00.
思い出した。
たったあと三段目の階段を踏み外したことを。
そして、その理由が今目の前にいる婚約者に見惚れていた所為という、なんとも間抜けな理由だったことも。
「今日はどうだ?」
「あ。えっと……」
「毎回聞いて、すまない。責めている訳じゃないんだ」
訊ねることが他にないだけだと、医者の検診より淡白に婚約者は現状確認をする。毎晩、仕事帰りに自分の記憶が戻ったかを確認してくる彼は、律儀なのか、早く厄介払いしたいのかどちらだろう。
ニナは自身の名含め彼のことも思い出した、とうまく口にだせず、答えが泳いだ。思い出したばかりに婚約者がいて動揺していたのもある。
「あ、の……わ、わた」
「ああ、焦らなくていい。君が思い出したら教えてくれ」
それを教えようとしているのだ。
ニナは伝える内容を整理しようと試みるが、それを待たずにフィリベルトは就寝の挨拶をして客室からでていってしまう。
背後で手を伸ばしたところで気付かれる訳もなく、無情にもドアはパタリと閉まり、彼の姿が消えた。
「あぁ……」
動作が遅すぎて裾をつかむこともできなかった。自分の反射神経の鈍さに、ニナは項垂れる。
思い出すの早すぎない!?
ニナは自身の回復の速さを責めた。
婚約者のフィリベルトとの関係は芳しくない。好意がニナに偏っている状態だ。物語であれば、記憶を失くしたことで婚約者からの印象が変わり、親しくなってゆく展開ではなかろうか。
こういうのって、せめて好感度上がってから戻るものじゃないの!?
人格が変わったまま記憶が戻らない、もしくは、戻ったとしても新しい人格が優勢となるのがセオリーだろう。だというのに、記憶を失っていた期間も人格改変ほどではなく、どう思い返しても自分らしい言動だった。むしろ、記憶なく知らない相手だったため、こちらの婚約者への好意がなかった。
記憶とともにフィリベルトへの想いもニナの胸に戻っている。
また自分だけが好きな状態に逆戻り。ドジをして相手に迷惑をかけたという負債付き。
「もーっ!」
どうしようもなさに、枕に顔を埋めて叫ぶ。枕のおかげで、ニナの雄叫びは客室の外に洩れることはなかった。
衝動が治まったあと、これからどうしようか、とニナは一晩悩むのだった。







