第5話
side:皇帝
こ、怖かった。さっきまで続いていた長男と義父の舌戦は、本当に恐ろしかった。いくら朕とはいえ、こうして正直に表現するしかないほど、殺伐とした会話だった。
普通の人間なら泣き出して漏らしていたであろうあの空気の中で、毅然と耐え、漏らさなかった朕はやはり偉い。
エラルも、自身の情報網を通じて義父が勝手に戦争を準備しているという情報を手に入れていたようだ。
少し意外であり、そして非常にありがたいことに、エラルもまた朕と同じく平和を愛する男であり、戦争など百害あって一利なしという確固たる信念を持っていた。
とはいえ、長男は本当に大したものだ。あの激しい性格を持つ義父の火のような気迫にも全く怯まず、最後まで言うべきことを全部言い切ったのだから。
会話の最中、朕もエラルに助けられて話を進めたほどだ。もちろん、朕とて義父でなければそうできるが。
ただ、朕の立場上、ある程度の礼儀を守らねばならぬ位置にあるからであって、決して義父の迫力に圧されたわけではない。うん。
ともあれ、朕とエラルは義父に戦争を準備しているのかと追及し、義父は一切の躊躇なく認めたうえ、逆に朕の態度が煮え切らないと非難してきた。
いや、朕もまあ、幼い頃には大陸の覇者とか統一帝国の初代皇帝とか、そんなことを考えなかったわけじゃないけど、朕は自分の器をよく分かっている。しかも、そうなりたければ必然的に戦争を起こさねばならぬではないか。
なぜ無駄な個人の欲望のために民が血を流さねばならぬのか? 今の大陸の均衡が悪いわけでもなければ、我が東亜帝国が侵略しなければ飢え死にするような状況でもない。
自画自賛になるが、朕が内政にそれなりに力を注いだおかげで、今の東亜帝国の内政状況は歴代と比べてもかなり良い方だ。
せっかく整えてきたのに、その良い状況を悪用しようとは、一体どういうつもりなのだ、義父よ。
そうした趣旨を込めて朕が話し、かなり強硬に反戦を唱えるエラルとの挟み撃ちで、義父も少しは戸惑っていたようだったが、結局その性格は隠せなかったのか、再び怒りをあらわにして「戦争こそが国を救う」と繰り返した。
我々、今うまくやっているのですが? まるで灼けた石と話しているような感覚だった。ああ、だから義父の家名は「ストーンヘッド公爵家」だったのか。
「常に特権階級が戦争を宣言し、死んでいくのは力のない一般市民でした。今の我が東亜帝国の状況は、戦争が必要なほど逼迫してはいません。なのに、なぜ祖父上は戦争を唱え続けるのですか?」
「皇太子殿下がまだ若く、よく分かっておられぬのです! 切迫してからでは遅いのです。西亜帝国や他の共和国が攻めてくる前に、先に手を打たねばなりません!」
「他国の中で、戦争を始めようとしている国は、私の知る限り一つもありませんが。」
「私が所管する東亜帝国情報局の報告によれば、各国は皆軍備増強と新兵器の開発に力を注いでいます。それが戦争準備でなくて何だというのです!」
「軍拡競争など、前回の戦争から200年間ずっと続いてきたものですし、国家を運営していく以上、万が一に備えるのは当然の義務です。新兵器の開発も常に行われてきたもので、それだけで戦争準備と断定するのは早計かと。」
「それが甘いというのです! 彼らは間違いなく今戦争を準備しており、我々はやられる前に叩かねばなりません! これは我らが生き残り、東亜帝国の名を歴史に刻むための聖戦なのです!」
何を言ってるんだ、この気の狂った老人が。いくら朕が心の広い男でも、もう義父と呼ぶのも嫌になってきたぞ。そう思っていると、同様に呆れていたエラルが再び口を開いた。
「良い戦争など存在せず、悪い平和などありません。戦争は常に悪であり、平和は常に善でした。仮に百歩譲って祖父上の仰ることが正しかったとしても、戦争が解決策であってはなりません! 何か問題があるなら、まずは対話が先決です!」
「我々の問題は生存であり、その解決策として妥協など存在しません! 平和が長すぎたのです。今こそ、正当なる大陸の支配者が戻るべき時なのです!」
「祖父上の仰る『正当なる支配者』とは、どなたのことでしょうか。」
エラルの言葉に、義父は一瞬たじろぎ、ややぎこちなく笑って答えた。…誤魔化しきれてませんよ。
「そ、それはもちろん、我が東亜帝国の皇室に他なりませんよ。」
「その正当性の根拠についてもお聞きしたいのですが、現在の四大国家は、古代ドライアーズ帝国に存在した四大家門がドライアーズ滅亡後に分裂してできたと理解しています。どの文献にも、東亜帝国の皇室だけが大陸全体の唯一の正統支配者であるとは書かれていませんでしたが、いったい何を大義名分とするおつもりでしょうか。」
「それは私がすべてうまくやる。」
「何をどううまくやるのか、いまいち分かりかねますが……まさか、祖父上の派閥が掌握している主要メディアを利用して国民を扇動し、犠牲精神と愛国心を強要して、戦争への空気を作り上げるというご意向ではありませんよね? もちろん、ストーンヘッド公爵家のご公爵が、そんな卑劣で下劣な手段で国民を戦場へ追いやるとは思いませんが。」
お、おお……息子よ、今のはちょっと強すぎたぞ。朕、思わずちびりそうだった。義父の顔が赤くなっていくのが見えるほどで、まさに怒りで頭が沸騰していた。
「け、結局、偉大になれる機会を自ら捨てるおつもりか!」
「戦争は誰も偉大にしません。戦争の後に生まれるものは、いつだって憎しみだけでした。」
「……陛下と皇太子殿下のお考えは、よく分かりました。」
その言葉を最後に、義父はすっと立ち去った。絶対に諦めない構えだな。
「エラルよ、どうなりそうだと思うか。」
「戦争は避けられないと思われます。父上と私が気づくのがこれほど遅れたほど、祖父上は水面下で長期間、そして密かに準備を進めてきたようです。
現在の東亜帝国の実権は皇室とストーンヘッド家派閥がほぼ拮抗しておりましたが、それも父上と母上のご結婚によって他派閥の争いが沈静化していたおかげです。
しかし、主要なメディアと情報機関を掌握している祖父上が扇動を始めれば、その均衡はすぐに崩れるでしょう。
我々の派閥とは違って、主要な軍閥があちら側についているので、率先してストーンヘッド家に力を貸すはずです。
祖父上の意見に同調しているわけではありませんが、長く続いた平和のせいで、戦争への恐怖や不安もかなり薄れているのが現実です。
とはいえ、今日の対話自体には意義があったかと思います。」
「意義とは? 皇室がストーンヘッド家と敵対するということか?」
「はい。」
「うむ、いつの間にか朕も“我ら”などと言うようになってしまったな。ああ、もちろんエラルと朕は親子だが、今“我ら”と言っているのは、政治的に同じ立場にあるという意味である。」
朕でも知らぬうちに同志意識を覚えるとは……恐ろしい子だ、エラルよ。
その後、朕とエラル、そして皇后は戦争を阻止するため奔走したが、すでに準備を整えていた義父派閥の力は手強く、我らが用意できる時間はあまりにも短かった。
朕と家族の努力にも関わらず、結局東亜帝国は主戦論に押され始め──エラルの言葉通り──ぎりぎりのところまで耐えに耐え、民が「もう戦争を始めよう」と暴発寸前になるタイミングで、朕は彼らの要求に印を押してしまった。
そして、戦争はついに始まってしまった。これもすべて、朕の不甲斐なさゆえである。
side:名前のない将校
戦争が始まってから、もう半年が経とうとしている。なぜ戦わねばならぬのか、はっきりとした理由も分からぬまま戦場に連れ出され、生き延びるために敵を殺す日々──上からはよくやったと褒められ、将校の肩書きを与えられた。
将校制服には、私が殺した者たちの怨霊がまとわりついているようで、脱ぎ捨てたくて仕方がないが、そうもいかない。
もし脱げば、私はその怨霊たちと共にいる可能性が高まるだけだからだ。
私はもともと熱心に勉強するタイプではなく、元々の職業も書物を多く読むタイプではない職だったが、戦争を経験して初めてこれだけは分かる──
これは狂気の沙汰だ。完全なる狂気だ。
命を懸けて相手の命を奪い、自分は奪われまいと戦い、死に、死なれていく。しかも、その当事者たち自身が、なぜ自らこんなことをしているのか分かっていない。
せめて西亜帝国の兵士たちは「我々が侵略されていて、防衛している」という名目があるだけ少しはマシだろうが──もちろん、理由があるからといってこの地獄が良くなるわけではないが、少なくとも底知れぬ理不尽さは和らぐと思っていた。
今いるここは東亜帝国の首都へ至る幹線の要衝で、前線が押し戻されない限りそんなに頻繁に戦闘が起きない拠点だ。
ただ、たまに西亜帝国の特殊精鋭部隊が突っ込んでくることが不満ではあるが、それを戦場で戦う仲間たちに訴えるのは贅沢な愚痴だと笑われるだろう。
そんな場所に居ながら、自分も、部下も、他の同志たちも、そして死にゆく友も──精神はすでにぼろ雑巾のようだ。
実は私が悪いのかもしれない。私は望んだわけでも望まなかったわけでもないが、今は軍人の身分であり、理由はともあれ軍人とはいかなる言い訳をしても戦うために存在する者だ。
もしただ戦うだけなら、こんな苦悩に苛むこともなく琴線に触れるような思いを胸に抱かなくて済んだのだろうか。そう思いながら、ぼんやりと目の前へ飛んでくる刃を見ていた。
「死ぬ瞬間には時間がゆっくり進むように感じる」と人は言ったが本当だ。戦闘中に余計なことを考える者には、相応しい罰とも言える。
理由を求めた者への、戒めのようにも思える。そして先に逝った戦友たちよ、私も今行く。ともに議論しよう。
しかし、いくら待ってもその瞬間は訪れず、いつのまにか私は泥沼に頭を突っ込んでいることに気づいた。
「頭が落ちたのか?」と考えていたところ、よく見ると、まだ頭と首は別れていないことに気づいた。
どうなっているんだ……と思って顔を上げると、かすかに輝くものが見えた。
泥を拭って目を凝らすと、豪華な鎧を着た誰かが、剣と槍を振るって敵を押し返していた。
しかも一人で。
「なんなんだ、あの化け物は? どこから来た奴だ?」
圧倒的に追い詰められていた我々の部隊は、突然現れた彼の働きに力を取り戻し、総攻撃を仕掛け始めた。西亜帝国の特殊精鋭部隊は、やむなく後退を余儀なくされた。
「ものすごい掛け声だ……そりゃ死にかけて生き返ったら、誰だって喜ぶだろう。」
だが、あの人は一体誰なのか? そう思っていると、我が部隊の最高指揮官が躊躇しながら近づき、呻吟ともつかぬ声で尋ねるのが聞こえた。
「こ、こ、これは……第一皇子殿下ではないでしょうか?」
「違います」