聖女は自堕落な生活をしたい
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佐藤餡子は聖女だ。
黒髪、地味なメガネ、地味な顔。
身長も体重も平均的な32歳。
彼女は異世界から召喚され、聖女として活躍するはずだったのだが……
王様の勘違いで、聖女ではないと城を放り出された。
そんなアンコはボロ小屋で生活をしており、今日も硬いベッドで目を覚ます。
「ううん……以外とよく寝れたな」
時刻は朝。
太陽はまだ昇っていないらしく、外はまだ暗い。
だが可愛らしい鳥のさえずりが聞こえてくる。
「グー……グー……」
「…………」
鳥意外も可愛らしい寝息も聞こえており、アンコは音の正体の方に視線を向ける。
ボロ小屋の床で、毛布のみで眠る女傑の姿が。
赤髪短髪の美女、ベル。
スタイルは良く、戦士をしているので体は鍛えらえており筋肉質。
彼女は腹を出して眠っているのだが、腹筋が割れている。
(あれがヴァン様の腹筋だったら、どれだけ良かったか……)
ヴァンとは、アンコがやっていたアプリゲームの登場人物。
計算するのが怖いぐらい課金をしたゲームで、ヴァンはアンコにとって生きる気力であった。
だが異世界に来たことによって、その生き甲斐は失われつつある。
携帯の充電がいつまで持つか分からず、それが切れたらスクリーンショットしておいたヴァンのご尊顔を見ることもできなくなってしまう。
そのことを考え、アンコは深いため息をつく。
「はぁ……ヴァン様に会えないし、この子のお腹を触って気を紛らわそう」
などという意味の分からない行動に出てしまうアンコ。
ヴァンを失う恐怖と、寝起きということもあり意味不明なことを始めてしまった。
寝ているベルのお腹に触れ、ゆっくりと撫でまわす。
「にゃははははははは!」
「ご、ごめんなさい!」
突然大声を出したベルに、アンコは怯えながら謝ってしまう。
だが彼女はまだ眠っており、ホッとため息をつく。
「ヴァン様のお腹って、こんなのなのかな」
今度は頬をベルのお腹に当て、スリスリするアンコ。
筋肉質ながら柔らかい肌。
人肌に触れ、胸の内からこみあげてくる安心感。
ヴァンの腹だと想像しながら、ウットリしていた。
「ヴァン様。私たちは離れ離れになる運命なのかしら?」
「何言ってるんだ。ボクはベルだよ」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
今度は本当にベルが起きてしまった。
目をこすり、起き上がるベル。
アンコはすさまじい勢いで後退し、壁に衝突してしまう。
「すみませんすみませんすみません!」
「別に良いよ。ボクのお腹ぐらい、いつでも触ってもいいから」
「本当ですか!?」
アンコの迫真の表情。
ヴァンを思うのに丁度いい腹筋。
これに触れない手は無い。
ベルはそんなアンコを見て、ニカッと歯を見せて笑う。
「その代わり、ボクと一緒に冒険者をやってよ」
「あ、それは無理です。ごめんなさい」
「即答! もうちょっとぐらい悩んでくれてもいいじゃないか」
「いや、無理ですから。絶対に嫌ですから。死んでもやりませんから」
「そこまで否定する!?」
冒険者など、危険なことはやりたくない。
ベルが言うには、冒険者は稼げるということらしいが、だが命を賭けてまでお金が欲しいわけじゃなかった。
(命をかけてお金を稼ぐのは、ギャンブル漫画だけで十分よ)
冒険者をやりたくないアンコは、ベルに対して警戒心を強めていた。
ベルは先日、偶然助ける形となり家に転がり込んできたのだが……その時に見せたアンコの力が目的のようだ。
アンコは自分のメガネに触れる。
(この力が目的なのよね、この子)
アンコのメガネには、特別な力がある。
それは聖女としての特典で、世界を左右させるだけの力が秘められていた。
アンコはまだそのことを知らず、メガネの能力を探ることに。
「何やってんの?」
「このメガネの性能を調べてるんですよ。何ができるのか、全然分かってないんです。『能力確認』」
モンスターを倒す能力があることは分かったが、それ以外のことは全然理解できていない。
『能力確認』という言葉に応じ、宙にタブレットのような物が浮かび上がる。
それは眼鏡を通してしか見られないもので、ベルからは視認することができない。
画面を操作し、能力をゆっくりと見ていくアンコ。
ベルは暇そうにしてあくびをして、その様子を眺めていた。
「これって何だろう……『複製』」
羅列されていた能力の中に『複製』という物があった。
アンコがその能力を発動すると――目の前にアンコと全く同じ姿が現れる。
「えええええ! 私がもう一人ぃ!?」
「どういうこと? これどういうこと!?」
大慌てする二人。
すると突然現れたもう一人のアンコも、同じようにパニックとなっている。
「何であなたも慌ててるんですか!?」
「だって私はあなただもの! あなたが私のことを理解していないから、こっちもパニックになってるんです!」
「本人同士の言い合い……どうなってるの、これ」
二人のアンコが叫んでいる様子を見て、ベルは急に冷静になる。
アンコ自体がまだ飲み込むことができず、自分の能力の説明を確認することにした。
「えっと……自分の力の半分を持つ、同じ姿を持つ存在を作り出すことができる能力……なるほど。私の分身ってことですね」
「みたいですね。あなたが理解したから、私も理解できました」
「おお……面白いですね」
そこでアンコはひらめきを得る。
『複製』された自分。
それをうまく活用することが出来たら……ぐうたら生活も夢ではないかも?
「ベルさん」
「何?」
「冒険者、やりましょうか」
「おお! その気になってくれたんだ。ボク嬉しいよ」
「はい。ということで、複製された私。冒険者として仕事してきてくだい」
「ええ、なんだか嫌だな……でも本体の命令なら仕方ないですよね。分かりました。ベルさんと働いてきます」
肩を落とし、深いため息をつく複製体。
本物のアンコはジャンプしてベッドに着地し、力強く拳を握った。
「よっしゃ! これで働かなくてもすむ!」
「え、君が来てくれるんじゃないの?」
「何で私が危険なことをしなければならないんですか。仕事は複製体がやりますので」
「はい。嫌々ながら頑張らせていただきます」
複製体は泣きながらそう宣言するが、本物のアンコは心を痛めることは無かった。
だって自分の複製だし、気にすることないよね。
「ってことでお仕事頑張ってきてください」
「この子、役に立つんだよね?」
「知りません!」
「知らない!?」
「はい。だって私の半分の能力らしいので、私自身がどれぐらい強いのか分からないので」
「不安だから行くの止めてもいいですか」
「ダメです! 私のために頑張って。お願い!」
着替えを済ませるベル。
複製体は着替え終わった彼女について、トボトボと入り口の方へと向かう。
その間、何度も本体の方に振り向き、 止めてくれるのを待っていた。
その様子はまるでご主人から捨てられた子犬のようで、アンコは少し寂し気に手を振る。
「アンコちゃんの半分も力があったら、十分に役立ってくれそうだよね」
「期待しないでください。私は平凡で地味な女ですから」
「って言ってるけど」
「その認識は正しいですね。でも私のために力を発揮してくれることを期待しています!」
二人を見送るアンコ。
ふーとため息をつき、ベッドで横になる。
「んふふ。何もしなくていいって素晴らしい。怒られないニート。無敵ひきこもり。楽勝人生……最高だー!」
両腕を上げるアンコ。
天井を眺め、鼻歌を歌う。
だがそこで、とんでもない事実に気づく。
「……何やって凄そう。暇でしょうがないんだけど!」
やることが無さ過ぎて気が狂いそうになる。
まともな娯楽の無い世界で、どうやって生きていけば?
(愛しのヴァン様にも会えない、課金してあげることもできない。これから私は何を楽しみにすればいいの?)
突然、全てが怖くなってしまうアンコ。
この恐怖を和らげる能力が無いか、再びタブレットのような物を出現させる。
画面はスワイプすることができ、数多く表示されている能力の中から、暇を持て余したアンコの役立つものを確認していた。
「ん? これって何だろう」
寝ながら操作していた彼女は、能力の中に気になる見つかった。
それは『ネットデバイス』。
気にならないわけがない能力。
アンコは迷うことなく能力を発動させた。
「おお……おおおおおお!!」
メガネの中に、携帯と同じ画面が宙に表示される。
自分がこれまでダウンロードしてきたアプリが並んでおり、その中にはヴァンが登場するアプリゲームもあった。
「……もしかして、うちはもう一度ヴァン様と会えるんか!?」
興奮すると関西弁が出るアンコ。
アプリゲームを起動するため、恐る恐るアプリをタッチする。
『エターナルバイブル』――間違いなくゲームは起動した。
アンコは涙を流し、天にいるかどうか分からない神様に向かって、祈りのようなポーズを取る。
「ありがとう神様。うちをもう一度ヴァン様に合わせてくれてありがとう!」
ログインボーナスをもらうところからゲームを始め、デイリーをしていくアンコ。
画面に映るヴァンの姿に、大量の涙を流していた。
「ヴァン様ヴァン様ヴァン様。会いたかった。もう離れないからね」
愛しのヴァンを眺め、彼と一緒にデイリーに励むような錯覚を覚えるアンコ。
「もうこれは夫婦の共同作業と言っても過言でないのでは? 異世界で再開した運命の二人……もう夫婦認定でいいかな? いいよね?」
などという、どうしようもない思考でゲームをするアンコ。
異世界に来て、最初はどうしようかと戸惑うばかりであったが……まさかの夢に見たような生活を手に入れることができた。
こうしてアンコの欲望のまま堕落した、ぐうたら生活が始まるのであった。
「ずっと一緒よ、ヴァン様♡」
ニヤニヤ笑うその表情、聖女には似つかわしくないものだったということだけは確かであった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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