で憂さ晴らしをしたがっていたが、そうした発散欲求もない。ただ、婚約者がいない事実が片隅に居座るのだ。

食事を済ませ、身を清めた頃には夜も更けていた。寝室でランプを灯し、今日得た状況報告をまとめる。本部へ送る分に洩れや不備がないか、目を通していたところにコンコンと控え目なノックがした。

ランプを置いたテーブルから席をたち、ドアを開けると、いたのは伝令係の団員だった。


「夜分に恐れ入ります」


「どうした」


恐縮する団員に、フィリベルトは緊急の案件か問うた。深夜にわざわざ一通だけの手紙を手にしていれば、火急の文かと判断するのが自然だ。


「あの……、団長がこれだけは日付が変わってから渡すようにと」


伝令係は昨日の昼には到着しており、その際に各宛先に手紙は配布済だ。フィリベルトもすでに何通か業務連絡のものを受け取っている。時計に眼を遣ると、針は零時を指していた。

リザンドロの意図が分からないものの、緊急ではなさそうなので、届けた団員に礼をいって受け取った。宛名はたしかに自分の名だが、書体はリザンドロのものではない。

封筒を返して封蝋を確認し、アメジストの瞳がランプの灯を照り返した。トッリ男爵家の家紋だ。

ペーパーナイフで手早く切り、中の手紙を開くと婚約者からだった。

誕生日を祝う言葉と、出会えたことの感謝が述べられた、そう多くない文面だった。妙に少ないので、彼女のことだから悩みに悩んでこちらの負担になりそうなものを削ったのではないだろうか。何枚か書き直していそうな気がする。もともとはどれだけの想いが綴られていたのか、フィリベルトは気になった。帰ったら問い質してみたい。遠慮した言葉のなかに、自分同様に逢いたいがあったのか。

最後にある彼女の名前を指でなぞる。そして、受け取り済のハンカチをジャケットの胸ポケットから取りだして、手紙と重ねもった。

手元に目を落とすフィリベルトは笑んでいた。

湧き上がる愛しさで、腑に落ちる。ここまで想いがふくらんでは、自覚せずにいられない。

彼女ならこの半年で手蹟をみれば、自分からの手紙と分かることだろう。これからは、自分も封蝋の家紋ではなく、宛名の手蹟だけで婚約者からと分かるようになりたいと願った。

今なら、彼女の父モレロの問いにも是と答えられる。

しばらくの間、彼女の綴った名と言祝(ことほぎ)を眺めてから、フィリベルトはランプを消し就寝した。朝を迎える前で、仕事で遠征しているというのに、これまでで一等に嬉しい誕生日となった。

だが、想いの輪郭(りんかく)を捉えたとて、すぐに帰れるものでもない。鎮火作業は順調だが、ドラゴンの人里への被害が止まない。羊や牛など家畜が奪われるのだ。火を吹いていたのはカヴァレッタの群れに対してだけで、家畜は食糧として狩っていると分かる。

想定していたより、増した瘴気の影響は受けていないようだが、冬眠に備えているにしては狩る頻度が多い。山へ還そうにも、家畜を狩る原因が不明で行き詰まっていた。


「まずいな」


日付を確認して、フィリベルトはわずかに唸った。今日はすでにここにきて二度目の火曜日、暫定通りであれば帰還している日だ。


「副団長、何か問題が?」


表情を顰め、重く呟いたうえ、現状把握を踏まえた対応見直しの会議中だった。会議の席にいる面々から深刻な眼差しが集まる。フィリベルトは思わずした呟きの間が悪かったことに気付いた。


「いや、失言だった。申し訳ない」


「気がかりなことがあれば、おっしゃってください」


「そうです。どんなささいなことでも構いません」


ドラゴンを山へ還す進捗が思わしくなく、人里に居座るまたは人間にまで被害が及ぶようになれば討伐に切り替えなければならない状況だ。長年ドラゴンと共生の道を歩んできたメヴェル領の者では討つ覚悟が鈍る恐れがあるので、本部の騎士団主導で遂行することになる。

そのため、あらゆる視点をもって最善の道を模索する必要がある。どんな意見も逃してはならないと、皆真剣だった。

呟きの理由は、フィリベルト自身には深刻な問題でも、この真面目な話し合いの場でいう内容ではない。それを分かってはいるが、上手い誤魔化しも浮かばす、彼は気まずさを覚えながら打ち明けた。


「……ごく私的なことなんだが」


「はい」


「次の月曜までに戻らねば婚約を破棄される。それを避けたいので、できればあと数日で片を付けたい」


前置き通りの私情だった。微塵(みじん)も想定していなかった内容に、一同は口を真一文字にして黙った。フィリベルトは実に居たたまれない。こういうときに、リザンドロのようなおどけた人間性でないことを悔やむ。彼だったら、妻会いたさに早く帰りたいと願っても、笑って済む。人柄は大事だ。

しんとなった会議の場で、がたりと団員のひとりが立ちあがった。本部から編成した部隊の部隊長を務める騎士だ。


「おい、やべぇぞ。このままだと俺たちの副団長がフラれる!」


「嫁さんに逃げられるなんて大変だ!!」


これまで私情をはさんだことのないフィリベルトゆえ、全員が深刻に捉えた。大真面目に危機感を覚える本部の団員に呼応して、現地の者たちまでわが身のことのように焦りだす。

婚約者の父親による破談のため、婚約者にフラれる訳ではなく、また婚姻前なので嫁ですらない。フィリベルトは語弊ある点について言及したくなったが、なぜか会議の場が活発になり発言が飛び交って、口を挟めず終わる。

意外なところで士気があがってしまった。

停滞状況にあって意欲が下がるはずだったにもかかわらず、おかげで高い士気を維持してドラゴン対処にあたることができた。結果として私情を吐露してよかったので、フィリベルトは多少の気恥ずかしさを飲み込むのだった。




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2023.06以降、コミカライズ連載の更新が不定期となったのは出版社の判断によるものです。(2023.05.02 22話追加から2025.03 23話追加まで長期間空くなど)
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出版情報などの詳細

マンガUP!HP
マンガUP!にて2020.04.21よりコミカライズ連載中
Global version of "I'm Not Even an NPC In This Otome Game!" available from July 25, 2022.
2025.03.17 韓国版「여성향 게임의 엑스트라조차 아니지만」デジタル配信開始


― 新着の感想 ―
こちら初感想ですっ!! 今までの先生のお話とちょっと違って"好き"が内側から溢れるお話じゃなくて、 "好き"に侵食される話だったんすね。 今回のお話でストンと何かが腑に落ちました。 フィリベルトはく…
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