第九話 旅は道連れ
さて、今更ながらこのゲームに置いての成長方法を説明しよう。
このゲームはレベルアップ方式であり、レベルが「1」上がる毎に「10」の『BP』を獲得できる。
このポイントをステータスに割り振ることで能力値を強化したり、或いはポイントでスキルを購入したりして各プレイヤーは自身のキャラクターを強くしていくのだ。
とは言えある一定の値からステータスが上がりにくくなったり、スキルも強力なものはポイントが大量に必要であったりと、レベルが上がる毎に成長幅は抑えめになるようだが。
ステータスはそれで良いとして、大事なのはスキルの方だ。
スキルに関しては幾つもの強化方法があるのだが、その最たる物は『共振』と呼ばれる方法だ。
これは相性の良いスキルを持っていると、そのスキル内の「アビリティ」に通常では発生しない、新たな系統樹が発生する仕様の事だ。
事実として自分が使っている『魔力視』も、補助魔術スキルと『見』のルーンとの共振によって生まれたものだ。
その他にも組み合わせによって手に入れた呪文は幾つかあるが、大きな所では解体スキルと補助魔術スキル、そして『見』のルーンによって生み出された『致死の一撃』が挙げられるだろうか。
先程からスパスパと敵を斬れるのも、この呪文があってこその代物なのだ。ここまで強力だとは思わなかったが。
そんな訳で初期から随分と強力な『共振』アビリティを使わせて頂いているが、これは実のところまま在ることらしい。
そも、『天命の選別』で手に入れたルーンは他の物より一段二段は強力な物らしく、最初からある程度は『共振』アビリティが出るものらしい。
と言うのも実はキャラクタークリエイトの後、しばらくあの場所に籠ったまま様々な実験をしていたら、補助AIが何処からともなく湧いてきたので質問責めにしていたのだ。
そこで聞いた話しによると、補助魔術スキルは他の魔術スキルやルーンとの共振でアビリティを増やせるスキルらしく、今の自分の手持ちのスキルでは想定していたような妨害や拘束系の呪文を使えないのだ。
これは実に由々しき事態、単独で複数を相手取ることを考えれば行動制限は是が非でも欲しかったところなのだが。
まあ、既にして十二分に鬼札として通用するだけのスペックを持つルーンが在るのだ、無い物ねだりならば兎も角庭付き一戸建てに住んで『隣の芝生は青い』など、分不相応にも程があると云うものだ。
まあ、今来て欲しい手札で無いのは事実だが。
数瞬の逡巡、思考に傾いた意識の間隙を突く様に後方からの声が届く。
「兄ちゃん、何か手伝えることはある?」
そう言えば後ろには少年を庇っていたのだったか、すっかりと静かになっていたから忘れていた。取り合えず何が出来るか分からなかったから身を守るように伝えていたが、多少の戦闘と隠密行動が出来る事は分かっているのだ、矢面に立てる必要は無くとも要所での援護程度は有りとしておくか。
「なら、これから来る奴らの内一番奥側の相手を狙えるか。投剣術は得意なのだろう」
「それだけで良いの?ボク、もうちょい色々出来るけど」
「十分だ」
期待していない訳では無いが、それはそれとして闘争心に火が付いたのもまた事実。正味一人で殲滅したい所なのだがここ迄来ても少年が手錠を外す素振りが無いのだ、これくらいは利き手の対価として使わせてもいいだろう。
次第に近づく足音は、無遠慮ながらも警戒心を垣間見ることが出来る程度には、潜めようとの思惑が透けて見える足さばき。惜しむらくは、彼らが生息していたのが洞穴や廃屋の類いであっただろう事くらいか。
冥土の土産に教えてやろう。森の下草や突き出た枝葉は、存外大きな音を鳴らすのだ。
賊が開けた空き地に姿を見せたその瞬間、突如として響いた乾いた音。
誰もが音の鳴る方を、今しがた通ったばかりの後方を鋭い動作で振り向いた。
賊の視線の向かう先には枯れ木に突き立つ一本の短剣が、震える柄は今しがた投げられたばかりであることを知らせているが、それにしては彼らは一切目の前を横切ったであろうそれを見ていない。
その逡巡が、命取りになる。
最寄りの賊の、無防備な首筋に直剣を叩き込む。飛び散る血飛沫を浴びぬ様、屈めた頭の上を振り向きざまの一閃が通り過ぎたが既に其方は死に体だ、構う必要は無いだろう。漸く振り向いた頭目と思われる人物には、今しがた二本目のナイフが飛んで行った所だろうか、其方は気にせず残り一人へと歩を進める。
剣を腰だめに構えて突っ込んできたのはまあ及第点を上げても良かろう、しかし後続の位置取りや連携が取れているかを確認できていないのは減点だ。差し引き赤点、人生から落第といった所にしよう。
身を捻りつつ左突きの刺突を繰り出す。彼我の合成速度も相まって、突っ込んで来た相手は自ら剣先を抱く様にして肉塊に変わる。伸ばした腕と腰だめに曲げた腕、当然射程は前者に軍配が上がるのだ。後は骨に当てぬようにだけ気を付けていれば、片腕でも串刺しに出来ると云う訳だ。
ナイフを捌いたばかりのバンダナの頭目は、未だ空き地まで踏み込むことも出来ていない。大ぶりの剣に振り回された賊の方はと言えば、倒れ込んで来た仲間の死体と組んづ解れづ未だ無様に倒れ込んだまま、ここは踵を鋭く喉笛へと突き下ろし一旦身動きを止めておこうか。
敢えて隙を晒したと云うのに、向こうの頭目はゆっくりと周囲を確認するようにしながらコチラへと向かってくるのみ。魔法の類いが出ない以上、戦闘で役に立つような部類では無いのだろうか、或いはコチラの手札を警戒しているのか。まあ、どちらでも構わぬが。
左剣を一つ握り直す。正眼に構えた剣先を、ゆっくりと下段へ押し下げる。
「どうした、来ないのか?」
錆び付いた長剣を構えたまま、まんじりともせぬ頭目へと声を掛けるが動きは無い。この期に及んで何を期待しているのだろうか、援軍の宛てを待つくらいなら自力で敵中を食い破ればいい物を。視線を不意に右へとずらす、それだけでほら、隙が出来た。
だからこうして嵌められるのだ。
左にずれた視線の死角をなぞる様に、構えたままの直剣を突き入れる。イメージはボクシングのフックだろうか、腕のしなりと腰の回転を連動させたこの一撃、距離にもよるが側頭部に直接切っ先を突き立てる事も可能なこの業、たかが賊程度にどうこう出来る物では無い。
反応も出来ずに打ち倒されたバンダナの賊、推定頭目とは云ってはいたが本当にそうだったのかは最早墓の下だ。せめても彼の冥福くらいは祈ってやろうか、そう思いつつ残りの一人に向けて右剣を振るう。
「んなぁっ!」
咄嗟に避けられたのは天性の勘だろうか。よくもまあ、あのタイミングの一撃を捌いたものだ。
だが、二度目は無い。
「じゃあな、少年」
「クソがっ」
直剣が少年の胸に突き立つ、左の直剣の冴えは先ほどまでの剣舞でまざまざと見ていたのだろうが、そんな物はまだ序の口だ。先んじて一撃を加えようとしたのか、それとも防ぐために構えようとしていたのか、どちらにしてものろまに過ぎる。
とは言えこのまま殺すのは詰まらないだろう、せめてもの辞世の句くらいは聞き届けるが武士の情け、捨て台詞くらいなら聞き役になるのも吝かではないのだ。
「どうして、バレたのさ」
息も絶え絶えに少年が言うが、零れ落ちる血の量を見るにそこまでの負傷具合では無い筈だ。勿論動けば即座に死ぬが。
或いは弱った振りで同情ないし油断を誘っているのだろうか、だとすれば随分と杜撰な演技なものだが付き合うと決めたのだ、最後までは居てやろう。
「だって君、左利きだろう。普通あの場面で自分の利き腕封じる馬鹿は居ないよ、居るとしたら余程のお間抜けさんか、腹に一物抱えた破落戸くらいのものだよ」
道中あそこまで戦闘になったのは予想外だったのかもしれないが、そうでなくとも身のこなしで大体は分かるだろう。
無論それだけでは無いのだが。
はっきりと、少年の方を向いてから閉じていた左目を開け放つ。向こうで鏡を見返した時は玉虫色に輝いていたが、少年にはどのように見えるのだろうか。実のところ、それが一番気になっていたが故にこんな茶番を始めた節はある。
「……なんだそれ、魔眼か?……どんな『天命』引いたんだよクソがっ」
どうやら向こうからもちゃんと異質だと認識されているようで何よりだ、これで「ふーんおしゃれだね」程度で流されてしまったら、そちらの方が余程ショックを受けてしまうだろう。
だがまあ正直な所、これに関しては自分としても想定外にも程があるのだ。まさか『ルーン』一つきりで『固有魔法』が作れるとは、想定よりもこのゲーム奥が深いらしい。
「因みに何でこんな事したのさ」
力無く倒れ伏す少年の身体からは先ほどまでの力みが取れている。今、不意打ちを受けたならば、もしやすると不覚を取るかもしれないな。
とは言えここで距離を取ったりすればそれこそ向こうに利するだけだ、話をする事に集中しながら気を巡らせることだけは忘れないよう気を付けておこう。
「いやまあ単にクエストの一環だよ。盗賊になる為には『盗み』『だまし』『殺し』の三つをクリアしなきゃ成れないからね」
「なるほど、確かに殺しの経験は無いらしいな」
小さく息をのむ音がしたがどうしたのだろうか、まさかとは思うが気付かれるとは思わなかったのだろうか。
「いや、まあ、そうなんだけど、よく分かったね」
まったく、何を当然の事を聴くのか。
「血飛沫に怯える人殺しが居るものか」
馬鹿たれめ、怯えるくらいなら最初からその道を選ばなければ良い物を、他に幾らでも選択肢はあるだろうに。
「……いや、あれはまた別の……ああもうっ!いいや、さっさと殺して」
そう自棄になる事もあるまいに、そもそもそんなに動いたら、コチラが何もしなくとも心臓が切れて死んでしまうぞ。
まあ向こうが懇願しているのだ、コチラとしても愉しめたのも事実であるし、ここは快く送り出すのが誉と云うものだろうか。
「ふむ、辞世の句はあるか」
「……覚えてろ、次は吠え面かかせてやるぞ」
「字余りだな」
するりと手応え無く骨すら断ち切って命脈を断った直剣の先、切っ先に括り付けられた薄紅色の燐光は何奴か。
「季語がねえよ、バーカ」
ふわり笑った少年の顔にどこか既視感を抱きながら、輝く直剣に不吉な予感が膨れ上がる。
手放し背を向けるその挙動より先に、予想通りに膨れ上がった燐光が周囲に破壊をまき散らす。
実に無様な事に、こうして自分の初めてとなる冒険は死に戻りと相成ったのであった。