処刑3日前
一夜明けて、私は自分の置かれた状況をより深く理解することになった。狭い牢獄で背中を石壁に預けながら、私は昨夜から続く絶望的な現実を受け入れざるを得なかった。
夜明けと共に差し込む陽光は、鉄格子を通して牢内に幾筋もの光の帯を作り出している。その光の中で、私は改めて自分の手を見つめた。細く白い指、完璧に手入れされた爪、そして薬指に光る婚約指輪。これは確実にエリザベート・フロストハイムの手だった。
『おはようございます、侵入者さん』
頭の中でエリザベートの声が響く。昨夜の謝罪事件以来、彼女の私に対する敵意はより露骨になっていた。しかし、その声の奥に微かな困惑が混じっていることを、声優としての感性が捉えていた。
(おはよう、エリザベート)
『まだ懲りていませんの? わたくしに向かってそんな馴れ馴れしい口調で』
(私たちは同じ運命なのよ。3日後に処刑される)
『それもこれも、あなたが勝手に謝罪なんてしたからですわ! わたくしの尊厳を踏みにじって!』
エリザベートの怒りは一晩経っても収まっていなかった。むしろ、時間が経つにつれて増大しているようにすら感じられる。しかし、彼女の言葉の端々に、昨日は感じられなかった不安の色が滲んでいた。
(でも、あのまま謝らなかったら、もっと心証が悪くなったかもしれない)
『心証? わたくしは王族ですのよ! 下賤の者の心証など関係ありませんわ!』
しかし、その声には昨日までの絶対的な確信がなかった。アレクサンダーに見捨てられたという現実が、彼女の王族としてのプライドにも深い傷を与えているのだ。
『それに……』エリザベートの声が急に沈む。『アレクサンダー様もわたくしを見捨てたのに、今更誰が……』
私はため息をついた。一晩考え抜いた結果、私には一つの結論があった。このままでは確実に処刑される。アニメの『フローズン・プリンセス・サーガ』では、エリザベートは最終回で処刑台に上ることになっていた。
しかし、今の私には、アニメにはない選択肢がある。
(エリザベート、聞いて。私たちは脱獄するの)
『は? 何を仰っているのかしら』
エリザベートの声に、初めて純粋な驚きが混じった。これまで見せていた高慢な態度とは明らかに違う反応だった。
(これは、アニメにはない展開よ。私たちが自分の意志で物語を変えるの)
私は声優として三年間、決められた台本通りに演技してきた。監督の指示に従い、脚本家の意図を汲み取り、与えられた役を忠実に再現することが私の仕事だった。しかし今、私は台本のない世界にいる。ここでは私自身が脚本家になって、物語を新しく紡いでいかなければならない。
『物語を変える? 意味がわかりませんわ』
(アニメでは、あなたは最後まで牢獄にいて、そのまま処刑される。でも、私たちには逃げるという選択肢がある)
私は昨夜から考え続けていた計画を頭の中で整理した。この牢獄から脱出し、エリザベートの罪を軽減する方法を探す。それは確実にアニメの展開とは違う道筋だった。
『無駄ですわ。ここは王宮の地下牢。厳重な警備で囲まれていますの』
エリザベートの声に、初めて現実的な判断が混じった。高慢さの奥に隠れていた、実は冷静な分析能力を垣間見た瞬間だった。
(でも、私には声優としての技術がある。いろんな人になりきって、看守を騙すことができるかもしれない)
私は声優としての経験を思い出していた。様々なキャラクターを演じ分ける技術、声色を変える能力。アニメでエリザベートを演じる時以外にも、老婆役、少女役、様々な脇役を演じてきた。そのすべての経験が、今この瞬間に生きてくる可能性があった。
『そんな小細工で……』
エリザベートの声が止まった。おそらく、私の真剣さを感じ取ったのだろう。
(やってみる価値はあるわ。このまま座して死を待つより、千倍もマシよ)
『……わかりましたわ』
エリザベートの声に、諦めにも似た同意が込められていた。
『でも、わたくしの魔力が必要になった時は、素直に従いなさい。魔法に関しては、あなたよりもわたくしの方が圧倒的に詳しいのですから』
それは、初めてエリザベートが私との協力を認めた瞬間だった。
午前中、看守が食事を運んでくる時間を狙って、私たちは行動を開始した。牢の奥で倒れたふりをして、床でぐったりとする。
『あなた、なぜそんなことを……』
(私たちが生き延びるためよ)
私は身体の主導権を握っている。エリザベートがどれほど嫌がろうとも、身体を動かすのは私の意志だった。
私は声優として培った技術を総動員する準備をした。これまで台本に書かれた役しか演じたことがなかったが、今度は完全なアドリブだった。自分で作り上げる、新しい物語の始まりだった。
足音が近づいてくる。看守だ。私は一瞬で「怯えた侍女」の人格を構築した。声の高さ、震え方、言葉遣い――すべてを計算し尽くす。
「た、助けて! エリザベート様が急に倒れて、息をしていないの!」
私は意図的に声を高く震わせ、まるで怯えた侍女のような口調で叫んだ。これは台本にない演技だった。私が自分の意志で選択し、創造した演技だった。
『……見事な演技ですわね』
エリザベートの声に、初めて素直な賞賛が込められていた。
看守が慌てて牢の扉を開けて中に入ると、奥で倒れているエリザベートの身体に駆け寄った。その瞬間、私は素早く立ち上がり、看守の後頭部を落ちていた石で殴打した。
意識を失った看守を見下ろしながら、私の心は複雑だった。これもまた、アニメにはない現実だった。実際に人を気絶させるという行為の重さが、ずしりと肩にのしかかる。
『今のうちに逃げましょう』
エリザベートの声に、初めて私への信頼のようなものが混じっていた。
私たちは看守の鍵を奪い、地下牢から脱出した。薄暗い石の廊下には松明の火が点々と続き、影が長く伸びている。
(これは本当にアニメにはない展開だわ。私たちが作り上げている、新しい物語よ)
私の心は興奮していた。決められた運命に従うのではなく、自分たちの手で未来を切り開いている実感があった。
(エリザベート、あなたの魔力は問題なく使える?)
『当然ですわ。わたくしの氷の魔法は王国随一ですもの』
エリザベートの声に、初めて純粋な誇りが戻ってきていた。昨日のような現実逃避ではない、魔法少女としての確固たる自信だった。
(じゃあ、警備兵に見つからないよう、氷で足音を消しながら進んで)
『お任せくださいませ』
エリザベートの魔力により、私たちの足元に薄い氷の層ができ、足音が完全に消えた。さすがは作品屈指の魔法使い、その技術は圧倒的だった。氷は透明で美しく、まるで水晶の絨毯を歩いているようだった。
王宮の廊下を進む中で、私たちは何度か兵士や使用人とすれ違った。その度に私は声色を変え、清掃員や侍女、時には貴族の令嬢になりきって相手を騙した。
「あの、すみません。エリザベート様がお呼びとのことで」
「掃除が終わりましたので、失礼いたします」
「父上の使いで参りました。急ぎの用件がございまして」
三年間、様々なキャラクターを演じてきた経験が、今ここで命を救う技術となった。しかし、これまでの演技とは決定的に違うことがあった。これらは台本にない、私が作り出した即興の演技だった。
『あなた、なかなかのものですわね。まるで魔法のように別人になりますのね』
エリザベートの声に、初めて心からの敬意が込められていた。
(これが声優の仕事よ。でも、今回は台本がない。私が自分で作り上げているの)
『台本……そういえば、あなたは何度もその言葉を口にしていますわね』
(アニメでは、あなたの運命は決まっていた。でも今は違う。私たちが自分で運命を変えられるの)
『運命を変える……』
エリザベートの声に、初めて希望のようなものが宿った。
ようやく王宮の外に出ると、私たちは街の中に身を隠すことにした。しかし、街中は予想以上に危険だった。エリザベートの特徴的な銀髪と青い瞳は、遠くからでも目立ってしまう。
私は近くの布屋で頭巾を盗み、エリザベートの髪を隠した。さらに顔を汚して変装を施す。しかし、完璧な変装とは言えなかった。
「人混みに紛れて街の外に出ましょう」
『わたくしが平民に紛れるなど……』
エリザベートが頭の中で抗議するが、その声に昨日のような激しい拒絶はなかった。むしろ、状況を理解した上での戸惑いといった様子だった。
「命がかかってるのよ!」
私は声に出してエリザベートの抗議を一蹴した。
私たちは慎重に街の人々の間を縫って歩いた。市場の喧騒、商人たちの呼び声、子供たちの笑い声。普通なら微笑ましい街の日常風景が、今の私たちには恐怖でしかなかった。
最初のうちは順調だった。頭巾で顔を隠し、なるべく人目につかないよう路地裏を選んで進む。街の外まで、あともう少しというところまで来ていた。
しかし――
突風が吹いて、頭巾が飛ばされてしまった。
銀色の美しい髪が陽光の下で輝く。その瞬間、近くにいた老婆が私たちの顔を見て、血の気が引いた。
「あ……あの髪、その顔……」
老婆の震え声が、静寂を破った。
「エリザベート・フロストハイム! 氷の魔女よ!」
老婆の叫び声が市場に響き渡った。瞬間、周囲の人々の視線が私たちに集中する。そして次の瞬間、市場は大混乱に陥った。
「うわあああ! 悪魔の娘がいるぞ!」
「逃げろ! また誰か殺される!」
「なぜ牢獄にいないんだ!」
「兵士を呼べ!」
人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。野菜を売っていた商人は荷台を倒して逃げ、子供を抱えた母親は必死に走り去っていく。しかし、全員が逃げたわけではなかった。
私たちの前に立ちはだかったのは、一人の中年女性だった。その顔は怒りと憎悪に歪み、拳を握りしめている。粗末な服を着ているが、その眼差しには強い意志があった。
「よくもぬけぬけと街に現れたわね、人殺し!」
女性の声は怒りで震えていた。
「あんたが氷漬けにしたのは、うちの夫なのよ! 子供の父親なのよ!」
私の胸に、エリザベートの記憶が鮮明に蘇る。アレクサンダーに見捨てられた三日後、市場で自分を見下すような視線を向けた商人たち、そして絶望と怒りに任せて放った氷の魔法。その中に、確かにこの女性の夫がいた。
『……』
エリザベートが沈黙する。女性の言葉が、確実に心に届いているようだった。しかし、彼女がどう感じようと、実際に反応するのは私だった。
「謝りなさい! 膝をついて謝りなさい!」女性は涙を流しながら叫ぶ。「あんたのせいで、うちの子は父親を失ったのよ!」
私は胸が締め付けられた。これが現実だった。エリザベートの犯した罪の重さが、生々しく目の前に突きつけられる。声優として様々な悲劇的な役を演じてきたが、目の前にある悲しみは演技ではない。本物の、取り返しのつかない現実だった。
「あの……申し訳ありませんでした」
私は再び謝罪の言葉を口にした。昨日のセレナの前と同じように、自然と頭が下がる。
「黙りなさい!」女性は私の言葉を遮る。「口だけじゃない! 死んだ人は帰ってこない!」
周囲から、より多くの人々が集まってきた。みな、エリザベートに対する恐怖と憎悪の表情を浮かべている。
「石を投げろ!」
「悪魔を追い出せ!」
「なぜ処刑されていない!」
投げられた石が私たちの足元に当たる。私は慌てて周囲を見回したが、逃げ道はほとんどなかった。
その時、私の中でエリザベートの声が響いた。
『うるさいですわね、下賤の者風情が』
私は愕然とした。この状況で、まだそんなことを言うのか。
『わたくしは王族ですのよ。平民ごときが偉そうに……』
(エリザベート! 見なさい! みんなどれだけ苦しんでいるか!)
『それがどうしましたの?』
しかし、エリザベートの声に昨日までの絶対的な確信はなかった。アレクサンダーに見捨てられた現実が、彼女の心を揺さぶっているのだ。
『わたくしだって……わたくしだって苦しんでいますのよ……』
エリザベートの声が震える。
『愛する人に見捨てられて、王族としての誇りも失って……それなのに、なぜわたくしだけが責められなければならないのですの……』
(関係ない?! あなたが殺した人たちの家族よ!)
私の中で怒りが膨らんだ。これほどまでに現実を受け入れようとしない、この頑なさに、私は苛立ちを感じた。
(いい加減にして! あなたは十七人もの命を奪ったのよ! その人たちには家族がいて、夢があって、生きる権利があったの!)
『権利ですって? 平民に権利など……いえ……』
エリザベートの声が止まった。
『わたくしにも、幸せになる権利があったはずなのに……アレクサンダー様に愛され続ける権利が……』
(黙りなさい!)
私は心の中で、エリザベートに向かって怒鳴った。初めて、私が彼女に対して本気で怒りを表したのだった。
(あなたみたいな人は、処刑されて当然よ! 私はなぜあなたを助けようなんて思ったのかしら!)
『な、何ですって! わたくしを見捨てるつもりですの?』
エリザベートの声に、初めて本当の恐怖が混じった。
(見捨てる? あなたが被害者たちを見捨てたように?)
私たちの激しい内面での対立は、外見にも表れ始めた。右手が震え、左足がふらつく。それは私自身の混乱と怒りが、身体の動きに現れたものだった。しかし、実際に身体を動かしているのは私だった。エリザベートがどれほど抵抗しようとも、彼女にできるのは頭の中で抗議することだけだった。
『わたくしの身体なのですから、わたくしが主導権を握りますわ!』
(あなたに身体の主導権はないのよ! 私が全てを決められるの!)
エリザベートの必死の抗議も、結局は私の頭の中で響くだけだった。身体の制御権は完全に私にある。
(処刑されたいなら勝手にすればいい! でも私は死にたくない!)
その時、周囲の空気が変わった。群衆の怒声が急に静まり、畏敬の念に満ちた沈黙が広がる。
金色の光が市場に降り注いだ。現れたのは、光の魔法少女セレナ=ライトブリンガー。その美しい顔には、怒りと失望が浮かんでいた。白と金の衣装は陽光を受けて眩く輝き、まさに正義の象徴といった風格だった。
「エリザベート・フロストハイム、やはり逃げ出しましたね。そして、市民に恐怖を与えるとは……許せません」
民衆はセレナの登場に安堵のため息をついた。正義の魔法少女の登場に、希望を見出したのだろう。
「セレナ様!」
「助けてください!」
「あの悪魔を退治してください!」
しかし、私はセレナの登場に複雑な感情を抱いていた。このセレナを見ていると、エリザベートが語っていたアレクサンダーの面影が重なるのだ。きっと彼は、このような清らかで強い女性を愛するのだろう。
セレナは毅然とした表情で私たちを見据えた。「大人しく投降しなさい、エリザベート。これ以上の抵抗は無意味です」
『セレナ……』
エリザベートの声は私にしか聞こえない。そして、彼女がどう思おうと、実際に話すのは私だった。私は彼女の言葉をそのまま代弁する気にはなれなかった。
「投降なんてしない!」私は立ち上がった。「私は死にたくない!」
セレナは眉をひそめる。「ならば、力ずくで連れ戻すしかないようですね」
魔法少女としての戦いが始まった。
セレナが『ライトジャッジメント』を放つと、私たちは咄嗟に反応した。私が右に避けようとした瞬間――
『左ですわ! こちらの方が安全ですのよ!』
しかし、実際に身体を動かすのは私だった。エリザベートの指示に従う義務はない。結果、私は自分の判断で中途半端な方向に動き、光の矢をかろうじて避けることしかできなかった。
セレナの放った光の矢が空気を裂く。耳をつんざく高音と共に、周囲の石畳に無数の亀裂が走った。
「『アイスウォール』!」
私がエリザベートの魔力を使って氷の壁を作ろうとしたその時、エリザベートが頭の中で異議を唱えた。
『違いますわ! 今は『アイスチェーン』で拘束すべきですの!』
(でも防御が先よ!)
『わたくしは戦いのプロですのよ! 素人は黙っていなさい!』
エリザベートの抗議により私の集中が乱れ、魔法の発動が中途半端になってしまった。氷の壁は薄く脆く、セレナの次の攻撃で簡単に砕け散った。
「『ライトニングセイバー』!」
光でできた剣を振るうセレナに対し、私たちは必死に応戦した。しかし、息が全く合わない。
(氷の槍を放って!)
『「アイスストーム」の方が効果的ですわ!』
(いや、今は単発攻撃の方が……)
『わたくしの判断が正しいのですわ!』
エリザベートの魔法少女としてのプライドが、私の指示を拒んでいた。しかし、実際に魔法を発動するのは私だった。彼女の抗議が私の判断を混乱させ、結果として中途半端な攻撃しかできなくなってしまった。
私は結局、エリザベートの意見を採用して大技を発動した。
「『ブリザード』!」
氷と雪の嵐がセレナを襲う。しかし、タイミングが悪かった。セレナはすでに次の魔法の詠唱を始めており、嵐を『ライトシールド』で防がれてしまう。
(今よ!)私は隙を突こうとしたが、どの魔法を使うべきか迷ってしまった。
私は身体の主導権を握っているのに、エリザベートの意見に振り回されて、自分の判断ができなくなっていた。
「……『アイスプリズン』!」
しかし、セレナはもうそこにはいなかった。光の魔法で瞬間移動していたのだ。私たちの攻撃は空振りに終わり、代わりに背後から『ライトロープ』で縛られてしまった。
「やはり悪は悪でしかありませんね」セレナは失望した表情で私たちを見下ろす。「悪あがきするだけで、反省もしない。救いようがありません」
『ライトロープ』は温かく、それがかえって私たちの絶望を際立たせた。
私は内心で、エリザベートに向かって怒りをぶつけた。
(あなたのせいよ! あなたが横から口を出すから、私の判断が鈍ったじゃない!)
『あなたこそ、わたくしの経験を無視して! わたくし一人の方がよほど強いのですから!』
(一人だったら最初から逃げ出すこともできなかったくせに! 身体を動かしてるのは私よ!)
『それは……』
エリザベートの声に、初めて明確な迷いが生まれた。
『でも……セレナを見ていると、わたくしがどれほど醜い存在か思い知らされますわ……』
エリザベートの声が沈む。
『あの清らかさ、その美しさ……きっとアレクサンダー様は、わたくしではなく、あのような女性にこそふさわしいのでしょうね……』
セレナは冷ややかに見つめていた。
民衆たちは、セレナの勝利に歓声を上げた。正義が悪を打ち破ったという、シンプルな構図に安堵したのだろう。
夫を失った女性が、涙ながらにセレナに頭を下げた。
「ありがとうございます、セレナ様。これで夫も安らかに眠れます」
「いえ、当然のことをしただけです」セレナは優しく微笑む。「二度と、このような悲劇を繰り返させません」
私は複雑な気持ちだった。確かにエリザベートは大罪を犯した。しかし、彼女の孤独や寂しさも理解していた。アレクサンダーに愛されていた頃の幸せな記憶、そしてそれを失った絶望。そして今、私たちは完全に孤立している。
しかし、この敗北の中で、私は一つの変化を感じ取っていた。エリザベートの声に、昨日までとは違う何かが混じり始めていたのだ。完全な現実逃避ではない、状況を受け入れ始めた困惑。そして、私という存在への複雑な感情。
『あなた……』
セレナに連行されながら、エリザベートの声が私の心に響いた。
『本当に、わたくしを助けようとしていたのですね』
その声には、初めて素直な感謝が込められていた。
『アレクサンダー様以外で、わたくしのために戦ってくださる方など……もういないと思っていましたのに……』
処刑まで、あと3日――。
本作は全5話です。続きは明日、投稿いたします。
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