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ウォーデン・グランマティカ  作者: 二楷堂禅志郎
第二章 それはささやかな一歩
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第七話 その日、運命に出会った


 ファンファーレの音が鳴り響いた後、一頻り手に入れた『天命』と『ルーン』に関する検証を行ってから漸く自分は『ウォーデン・グランマティカ』の世界へと足を踏み入れたのだった……と言いたい所なのだが、生憎とそこで時間切れ。継母(はは)義妹(いもうと)と食卓を囲み、のんびり昼食の時間を楽しんでいたのであった。


 早くやりたい気持ちはあったが、それはそれでこれはこれ。毎日の家事手伝いも熟してこその引きこもり生活なのだから、食事の片づけの後は義妹と遊んで昼寝に付き合い、起きたのはなんだかんだでおやつ前。洗濯物を取り込んで、としていれば時刻はすっかり夕方に。夕飯は継母と共にキッチンに立ち、義父(ちち)の好みの味付けに関してああでもないこうでもないと激論を交わし、早めの風呂を頂いた後は漸く待ちに待った時間である。


 ここから約三時間、それが本日許された『コクーン』の稼働時間となる。一分一秒を争う訳では無いのだが、逸る心は抑えきれずに早鐘を打つ。ここで心拍数が上がりすぎると没入(ダイヴ)出来なくなってしまうのだが、本日はどうやらお許しも出たようで問題なく向こうの世界へと落ちていく。



 そうして辿り着いたのはそこそこ広めな噴水のある広場。周りを見渡してみると、そこは長閑な田舎町のようであった。

 閑散としている訳ではないが、さりとて人混みが出来るほどではない良い塩梅、個人的にはとても好みな町並みだった。


 ちらほらと見える人影はただの町人が半分くらい、残り半分は自分と同じプレイヤーだろうか、地味な鎧に着られている姿がいくらか見えた。あれらは恐らく初心者だろうか、見下ろせば自分も似通った意匠の鎧を着ているのだから確定で良いだろう。


 それにしては随分と初心者の割合が多いようだがどうしたのだろうか、或いは今一つな町の風景を鑑みるに此処は初心者の集まる為の初期地点の一つなのか。

 考えてみれば初心者も中級者も上級者も一つ所に集まるとなれば、それは当然とてつもない程の混雑を産み出すことになるだろう。況して今の世間は夏休みの真っ最中、老いも若きもこぞって入り浸っているのだろうからこれらの処置も当然か。


 などと考えている合間にも、幾人かが広場のあちらこちらに現れてはそのまま何処ぞへと姿を消していく。

 今集団で現れたのは学生だろうか、左手の方に向かって行ったが見た所かなりの装備具合であったのを鑑みるに、向こうには練兵所でも在るのだろう。


 三々五々と現れる様々な装いの人影が向かう先なのが右手であるのを考えれば、向こうに広がるのは町の外、所謂フィールドという物なのだろう。

 

 早速練兵所へと向かう前に手早く装備の類いを確認しておこう、そう頭の中で考えるだけで、目の前には薄く向こう側の透けて見えるディスプレイが展開する。『初心者の剣』と書かれているアイコンに意識を向けると、即座に頭の中に『装備しますか』声が響いた。

 その声につい眉をひそめてしまったが、今はこれが普通なのだろう。頷きを返すと左の腰にずしりとした重さが、目線を下げ腰に短めな直剣を提げているのをしっかりと確認し、その場で抜いて刀身の方も確かめようとしたその瞬間。


『警告!現在貴方はセキュリティエリア内に居ます。そのまま戦闘態勢に移行した場合、現在地点の禁則事項を参照した上で然るべき対処が行われますが宜しいでしょうか』


 先程とは比べ物にならない大音量の警告が脳裡に響く。


 ステータス画面とは違い、一切向こう側を透過させる事のない赤々とした表示。『警告』の文字がこれでもかと云わんばかりに強調されたそれは、文字通りの最後通牒なのだろう。

 

 仕方なしに鞘ごと剣を腰へと戻す。そうすればそれっきり、眼前の表示はすっきりさっぱり消えている。そのまま逆手で刀身が見えない程度に剣を抜いてみるが、再度警告の類いが来ることはなく、『対処』なるものも起こりはしない。


 詰まる所はそう言う事だ、正しく篩と云うことだろう。


 ある種当然の対応に腹を立てる童でもなし、軽く動いて剣と鎧の具合を確かめがてら左の方へと歩を向ける。

 剣を振るのは久方ぶりなのだ、まして昔振るっていた時とは状況も異なる以上いきなり戦場に踏み込むような無謀は出来ない。


 せめて剣か魔法、そのどちらかだけでも十全に振るえるようにならなくては、危なっかしくてしょうがない。


 そう思いながら歩いていくが、行けども行けどもそれらしき建物は眼に入らない。仕舞いには町の境の石壁までも来てしまったが、さてどうしたものか。

 辺りを見渡せど衛士の姿は何処にもなく、開けっぱなしになったままの門をプレイヤーと思われる人影が通るだけ。ならばと首を上げたところで、眼に映るのは目映いばかりの大きな青空。


 この有り様で良いのだろうか。然りとて、異邦人たる自分が首を突っ込んだ所で碌な事にはならないだろうと思ってしまえば、どうしたってやる気なんかが湧き出てくる訳もない。


 しかし困った、先ほどから外に向かう人ばかりで帰ってくる人間が誰もいないのだ。況してや外へと出ていく人間は、誰も彼も複数人で徒党を組んで歩いているのだ、それでは声なんて掛けようもないではないか。


 かと言って、ここで前言を翻して碌に錆びも落とさず戦場に出るのは違かろう。

 ではどうするべきかと問われれば、まあ戻れば良いだけの話だ。先程の広場まで戻り、そこから改めて周囲を散策すれば何かしらの発見が在るだろう。


 そうして引き返す道すがら、先程までは眼に映らなかった光景が次々に飛び込んで来るではないか。


 薄暗い路地に屯する人影、時にはぽつねんと独りで、あたある時は複数の人影が絡み合って、まるで人目を忍ぶかのように揺れている。


 そこに踏み込んでしまったのは、好奇心のなせる技なのだろうか。或いは何かしらの()()でも感じ取ってしまったか。

 


 どちらにせよ、過ぎたことは変えられないのだ。


 出会いとは、何時だって突然目の前に現れるものなのだから。



「そこの人、退いて!」


 切羽詰まったようなその声に、咄嗟に前へと身体を投げ出す。回る視界の中に映ったのは屋根の上から飛び降りてくる人影、なぜ真っ直ぐにコチラへと向かってきているのか、腰を浮かして受け身を取ろうとしたその腕の中に予想とは違った軽い感触が飛び込んでくる。

 もんどりうって転げた視線の先、やけに気味の悪い感触で足先から地面へと降り立ったのは身軽そうな恰好をした一人の少年であった。


「おっと、ごめんね兄ちゃん。怪我は無い?」


 今は泥で隠れて見え辛いが、先ほどまで靴が輝いていた事を鑑みるに『飛』か『跳』の『ルーン』でも持っているのだろう。或いはコチラに落下してきた事も加味すれば、『軽』で落下の衝撃を軽減したといった所かもしれない。


「いや、大丈夫だよ。君こそどうして屋根の上から落ちてきたの」


 顔を見て見ればうっすらと汗をかいている。確か汗の表現はスタミナの枯渇を示しているのだったか、それを考えればこの少年は町中で、それも屋根の上を走り回っていたとでも言うのだろうか。


 俄かに騒ぎ出した表通りと屋根の上の喧騒を考えれば、恐らくは当たらずとも遠からずといった所なのだろう。

 コチラが余所に気を回したことに向こうも気付いたのだろう、視線を泳がせたのは追手の類いと誤解させたのか、それにしては一歩踏み込んで来たのが腑に落ちない所だが。


 さて、この騒動どうしたものか。そう部外者視点で頭を悩ませていた為だろう、近づく少年の凶行に気付けなかったのはきっとそうに違いない。


「あーっと、すまん!」


 ガチャンッ!と手元で鳴り響いた金属音。逸れていた視線と思考を手元に移して見れば、其処に在ったのは少年の手首と繋げられた一つの手錠。


「……はぁ?」


 ぶらりぶらりと振っては見れど、それで外れるような感じはしない。ずしりと圧し掛かる様な重量感はそこらのちゃちな玩具では無く、これが確かな拘束具であることを久方ぶりに思い起こさせてくれた程だ。


「はぁ?」


 正直な話、その瞬間の顔は人さまには見せられない様な代物だったのだろう。少なくとも対面の少年はあからさまに退いた顔をしていたものだし、そう考えて問題は無い筈だ。

 まあ、いきなり手錠を掛けられて冷静でいられる人間が、そこここに転がっている筈も無いが。


「ごめん兄ちゃん!ちょっと付き合っておくれよ」


 況して何の説明も無しとは、今の若い子は随分とアグレッシブに育ったものだ。

 尤も、近づく足音の剣呑さを鑑みるに、そう時間がある訳でも無いのは事実なのだろう。乗り掛かった舟だ、そもそもどんな方向性であっても刺激を求めて踏み込んだのは自分の方なのだから、ここで退いては男が廃る。


「仕方ないなぁ。それで、どうして欲しいの」


 元より初心者丸出しの自分に絡んでくるほどの事だ、大したことは無いか、自分のような者にも助けを求めたくなる様な大事か。どちらであっても話のタネにはなるだろう。

 だから、二つ返事で頷き返した自分の事を、変人でも見るかのような顔で見返したことは忘れんぞ。


 それでも事態に急き立てられるかのように説明も無しに走り出した少年の姿を見るに、どうやらまだまだ掛け金は吊り上がるらしい。これは愉しくなってきたものだ、知らず知らずの内に口角が上っているのが手に取る様に分かってしまう。


 つくづく流れに巻き込まれなければ動き出せぬ自分の主体性の無さに悲しみを覚えつつ、久方ぶりの鉄火場の予感に年甲斐も無く胸の内から沸き立つ喜悦を抑える事無く総身へと巡らせる。


 とは言え今の状況で村の外に出るのは勘弁してほしいと、そう遠くなる石壁と居並ぶ野次馬相手に眺めるしか今の自分に出来る事は無かったのであった。

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