第六話 魔法使いへの一歩目
アバターの外見が決まった所でお次はステータスビルドのお時間だ。
そもそもこのゲームは失われた古代文明の遺産を発掘する冒険者となって旅をするのが醍醐味の作品であり、散逸した神々の力の欠片『ルーン』を用いて自分だけのオリジナル魔法を作成出来ることが最大の特色のゲームとなっている。
かつて夢想した『最強の魔法』を自分で実際に使えるようになるかもしれないのだ、人気が出るのも当然だとも。
とは言え、そのままでは魔法使いしかいないゲームになってしまう。
勿論魔法使いオンリーのパーティーも見ていて楽しいのかもしれないが、実際問題自分たちで冒険を熟すことを考えれば論外の選択肢だろう。さらに言えばここはVR、自分で体を動かして遊ぶのだから、下駄の一つや二つも履かなければ生身のまま魔物と戦うことなど出来る筈もない。
故にこそ、このゲームにはプレイヤーが行使可能な魔法とは別に、キャラクターの能力が設定されているのだ。
筋力の強さを示す「STR」、肉体の頑強性を示す「VIT」、反応速度や継続的な走力などを示す「AGI」。
文字通りの器用さを示す「DEX」、大事な魔法の効力に関わる「INT」、魔法やその他の耐性にも関わる「MND」。
これに隠しステータスの運勢を司る「LUK」と魅力を表す「CHA」、以上の八つのステータスが存在しているのだ。
これらのステータスの差異により、同じような魔法を使うキャラクターでも「戦士」と「魔法使い」のように区別できるのだ。
とは言えアバターは完璧に仕上げてきたものの、こちらのステータスに関しては全くと行っていいほど手付かずのまま、正直どれが良いとか全く以って分からないのだ。
と云うのもネットで少々調べてみたは良いものの、やれアレが良い、こっちのほうが有利だなどと、あまりに情報が錯綜しすぎて何が正しいのかさっぱり分からず。結局の所選んだのはこんなステータス。
STR10
VIT10
AGI15
DEX10
INT15
MND15
綺麗に並んだ各種の数値。取り敢えず10はあれば現実同様の動きができると言う事なので、ある程度は均等になるように割り振れるだけ割り振ってみたのだ。魔法を使いたいからそちらを優先しつつも身体能力も確保したい、そんな欲張りセットなこのステータス、敏捷性に振っているのは足の速さが生死を分けることになると常々考えている為に他ならないだけだ。正直なところ、並び順的にDEXの方に振りたかった気持ちが強い。
割り振れるステータスの合計値は75なので各種12を割り振ってあとの残りは適当にとも思ったのだが、想像以上に見た目の数字の並びが気持ち悪く見えたので5刻みのこちらの案を採用したのだ、即興にしては中々の物と自負している。
実際試しで動いてみたが、想定以上に動きが身体に馴染んでいた為コチラにしたというのもある。
そんなこんなのステータス決めに次いで決めるのは待ちに待った魔法、ではなくスキルの方らしい。
最大十種類選べるスキルの内、ここでは五種類を選択できるそうだ。
何ならここで魔法のスキルを取得しなければ、後々になるまで魔法を使えないというのだから実に困ったシステムだ。
と言うことで選んだスキルがコチラになる。
まず一つ目が剣術スキル、魔法だけで戦い続ける事は難しい以上、他の戦闘手段も持たなければならないだろう。
二つ目は補助魔術スキル、攻撃や防御といった直接的な魔法ではなく間接的に冒険に寄与できる魔法が欲しかった為だ。……自分にパーティーを組めるとは思えないので、単独での行動を前提とした選択ではある。
三つ目は探索スキル、当然単独行動の為である。生存率を底上げするには必要不可欠なスキルだろう。
四つ目は解体スキル、この世界で旅をするにあたっては、苦手分野をスキルで補うことで単独行動を可能にするため幾つかの案があったのだが、最終的にはここに落ち着いたのだ。別段不器用な訳ではないが。
そして最後のスキルは考古学スキルを選択した。
この世界一度文明が滅んだとの話であるが、それ以外にも過去の足跡を辿る理由が存在するのだ。それを考えたらこのスキルを取らない選択肢は無いだろう。
ここまで来て漸くキャラクターの設定は終了、後は魔法を選ぶだけなのだがここで最大の問題が立ち塞がる。
『それではミスター、貴方の『天命』を決めましょう』
魔法の鏡が久方ぶりに発言する。ここでついに魔法の力を手に入れられるのだが、実のところ手に入る力は完全ランダムな物になるそうなのだ。
と言うのもこの魔法、『ルーン』と呼ばれる古の神の言葉を元にしているらしいのだが、その本家本元は疾うの昔に喪われてしまっているらしく、現存しているのは模造品か本の欠片の様な取るに足らない代物のみ。
詰まる所このゲームのプレイヤーの立ち位置は、かつて喪われた神の言葉を復元し封印された神々を復活させる事にある。
その為に用意されたのが『ルーン』な訳だがその中身は玉石混淆千差万別、箸にも棒にも掛からぬ様な代物もあれば、古の言葉に迫る程の力を持つ物もあるのだ。
とは言えかつてはすべての人を繋いだとも謳われるそれならばいざ知らず、今のこの世にはあまりにも言語が溢れ過ぎている。
哀しいかな、万人が扱うには不向きな物も中にはあって、それどころか誰でも紡げる『ルーン』の方が今の世の中では稀少な物らしい。
畢竟、この場で得られた『ルーン』と関連性のある『ルーン』しか、将来的には手に入れられないという話しになってしまうのだ。
無論、それを覆すための第四、第五スキルなのだが。
それはそれとして今この場では、問答による『選別』なる物が行われるという事だけは知っている。
想定問答集のような物も転がってはいたのだが、幾つかのサイトのそれを突き合わせた所矛盾する記述が多過ぎた為に頭の中からは放り出した。
故にここはぶっつけ本番での立ち合いとなる、気合を入れて鏡に向けて頷きを返したが、それで進行するのだろうか。
『ではミスター、貴方は人を守るためには何が必要だと考えますか』
一問目から随分と抽象的な事を聞くものだ、哲学的とも言い換えられるだろうか、本当に人間性や性格を探るための代物であることがこれだけでも分かってしまう。
そも『人』とは何を差すモノなのか、それすら曖昧な状況では答えに窮する者も少なくはあるまい。
「規律だ。他者が他者にこうあって欲しいと希う法、獣を排する鉄の轡、自己の尊厳を尊重するための標に他ならない」
親しい人か、隣人か、大衆か、はたまた自分か。どれを守るかによっても回答は変わってしまうだろうし、そもそも何から守ろうと云うのか。暴力か、思想か、慣習か、世論か。それによっても必要な要素が変わってしまうだろう。全く以って『選別』の名に相応しいジャブが来たものだ。
別段向こうの想定に外れたからと失格になる訳では無かろうが、深く考えすぎればドツボに嵌り自分を見失っても可笑しくは無い質問だ。一発目にこれを用意する辺り、向こうの頭は随分と意地が悪いらしい。
『では次です、ミスター貴方が仮に犯罪を犯してしまったとしたら、どうしますか』
だから抽象的に過ぎると云うに、もう少しばかり具体性を持たせても良いのではないか。まあこの設問は自分の回答を鑑みての物なのだろうから、あまり文句は言えないのだが。
「然るべき罰を受けるだろう。……そうはならない様に努めようとしているのだが」
当然の事だろう、規律とは守られてこそ価値があるのだ。例え何時如何なる時、場合であっても順守されるからこそ規律を掲げる意味がある。
自分の事だからと例外を作っては旗を掲げる資格は無い。
『ふむ……、ミスター、貴方は自らの過去を……赦せますか』
「赦さぬとも、…………貴様が何を知り得ようと、深入りするなら容赦は出来んぞ」
随分と、行儀が悪いようだ。人の過去に土足で踏み込んで良いのは故人くらいの物だと云うに。
『……では、最後の質問です。ミスター、貴方はこの世界に何を望みますか』
不意を打たれた、と云う訳では無いのだが、余りにも直線ドストレートな一球につい思考が止まってしまった。
さて、そもそもの始まりは継母からのお達しによる趣味探しが発端になるのだろうか。そう考えれば趣味探しその物となるのだろうが、さりとてこうも面倒な準備を重ねて義父には泣き落としの真似事までしてこのゲームに固執した理由は何だったのか。
確かに、好き勝手に魔法を使える世界観に惹かれた面もあるだろう。或いはそのシステムに惹かれたのか、そう考えると当たらずとも遠からずだが、恐らくは趣味探しの方が近いような微妙な塩梅に感じてしまう。
ここ迄快調に進んでいたと云うのに、ここに来て急に失速してしまったでは無いか。無論熟考することが駄目な訳では無いのだが、正直な話早くキャラメイクを終えて遊びたい気持ちでいっぱいなのだ。何なら朝からの没入の為に昼前迄にはダイヴアウトする事を継母と約束しているこの身、初日からの約定破りは禁じ手にも程がある以上出来れば早めに上がりたいくらいの気持ちでいる。
それ故ここであまり時間を取られたくは無いのだが、さりとてこの質問をおざなりに答えてしまえば消しようの無い悔いが残るのも明白なのだ、是が非でも答えねばならぬ。
眼前の鏡からは一度意識を外して目を瞑る。そもそもどうしてこのゲームがそこまで自分の目を惹いたのか、その核心に至らねば答えは導き出せないだろう。
一つ一つゆっくりと、柔らかな糸を手繰るかの如く記憶の引き出しを掘り返す。
ネットに転がる幾つもの情報、公式の宣材映像、配信業、未知のゲーム。
どれもこれも核心に触れているようで、その癖訳も分からず座りの悪いこの感覚。まるで苦悶の声を上げるかのように早鐘を打つ心臓と、足元が崩れたかと思うような虚脱感に、ぞわぞわと鳥肌の立つ肌を撫で擦りながらもさらに奥深くへと潜り込む。
雄大な青空、輝く星明り、海原を征く船団、戦う騎士たちの姿。
それを見る、一人の少女の後ろ姿。
伏し目がちなその顔はコチラからは窺えず、ただ胸の前で組んだ青白い両の手が、どうしようもなく何時かの情景にブレて被る。
──さようなら、どうか、貴方だけは……──
「……ッ!!」
瞬間、どうしようもない胸の痛みに身悶える。疾うに癒えた筈の傷跡が、影も形も無い筈のそれが、どうしてこうも主張しだすのか。
……今はまだ、判らない振りをしていたかった。
「分かったよ」
ゆっくりと目を開く。眼前の鏡は先ほどまでと何も変わらず其処に在るが、どうした事か鏡に映る自分の姿に、被さる様に見知らぬ影が立っていた。
深呼吸を一つ、大きく息を吸って吐き出した後には風に吹かれて消えたのか、影の名残など在りはしない。
「逢いたい人が居るんだ、きっと、たぶん、この道の先に」
返答は、無い。……一拍の無音の後、音も無く崩れた鏡の中に、うっすらと輝く欠片が一つ転がっていた。
「これが、僕の『天命』かな」
淡く輝く歪な珠は、まるで自分の葛藤と煩悶を映し出すように時折濁り、ざらつく手触りを返してくる。
どうすれば良いのか、訳も分からず立ち尽くしていると向こうが先に痺れを切らしたかのように、光となって自分の身体に吸い込まれて行くでは無いか。流石に驚いて逃げそうになるが、案外早かった光の粒子に取り囲まれては為す術も無し、気分は売りに出される仔牛の如く神妙にその後の沙汰を待つ。
吸い込まれて消えた光の名残に照らされながら、唐突に何処からともなく鳴り響いたファンファーレに咄嗟に耳を抑えてしゃがみながらも、視線は正面に湧いて出たインフォメーションに連れられていた。
【おめでとうございます!貴方の『天命』は『縛鎖』です!】
【プレイヤー名「アスラ」は『ルーン・見』を手に入れた!】
これが、この世界で僕の歩む記念すべき始めの一歩の事だった。