第五十二話 ドリンク一つで席を陣取るのは顰蹙もの
彩りも豊かな料理の数々。一人一皿と言う次元を超え、テーブルに収まりきらぬ量の皿が運ばれて来た訳だが、意外や意外ここは料理を頼んだ各人の財布から自動的に引き落とされるシステムらしい。
と言うか今財布を見て見た所、懐には何ととんでもない額の残金が!
……借金に関しては脱獄した際、帳消しにはなっていた物の、そこから金銭を稼ぐ手段もなかった為に、財布の中は素寒貧であったのだ。
それがついさっき、ガズルとその他を打ち倒した事で賞金でも入ったのか、多額の金銭が詰まっているではないか。
これではPKが無くならないのも無理はない、と思っていたのだが。実際には違ったらしい。
「それはあれだ、ランキングに乗ったからじゃないか?」
聞くところによれば今回のイベント、グループ内の総合得点のランキングが見られるらしく、その一覧の中に自分の名前も載っているそうなのだ。
各グループ数百人は居るその中で、自分の名前が百位以内に入っているとは。何とも言い難い感情が芽生えるものだ。
「それなら、アスラの奢りでも良いんじゃないか?」
それを聞くや否やふざけ半分で乗って来たジャンク殿。誰のおかげで勝てたのか、祝勝会を開くと言ったその際に確りと口にしていたではないか。
……自分で言うのは嫌気がするので、そんな事決して口には出さないが。
「それはダメですよ。みんなで平等に、みんなで掴んだ勝利なんですから。……逃げていただけの私が言うのもなんですけど」
「それを言われてしまうと、一緒に逃げたワタクシも同罪になってしまうので。功績も失敗も、ここは皆で折半という事に致しましょう」
何て話も挟んだりしながら、和気藹々と豪華な。と言うよりもファンタジーの物珍しい料理に舌鼓を打ち、一頻り食事を堪能したのであった。
「それで、『魔法』と『呪文』、それらは何を異としているのだ」
食事を終え、人心地着いたかと思えば間髪を居れずモーラス君が問い掛けてくる。
その眼に光る探究心の勢いままに、周囲を置き去りにしての第一投であった。
先刻まで話していた内容をしっかりと理解して付いて来ている彼の事、今さら定義問題に踏み込みたい訳でもあるまい。なれば、彼の聞きたい部分は一つだけ。
「発動、或いは行使のプロセスに関して、ですね?」
頷きで返すモーラス君。その意識は既に耳と手に向かい、口は真一文字に引き結ばれていた。
「簡単に言えば、機械的にプログラムを行使するのが呪文であり、手作業で数式を解きながらその答えに当たる結果を手繰り寄せるのが魔法になります」
「モーラス君やシャティさんが使用している独自詠唱の呪文、あれらは言わばプログラマーが自分の使い勝手が良いように微調整を施したソースコードであり、一般的に行使されている呪文は、プログラマーが書き下ろしたそれをそのまま使用している、という事ですね」
「では魔法は、と言えば。これはかなり複雑な構成になっています。何よりも、先ずは魔力への干渉が出来なければ話になりません」
「その上で、始めに行使する魔法の策定から始めなければなりません。これにより、魔法によって生じさせたい事象を限定し、必要なエーテルを割り出します。そうして定義されたエーテルの割合や分類、それらを用いて事象を改変するにあたって必要なリソース、つまりオドやマナ、魔力の総量を決定します。これら一連の作業を終えて、そこで漸く魔法行使の始めの一歩が踏み出せるようになる訳です」
カリカリと綴られる筆の音に耳を傾けながら、再度周囲の様子を窺う。
先ほどから店の人入りが滞っているようで、コチラのテーブルの近くにも、団体客がお出ましになっている様だった。
外を見れば薄暗がりに覆われた空が視界に入る。恐らく、本日の迷宮探索を終えたプレイヤー達が手近な店に押し寄せているのだろう。
このイベントでの加速時間を鑑みると、現実換算のイベント初日のエリア稼働は、ゲーム内では明日がラストとなる筈だ。英気を養い明日の大一番に備える為に、誰も彼もが飲めや歌えの大騒ぎといった所か。
盛況なのは良い事だが、流石にこうも煩くては話の邪魔になってしまう。
と、いう事でだ。
「例として、実践してみましょうか」
自分の放ったその言葉に、モーラス君の瞳が危険な光を宿し出す。
いけないオクスリを打った後のような、そんな瞳孔の開き具合に、些か引き気味になってしまうが、それほど期待していると考えようか。もしこれで、感情値の振れ幅が大きすぎると強制ログアウトになってしまったら、その時はしょうがないから謝るとしよう。
「空間を規定して、その内外の音の流動を遮断したい場合。この時先ず必要となるのは、静寂を表す『緑』のエーテル。植物的特質には、繁栄や繁殖と言った静的な生命活動のみならず、静寂や安定と言った静的な活動傾向全般も含まれているからです」
「その上で、空間を規定する部分には、各人の思考や感覚などを遡る事で『白』のエーテルを用いましょう。勿論それだけでは足らないので、直接光や音などのエネルギーに干渉するための『金』のエーテルにも頼ります」
ゆるりと、テーブルの上に出来た水滴を指でなぞる。
右の視界の中では虹色に煌めくその水泡も、左の視界から見れば白と金と緑の色味で溢れ返り、更に微細な紋様が所狭しと交錯していた。
「今回使用するのは単なる音の遮断の為、そこまで範囲は大きく無くていいですし、時間もそこまで掛ける心算も無いので、マナは少なめでも良いでしょう。……この部分に関しては、正直経験在るのみなので、何度も微調整と試行錯誤を繰り返すしかありませんね。……もしも、魔力に触れることが出来る様になりましたら、簡単な術式の使用魔力量の概算をお渡ししましょうか?」
その言葉に音が聞こえそうな程に、ぶんぶんと首を縦に振るモーラス君。隣のシャティちゃんも瞳の色を変えた辺り、中々に強かなお嬢さんだ。
「そうして使用するエーテルの種類と、魔力の総量が決定しましたら、ここからは術式を構築していきます」
「とは言っても中身は単純、どのエーテルにどれくらいのマナやオドを投入するか、その順序や時間などを事細かに書き出していくだけの工程です。……簡単な術式であれば、発動させたい事象の固定化から、発動に当たって改変する必要のある事象への干渉までで、凡そ数十から百前後の式があれば十分でしょうか。これが規模が大きくなればなるほど、必要な式の量も増えていき、最終的には人一人の頭脳では賄いきれなくなりますね」
「で、ここまでは、魔法が使えずとも誰でも出来る工程になります。……文字通り、机上の空論が世界で蔓延る原因ですね」
少し行儀が悪いが、テーブルに落ちたソースを拝借して簡単に式をなぞって綴る。
簡単な命令文と、単純な数式の入り混じったそれに向こうの二人は頭を抱えそうになっているが、その段階まではまだ早いぞ。
「ここから先が、魔法行使のプロセスです」
「先ず、自身の肉体、若しくは魂に宿る魔力に干渉、それを引き出して外界のオドと反応させる呼び水とします」
「基本的に、外界に存在しているのは殆どが多数の情報因子を内包したオドであり、まっさらな状態のマナは自然界にはそのままの状態では存在しません。そのため、術式を行使する為に必要なマナは、一旦自身の魔力を用いて外界のオドをマナへと変換、精製しなければなりません。さらに言えば、そうして出来たマナを再度特定の情報因子に染めたオドを用いて、術式発動の為エーテルに必要な情報を追加していく訳ですね」
「因みに、マナを用いればどのような状況、どのような術式でも行使可能ですが。裏を返せば、特定の情報因子を内包したオドのみを用いる術式であれば、持ち出しの魔力が無くとも理論上は術式を行使出来る事なりますね」
手元で捏ね繰り回していた水滴が、朧げに光を発し始める。
中に浮かんでいる術式は、既に実行を待つだけであり、少し話のペースを速めた方が良いかも知れない。
「で、ですね。一番大事なのは、ここまでの工程をマナが他の因子に影響されないように、ほぼ一瞬で完了させなくてはいけない、という事なんですよ」
「勿論、一度変質させたオドはそう簡単には変質しませんので、時間を掛けてオドを用意する事でも術式の行使は可能ですが、戦闘中にそんな悠長なことは出来ません。その為、術式の式の部分の演算を行い、必要なオドとマナを用意するのには、外付けの装置を用います」
指し示すように、指で摘まみ上げた水泡を翳す。
これもある種一般的な手法の一つ、既に液体と言う情報にあふれた真水の中では、エーテルもマナもその変質速度は外界とは比べ物にならぬ程遅いのだ。
「……な、んだぁ、そりゃ?」
怪訝、と言うには些か驚愕の色が濃いか、何とも形容しがたい面妖な面持ちを浮かべたジャンク殿がそう問いかける。
その視線の先に有るのは、指で摘まめるほどに硬化した、かつて水滴だった筈のナニカ。
高濃度のマナの影響で、固形化してしまった結晶の成れ果てだ。
「まあこんな感じで、外界の情報因子の影響でマナが変質しないように隔離する為の物なり何なりを用意して、その内部に先ほど作った術式を刻み込んで、後はこの中に魔力を注ぎ込めば……」
言葉を切ると同時、注ぎ込まれた魔力に反応した術式が、淡い光を放ち始める。
そのままテーブルの上へと落下した水泡は、しかしテーブルには触れる事無く宙に浮いたまま静止、次の瞬間崩れ去りながらもきっちりと術式の効果を発動させた。
「とまあ、こんな感じになる訳ですね」
身振り手振りで周囲を示す。
先ほどの発光にコチラを訝し気に見つめる客が何人かいるが、その声はこれっぽっちも届きはしない。コチラに声が届かない以上、向こうにもコチラの声は聞こえない筈だ。
「簡単な術式であれば、こんな感じでも行使可能ですが、流石に戦闘用の術式となると片手間では難しいので、そちらは基本的に外付けの装置に術式を刻み込まなければ使用は出来ませんね」
こうして遮音結界を張ると分かるが、店内はかなり盛況な様子。豪勢に料理を頼み、何ならまだこれからデザートの追加が待っているからこそ席を占領できている訳だが、そうでなければ店員からの視線がさぞ痛かったに違いない。
ゆっくりとメロンソーダに手を伸ばしつつ、正面からの突き刺すような視線を遮る為にも、先ずはゆっくりとストローを咥える所から始めるとしようか。




