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第4話

side : 皇帝


エピオンとティラミスがもう9歳になった。時の流れは本当に早いな。しかし、時さえもすり抜けるような顔をしている我が身、やはり立派だ。体もまだ十分に役に立つ。そうだろう? なぜそっぽを向く、皇后よ?


ともかく、双子が9歳になったということは、エラルはもう17歳ということだ。私もその頃は帝王学など学びながら、次期皇帝になる準備をしていたものだ。


エラルに至っては、ずっと前から準備を進めている様子だ。知力も武力も、帝国内でも有数の者たちと並べても全く見劣りせず、加えて顔立ちも私譲りである。それでいて、才に溺れて傲慢にならず、常に努力を怠らない。


「長子は親に似る」と言うが、勤勉な面も私を受け継いでいるのだろう。もう少しゆっくりでもいいのではないか、大きな息子よ?


私はまだ健在で、もう少しこの座にとどまっていたい。もちろん、息子が望むならこの王座はいつでも譲る用意はあるが、少しだけゆっくり進もうではないか。


何でもかんでも一度に掴もうとすると疲れてしまうぞ。父であり人生の先輩としての忠告だ。気を悪くしないでほしい。


これは言いにくかったのだが、息子を自由に伸び伸び育てたい父親としての正直な思いであり、怒って反発されるのが怖いわけでは、決して、決してないのだ。


最近、エラルが外出する機会が増えたと聞く。ふむ、さすが男というものだ。あの年頃の息子なら、いろいろな理由で外に出たくなるものだろう。


私にも多くの──美しくも切ない思い出があった。もちろん思い出は胸の中にある時が最も美しいから、決して口にはしないが。


そういえば、最近皇后は斧を短剣に替えたばかりなのに。余計な話をしたら、枕もとに槍の装飾が増えるかもしれぬ。私は綺麗に眠りたいのだ。


皇后が枕の下に隠していたというのは本当だろうか? ばれないだろうと思っていたのだろうか? ――少し可愛いではないか。ほんの少しだけ。


それはさておき、実は私はエラルが初めて外出したとき、多少の心配はしていた。いかにエラルでも、外の世界は本の知識とは大きく異なるものだからだ。


そこで宮廷近衛隊長を呼んで、エラルが最近外に出ていることを把握しているか訊ねてみた。


「近衛隊長、エラルが最近よく外出していると知っていたかね?」


「はい! 第一皇子殿下は外出される前に必ず我々に許可を取り、出立と帰還の時刻を記録してくださっています!」


「許可を取る、とな?」


「はい! 宮廷警備隊の哨戒所で『何時に出て、何時に戻る』という記録を残してくださっており、それで我々のミスを事前に防いでいただいております! 我々皆、皇子殿下に感謝しております!」


たしかに、誰が出入りしたかを記録するのは警備隊の仕事だが、これほど徹底して記録された皇族は前代未聞である。普通なら外出の際は密かに行われるものだが、エラルは違っていた。


私は、義父にはどうか協力して欲しいと思った。娘の住まいでもあるとはいえ、この宮殿なのだから。


「だが、皇族やそれに準じる身分の者が出入りしたら、私にも報告が上がるはずではなかったか? 一度も受け取ったことがないのだが。」


この問いに、隊長は色を失って震えだした。これは一体……?


「報告──上がっていました。」


「報告が上がっていた? 私は受け取っていないのだが?」


「そ、それは……え、エラル第一皇子殿下が──」


出自ら出入を報告し、それを私本人が受け取っていたとは! 怒りというより呆れた。問い返した。


「もちろん、エラルが次期皇帝となることは既成事実だが、まだ私は皇帝だ。隊長の言うことは、私の権限をエラルが勝手に行使したということか?」


隊長は床に伏し、許しを乞うた。


「殿下、実は、エラル皇子殿下がそのようにおっしゃったわけでは決してございません! 我ら凡庸な警備隊が勝手にやってしまっただけでありまして、どうか皇子殿下を責めないでください、陛下!」


私はエラルの行動よりも、隊長の言葉に驚いた。「既に警備隊まで掌握しているのか?」と内心思った。


「顔を上げたまえ。私はただ経緯が気になるだけだ。」


「はい……実は──ある皇族の者が自ら哨戒所に来られ、我々の業務を尊重してくださったことは歴史上初のことでしたが、その後どうしたらよいか分からず……」


「それなら混乱して、ついエラル自身に上申してしまったと。」


「……お、赦しを! 陛下!」


――なんとも過剰な忠誠だ。もちろん500年もの間、そんな皇族は一人もいないとのことだった。実に不思議な時代である。前代の皇帝陛下も、枕元に立て掛けた記録だけは綺麗に残していたのだろうか。


「もういい。ところで皇子が外出するときは、誰か護衛をつけるべきではないか? 聞くところによると、いつも一人で行って一人で戻ってくるらしいが。」


「か、護衛をと? 我々がついて行っても皇子にとっては煩わしいだけであり、そもそもご自身で一人で歩くのを好まれるようで……」


「それでも一国の皇子が一人歩きは危険だ。もし部下の力量が心配なら、自ら行くのも良いだろう。皇子が外出する際は、隊長ではなく皇子の私設護衛として付き従っても構わんぞ。」


「え……私が?」


隊長の表情は呆れ顔だった。私が念のため訊いてみた。


「……率直に言って、皇子殿下より弱いかね?」


「はい。」


即答とは。つまり「誰が誰を護衛するのか」という驚きの視線だったのだろう。なるほど、我が息子はそれ程強いのか……。


「それともう一つ、皇子が最近商人組合をよく訪れているとの噂を聞いたことがございます。」


そういえば最近、組合が宮廷にやけに積極的に近寄ってきていたように感じていたが、誤解ではなかったようだ。


背筋がぞっとした……。


私はまず隊長を解任し、組合の長を呼び寄せて話を聞いた。すると、呼んだばかりなのにすぐに駆けつけてきた……宮殿からあの場所は結構離れているはずでは?


「近くで取引でもありましたか?」


「は、はい! 陛下! 実は……」


組合理事は話しながらも周囲を警戒していた。明らかに犬を差し向けろという目付きだったが、私が指示するまでもなく、影の護衛が後方を固めていたので安心だった。


「長らくおかけしました。では、話を始めよう。」


「はい。あの件です、陛下。」


その一言に、私は心当たりがなかった。……何のことだ?


「詳しく話せ。」


「陛下。その件は──エラル皇太子殿下と商人組合が、貴族らを排除するために準備を進めております。」


は?


「そうだったのか。報告だけは受けていたが、やはり現場の話を聞く方が良いな。一から全て話してくれ。」


我が息子よ、大胆にもすぎるぞ。私は驚愕した。だが話を聞いて整理すると、こうだった。


市場をあちこち歩き回り、市場に詳しくなったエラルはある日突然、商人組合を訪問した。組合は驚いたが、エラルは「俺は皇子ではなく、単なる通りすがりの商人だ」と言い、VIP待遇を拒否したという。


数日間、組合内を歩き回って業務を見学したのち、ある日組合の株式を大量に購入した。


そこでエラルの真意を知った商人たちは、熱心に働き始め、現在は我が命じた通り、少数の貴族が独占していた歪んだ市場構造を改革すべく尽力しているという。


……俺が知らないうちに、俺がこんなことをしていたのか? いや、そんなことはした覚えがない。


もちろん、市場構造がおかしいとは思っていた。いつか改革しなければと考えていたが、義父の派閥が完全に掌握していたせいで手が出せなかった。ところが長男が自ら旗を振ると言い出すとは。


義父派閥と真っ向から対立する気なのか? 義父はものすごく強いのに?


それでいて「俺は皇子ではない」と言い続けている。だが誰が見てもエラルは東亜帝国の皇子だ。


結局、皇子一人ではここまでできない。裏に誰かがついているはずだ──義父ではなく皇子の地位にある者、すなわちこの私だ。そして義父派閥は敵対する派閥になった以上、皇子の後ろ盾は私しかいない。


私でもそう考えざるを得ない。エラルが「皇子ではない」と言うのは、組合側が本当に改革を望んでいるか試しているのだろう。そしてそれと同時に「俺と父上は密かに連携している」と人々に知らしめようとしている。


最後に、このタイミングで皇室が関わらなければ、結果として私だけが悪者になってしまう……!


要するに、完全に形勢を固めにかかったのだな、長男よ!? そんなに急がなくていいのに。私が狂気に陥らなければ、結局誰を王座に据えるつもりだったのか? 父親の寿命が延びて助けてほしい……!


「そういうことだったのか。やはり書類だけでなく、直接顔を合わせて話すのが肝心だな。これからもよろしく頼む。」


「そのように仰っていただき光栄です、陛下。組合員一同、この恩は一生忘れません。今回の件を成し遂げるためなら、我々は命を捧げる覚悟でございます。」


「……そうか。ともに頑張ろうな。」


私は少し青ざめた。


組合長が言うには、


「ただ、もう一つ別件ですが、最近市場の動きが妙なのです。」


「市場の動きが妙……?」


「ええ、どうも彼ら──戦争の準備をしているように見えます。」


「……それについては今言うことではないな。」


「申し訳ありません、私が軽率でした。」


「いや、構わない。君らの忠誠はよく伝わった。では戻ってくれ。ただ、口は慎むが良い。」


「は、はい! 本当にありがとうございました、陛下!」


今日の仕事は増える一方だ。私がどれほど肝っ玉の据わった男でも、さすがに疲れてきた。


しかし、まだ最も厄介な仕事が残っている。逃げたいが、皇帝である私には逃げられない。


逃げてはいけない……逃げてはいけない……逃げてはいけない……


エラルに王位を譲ってしまおうか。


そんな思いが頭をよぎりつつ、私は義父を呼び出した。日頃からまるで我が家の客人のように出入りしていた義父は、あっという間に宮殿に到着していた。もう少し遅れてもよかったのに。――あれ、エラルも一緒に来ている? 大きな息子が……?


「ストーンヘッド公爵、ちょっとお話ししたいことがありまして、屋敷に伺おうと思っていたのですが、ちょうど宮殿にいらっしゃると聞いて、私も出向いてよろしいかと思いまして。」


「それはよい。私も実は皇太子殿下に差し上げたい話があるのだ。」


何やら物騒な雰囲気だ。一体何が起こるのやら……このまま全部放り出して皇后の元へ走り出したくなるぞ。



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