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第11話

side : エラール


「ふーむ……?」


皇子になってからいろいろな礼儀作法を習ってきたけれど、自己紹介に対して「ふーむ」と返されるのは初めてだな。


「失礼しました。北亜共和国のグラフニス・リ・パイの娘、メラニン・リ・パイと申します。」


「ようこそいらっしゃいました、パイ嬢。」


「メラニンと呼んでください。それにしても…確かに皇子様を拝見して、思い出した言葉があります。」


「ほう? どんな言葉でしょうか?」


「『地の果てのトカゲも噂に出会えば反対側では龍となる』という言葉、ご存知ですか?」


なんていい子なんだ。もしかして褒めてくれてるのかな? つまり噂ではクズみたいなやつだと思ってたけど、実際に見たら案外まともだった、ってことだろう。実際にはトカゲどころかミミズ以下の存在だけど。周囲からガチャガチャと音がしたので後ろを振り返ると、同行していた騎士たちの顔が真っ赤になっていた。自国の皇子がそんなふうに外で知られていると分かれば、そりゃ恥ずかしくもなるよな。なんだか申し訳ない気分だ。


「初めて聞く格言ですが、確かに胸に響く部分がありますね。特に今のような場合は。」


噂によるとメラニン嬢はかなり性格が悪いと聞いていたけど、実際はまったく逆だな。


「……それって、どういう意味ですか?」


「え? 言葉通りの意味ですが。」


「……ふ、ふーん。」


言葉を発する前に息を整える癖がある子なんだな。


「長旅でお疲れでしょうが、皇帝陛下がお待ちですので、申し訳ありませんがご同行いただけますか?」


「ええ、そうしましょう。ただ、今後私が歩くことになるであろう通りを事前に見ておきたくて……少し遠回りしていただけますか?」


たいしたことではないお願いなのに、丁寧にお願いしてくれるところが好ましい。私は護衛の騎士たちと御者にメラニン嬢の希望を伝えた。彼らは私の指示に不満げな顔をしていたが、露骨な反抗はしなかった。ありがたいことだ。


他国の客人にそんな態度を取ってしまっては、恥ずかしさで死んでしまいそうだ。早くエピオンが成長してくれればいいのに。私のような者ではなく、エピオンの命令であれば、騎士たちも喜んで従うだろう。なんと言っても、エピオンは次の皇帝になる子なのだから。そんなことを考えながら馬車に乗ろうとしたとき、メラニン嬢の声が聞こえてきた。


「エラールさん? ちょっと待ってくださいますか?」


何かあるのかな? メラニン嬢の付き人と護衛騎士たちの顔が真っ青になっているところを見ると、普通のことではないようだ。


「い、いえ、ただ……私の馬車に一緒に乗って案内していただけたらと思いまして。」


その言葉が終わるか終わらないうちに、彼女の護衛騎士たちが剣に手をかけた。『我らの愛しいお嬢様に手を出したらただではおかない』という意思表示だな。顔が青ざめたのも、初めて会う他国の男と馬車に乗ると言い出したから心配しているのだろう。でも心配しなくても、見かけによらず私は礼儀作法だけはしっかり習ってきたつもりだ。


レディを困らせるようなことは、しないさ。


「承知しました。確かに初めての場所でしょうし、ご説明が必要でしょう。」


私は、すでにすぐ後ろまでついてきていた東亜帝国の騎士や従者たちに、メラニン嬢の馬車に同乗すると伝えた。彼らも私が彼女に無礼を働くのではないかと心配している様子だったが、特に何も言わず、それぞれの持ち場に戻った。


少しぐらいは信用してくれてもいいのに。そんなに私が獣に見えるのか……。馬車に一緒に乗って、東亜帝国の景色についていろいろ説明したのだが、説明を求めた本人は風景にはまったく興味がなさそうで、私だけをじっと見つめていた。警戒しているのはわかるが、だったら最初から一緒に乗ろうなんて言わなければいいのに。少し不満に思っていると、メラニン嬢が口を開いた。


「現在の東亜帝国は、滅びたばかりの国とは思えないほどですね。この短期間で国を立て直すには、相当な準備が必要だったでしょう。ずっと前から計画されていたのでは?」


「私は特に何か準備をしたわけではありません。ただ、父上である皇帝陛下があらかじめ備えてくださっていたおかげで、なんとか早く復興することができたのです。実際、今のように良くなったのはごく最近のことです。それまでは、街には未亡人や孤児があふれていましたから。」


戦争中もそうだったが、戦争が終わった後の街の様子は、本当に惨憺たるものだった。私なりに努力はしたが、こうして早期に復興できたのは、何より父上の手腕によるものだった。本当に偉大なお方だ。


「東亜帝国と西亜帝国の無意味な戦争のおかげで、北亜共和国では主戦論がすっかり消えましたよ。三年近くも戦って、結局どの国も得るものがなかった戦争だったのですから。」


「おっしゃる通りです。外祖父の我が強さのせいで、民が無用な被害を受けました。今はできるだけ補償できるよう努力していますが、戦争中に亡くなったり傷ついた人々には、今でも本当に顔向けができません。」


「たぶん一生顔を上げられないのでは?」


「私もそう思います。」


そんな話をしているうちに、いつの間にか皇宮に到着していた。やっぱり誰かと話していると、時間が経つのが早いな。エリーゼ以外の人とこんなに話したのは久しぶりで、少し浮かれていたのかもしれない。メラニン嬢は首を左右に動かしながら皇宮を見回し、口元には笑みが絶えなかった。


「五百年の歴史が確かに感じられる、風格ある宮殿ですね。」


我が家を褒められて嬉しくなった私は、いろいろと説明を加えながら皇宮を案内していたが、肝心の父上が待っていることをすっかり忘れていた。


「殿下、そろそろ陛下のもとへ向かわれるのがよろしいかと存じます。」


「……それで、この鎧たちは先祖方が修練のために自ら作られたもので、現在に至ってもその優れた機能性が証明されており……あ、すまない。何か言ったか?」


「陛下への謁見のため、移動されるのがよろしいかと。」


「なんと。父上が待っておられるのをすっかり忘れていたよ。メラニン嬢、申し訳ないがこの後の説明は次の機会にさせていただきたい。」


「それは、ありがたいお言葉ですね。」


私の説明がけっこう面白かったようで、私も嬉しくなった。聞き手が楽しんでくれれば、話す方も嬉しくなるものだ。急いでメラニン嬢を謁見の間に案内しようとすると、秘書官がそっと近づき、すでに父上には事情を説明しておいたと耳打ちしてきた。待たせてしまったかと気がかりだったが、ひと安心だ。さすが秘書官である。


「万人の尊敬を集める東亜帝国の皇帝陛下に、グラフニス・リ・パイの娘、メラニン・リ・パイがご挨拶申し上げます。」


「遠路ご苦労であった、パイ嬢。東亜帝国にいる間、必要なことや不便なことがあれば、我が子エラール皇子に申し付けなさい。誠心誠意、助けてくれるであろう。」


「恐れ多く存じます、陛下。」


「今宵はパイ嬢を歓迎するため、ささやかな宴を準備した。今日は旅の疲れを癒し、存分に楽しんでいってほしい。帝国学園に入学するまで、どうかゆっくりと滞在してくだされ。」


「はい、陛下。」


メラニン嬢はメイドの案内で宿泊する部屋へと向かい、私も部屋に戻ろうとしたところ、父上が目で「残れ」という合図を送られた。何かお話があるのだろうか。


「ご苦労だったな、エラール。予想はしていたが、やはり噂というものは当てにならぬな。」


ああ、メラニン嬢のことをおっしゃっているのだな。確かに、噂とはまるで違って、礼儀正しく他人の話もよく聞いてくれる、素晴らしいお嬢さんだった。


「はい、確かに印象的な方でした。」


「大体の話は聞いたが、うまく対処していたようだな。向こうも今は色々と様子を見ている段階なのだろう。あの性格は本物のようだが。」


父上のおっしゃる通り、今日が初対面なのだから、距離を測るのは当然のことだ。


「焦ってはいけませんね。」


人間関係は焦って無理に接すると、最初から崩れてしまう危険性があるのだから。


「その通りだ。さすがエラール、よく分かっているな。お前なら心配いらぬと思ってはおるが、万が一のこともあるゆえ、油断するなよ。」


父上に「信じている」と言っていただけるとは…今日のメラニン嬢への対応にご満足いただけたようだが、自分としては特別なことはしていないだけに、少し気恥ずかしくもある。完全には安心させてあげられなかった不甲斐ない息子で申し訳ないが、それでも初めて父上から褒めていただけて嬉しかった。


夜には予定通り、メラニン嬢を迎えるための宴が開かれ、貴族たちも出席していたので、エリーゼ嬢をメラニン嬢に紹介することができた。


「こちらはビトレイ家のエリーゼ嬢です。エリーゼ嬢、北亜共和国首相のご令嬢、メラニン・リ・パイ嬢です。」


「はじめまして、パイ嬢。エリーゼ・フォン・ビトレイと申します。」


「メラニンと呼んでください、エリーゼ嬢。学園ではよくお会いすることになるでしょうから、仲良くしたいですね。」


「はい、ぜひそうさせていただきます。初めての東亜帝国はいかがですか?」


「伝統が息づいている場所ですね。北亜共和国では、こういった雰囲気を感じたければ遠く他の貴族の領地まで行かねばならず不便ですが、ここは周囲のすべてに古き良きものの大切さを感じられて、とても素敵なところです。こんな場所に住めるなんて、エリーゼ嬢がうらやましいですよ。」


「……そう言っていただけて光栄です。これからメラニン嬢も東亜帝国で過ごす時間が長くなると思いますから、きっと多くの経験ができると思いますよ。」


「はい、とても楽しみにしています。」


少し心配していたが、二人は思ったよりもすぐに打ち解けたようで安心した。会話も弾んでいるし、やはり同年代の女性同士は親しくなりやすいものなのだろう。うらやましい。


「そういえば、エラールさん。噂の弟妹たちはどちらに? まだ一度もお見かけしていないようですが。」


「……さん?」


「弟妹たちは今、学園に通っているところです。数日後には学校でお会いできるかもしれません。」


「ふーん。他国から来たお客様に会えないほどとは、ずいぶんお忙しいのですね?」


「ええ、弟妹たちは皆、かなりの才能を持っていて、いつも新しいことを学ぶのに忙しいと聞いています。メラニン嬢もきっと、我が弟妹たちを気に入っていただけると思いますよ。」


「まあ、そうだったら嬉しいですね。私、才能のある人がとても好きなんですよ。東亜帝国に来てからは、まだそういった方にはお会いしていない気がして。」


「ははは。きっと仲良くなれますよ。二人ともとても良い子ですし、顔立ちも本当に可愛らしいですから。」


「エラールさんは、本当に弟妹さんを大切にしていらっしゃるんですね。」


「ええ、自慢の弟妹ですから。」


「確かに、私がエラールさんの立場でも、大切にせずにはいられないでしょうね。」


「ところで、メラニン嬢? 先ほどから……」


「そうなんです。実は私の弟妹たちは双子で、弟のエピオンは武道に非常に優れた才能があり、妹のティラミスは幼いころから魔導に突出した才能を持っているそうです。以前、学園で能力比べというイベントがあったらしいのですが、その場で上級生たち相手にも素晴らしい成績を収めたそうですよ。あ、すみませんエリーゼ嬢。何かお話されようとしていましたか?」


「……いえ、大丈夫です。大した話ではありませんでしたから。」


弟妹の話に興奮して、エリーゼの言葉を遮ってしまった。無礼なことをしてしまったな。後で改めて謝っておこう。


「それでは、エラールさんはどうなんですか? 何か得意なことでもあるんですか?」


「私ですか……お恥ずかしい話ですが、特にこれといって胸を張れるものはありません。」


「へぇ~、そうなんですか。一国の皇子様なのに、それは残念ですね。」


「私よりも、他の家族に申し訳ない気持ちの方が大きいです。」


「……。」


「エリーゼ嬢? 何か音がしましたが、大丈夫ですか?」


「はい、このナッツが少し固くて。でも、大丈夫です。」


こんなに多くの人と会話をするのは、どれくらいぶりだろう。これから学園に通うようになったら、今よりもっとたくさんの人と関わることになるんだろうな。嬉しくて、思わず笑みがこぼれてしまった。


「……とても楽しそうですね、エラールさん?」


しまった、顔に出てしまっていたようだ。心の中を見抜かれたようで、少し恥ずかしい。


「はい、実はこれからのことが楽しみで、つい気持ちが高ぶってしまったようです。」


「まあ、恥じることじゃありませんよ。楽しみにしているのは、私も同じですから。」


私が恥ずかしがっているのを見て、大丈夫ですよって言ってくれているのか……本当に優しいお嬢さんだ!


「それはそうと、エラール様はどのクラスに入る予定なんですか? もし魔導クラスなら、私と一緒になれますけど……魔法にはご興味ないんですか?」


「残念ながら、子供の頃から魔法には全く才能がないと診断されまして……おそらく無難に武芸クラスに入ることになると思います。」


「皇子様も人間だったんですね?」


「? ええ、当然人間ですが……。」


「お気の毒に、エラールさん。正直言って、汗臭くて大変な修練を必要とする武芸よりも、知的で実用的な知識を得られて、威力や応用力でも遥かに優れた魔導の方が、はるかに優れた学問じゃありませんか?」


「それは一体どういう意味ですか、メラニン嬢!? 武芸を磨くこと、そしてその道を歩む人々が国にとってどれほど重要な資源であるか、ご存じないのですか?」


「私はただ、魔導士たちがそのすべてを代替できると言っているだけですよ。」


「そんなの、あり得ない話です……エラール様のご活躍を聞いただけでも、そのようなことは言えないはずですけど?」


「まあ、噂なんていつも誇張されたり歪められたりするものじゃありませんか、エリーゼ嬢?」


エリーゼはメラニン嬢の意見に反論し続けたが、メラニン嬢は魔導士こそが優れているという主張を繰り返すばかりだった。正直、私はあまり気にしていなかった。ただ、女性としての立場や魔導士としての立場では、ああいう独特な発想もあるのだな、と思っただけだ。実際、ああいう主張をする人はメラニン嬢が初めてではない。


「ええ、お二人ともそのあたりで。誰にでも意見というものがありますからね。議論も結構ですが、そろそろ宴も終わりに近いので、続きはまた今度にしましょう。」


私の仲裁で二人とも引いたが、最後まで納得はしていない様子だった。それでも、健全な討論は互いの知的成長にも繋がるものだ。あの二人は、見れば見るほどよく似合っている。


紹介した私まで嬉しくなってくる。きっと将来、普段は言い争っているように見えても、いざという時はお互いの痛みを分かち合える、良い友人になるに違いない。今日、私は本当に良いことをしたなと感じ、自分にもそんな友人たちがたくさんできたらいいなと思った。




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