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ウォーデン・グランマティカ  作者: 二楷堂禅志郎
第二章 それはささやかな一歩
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第五話 キャラメイキング


 思い立ったが吉日とは言うものの、残念ながらそう簡単に挑戦することが出来ないことも世の中ままある。


 自分の場合もそうだろう、そもそも自分が今からやろうとしているのはVRゲーム、専用の機器を使用しての『没入(ダイヴ)』が前提となる次世代型ゲームと呼ばれているものだ。

 哀しいかな灰色の青春を送ることも出来なかった自分にそんな流行りの機械などある筈も無く、結局の所未成年者には購入制限とやらがあると知り、義父(ちち)に泣きつく羽目になったのも笑い話の範疇だろう。


 初めて頼られたと狂喜乱舞する義父の姿にもう少し甘えを見せても良かったのかと思いつつ、継母(はは)も交えてゲームを遊ぶのに関してのルールをいくつか決め、ついでに配信で稼いで金額は半分を将来のための貯金に回し残りの三割を家に、そして残った二割を自分の好きにしていいとの話になった。

 正直な所ゲームの利用料金さえ払えたならば、残りはすべて家計に回しても良かったのだが『自分のお金を自分で管理しないのはいけない事』だとの継母の言葉を曲げられずこんな形になってしまった。


 まあ、余裕ができたら家族孝行の一つでもすればいいだろう。自分の金を好きに使うのだ、いくら継母でも文句は言えないに違いない。


 尤も、それが何時になるのかは分からぬが。



「水分補給ヨシ、トイレヨシ、睡眠ヨシ、機材の準備ヨシ!」


 来るX Day、待ちに待ったこの時のためネット断ちしてまで耐えていたのだ、沸き立つのも致し方ない事だろう。

 それと云うのも期待のこのゲーム、タイトルを『ウォーデン・グランマティカ』と呼ぶのだが、既に正式リリースは一月近く前に済み今やネットはこのゲームの話題で持ちきりなのだ。


 猫も杓子もウォーデンウォーデン、やれこの魔法が強い、やれこの構成が最強だと、至る所でネタバレとレスバの嵐。


 掲示板だけでなく他所の界隈にまで進出しては言い争っているものだから、前評判に反して『民度が低い』とレビュアーには酷評されてしまっていたのだ。

 尤もそれも当初の話だけだろう、今はある程度は落ち着いているはずだが、それそれとしてネタバレの類いを踏み抜きたくはない故に、こうして自主的な節制を心掛けていた次第。正直この状況で更に配信などは気が回らないことが分かり切っている為に、ある程度慣れるまでは編集した動画投稿をメインの柱としていく戦略だ。


「いざ行かん、新世界へ!」


 大きな繭のようなその機械、名前をそのまま『コクーン』と称する仮想現実没入装置へとゆっくりと体を横たえる。試運転の際に勢いよく乗り込んだところ、天板部分に頭を打ち付けてしまったのは黒歴史として無かったことにしてしまおう。さりとてその手の失敗談はネットには掃いて捨てるほどに転がっているそうなのだが。


 ゆっくりヘッドセットを被るとすっかりと顔が覆われて、視界の一切が効かなくなる。が、そこで手順の間違いに気付き慌ててヘッドセットをずらし上げた。本来であればその前に、胸の横と首筋に電極付きのジェルパッドを装着しなければならないのだ。


 実のところこの『コクーン』、もとは医療用器具の類いであったらしく中にいる人間のバイタル測定を行えるのだ。更には体脂肪率や体重、骨密度の測定なども行えるらしく、機器の購入時に入力された個人情報を下に算出された健康指数を下回ると、機械的なロックが掛かる仕組みらしい。

 

 古来より、廃人と言われる人間たちは私生活を捨ててでもゲームに固執してきたのだからさもありなん、機械の使用中に餓死でもされたら多方面に迷惑がかかる以上、安全面でのセーフティーはとんでもない強度になっているとの話がある。ネットでは安全装置の類いをすべて取り払うと、ヘッドセットの部分と僅かな機材だけで『没入』出来るとか出来ないとか。

 試す気はないし試した人間もいないのだろうが、その位には安全を考慮した作りらしいのだ。それこそ踏んづけたり蹴っ飛ばしたりした位では一切影響も出ないほどに頑強だとのことで、試験映像では象が踏みつけた後の機材で『没入』していたが、計算上それが可能でも自分でそれはやりたく無いとも思ったが。


 閑話休題、準備はすべて済んだのだからさっさと没入してしまおう。


 もう一度ヘッドセットを被り直し、暗くなった視界に意識を向ける。暗黒の世界に一つきり浮かぶ眩い光景、『ウォーデン・グランマティカ』のスタートアイコンに意識を向けるや否や、たちまち世界は溶け落ち極彩色の光にすべてが染まる。

 

 強すぎる光に目を瞑ると、次の瞬間、肌を風が撫でる感覚に鳥肌が立った。



 広い世界、一面の夜空に輝く星々と風にそよぐ草原の草木。静かな風の音と虫の声すら聞こえるほどのそれが、作り物の世界など誰がどうして信じられようか。

 あまりにも現実味を帯びた情景が、雄大という言葉では語り尽くせないほどに眼前へと広がっている。


 あまりの尊さに見惚れていたら、次の瞬間輝く星が目の前へと落ちてきてあまりの光に再び強く目を瞑ってしまう。

 その動きがトリガーだったのか、暗く閉ざされた視界の中に壮大なクラシック音楽と共に色とりどりの情景が浮かび上がる。

 


 それはこの世界の成り立ち、三柱の神々が世界を生み出し動物を作り、空の星たちを描き出す壮大な神話。


 

 人々が時にいがみ合い、時に手を取り合い力を合わせて発展し、その果に神と共に並び立つまでの伝説。

 


 そして、世界を喰らう怪物によって神々は力を奪われ人々は亡き者とされ、神々の残した力が打ち砕かれるまでの歴史。



 滅びた文明を、封じられた神々を、恐るべき怪物を、打ち砕かれた『神の言語』を。



 様々な理由からその手に野望を、探究心を携え未知へと挑む冒険者たちの背を描いて、壮大なファンファーレと共に再び暗幕が降ろされる。


 そうして次に視界へと映り込んだのは、なんの変哲もない鏡とのっぺらぼうのマネキン一つ。


 辺りを見回そうとすると鏡の中のマネキンも連動して動く辺り、どうやらアバターをここで作れという話なのだろうが、解説や進行補助もないのはいくらなんでも不親切に過ぎやしないだろうか。

 そうしてボヤいてみた所で一向に補佐役が顔を出す様子もなし、致し方無しに鏡へと意識を向けると次第に表面が曇り幾つもの文字列が浮かび上がってくるではないか。


『始めまして、来訪者』

『私は魔法のカガミ』

『貴方のこれからの旅立ちを祝福するモノです』


 なんと驚き、補佐役が居ないのでは無く、ただ単に自分が気づいていなかっただけらしい。

 

「驚いたよ、まさかこんな仕込みになっていたなんて」


 何処となくスカした風な物言いになってしまったのは反省点だが、コチラは早鐘を打つ心臓を抑え込むのに必死なのだ。少しくらいは大目に見てくれると嬉しい。そんなコチラの状況を読み取ったかのように魔法のカガミが返事を返してきたのである。


『ミスター、私は貴方の所有する『コクーン』の情報と一部分同期致しております』

『興奮を抑え込む必要はありませんよ』


『因みに、こういった手法を取れるNPCは向こうには存在しないため、そのように身構える必要もありませんよ』


 全く以って助かる補足だ。道行く街人すべてに内心が筒抜けになっているなど、どんな羞恥プレイでも越えられぬ程に高度だろう。


『それでは早速アバター作成に移りましょう』

『既に制作されているアバターモデルが『コクーン』内に存在しますが、こちらを使用いたしますか?』


「イエス、だ。よろしく頼む」


『畏まりましたミスター』

 

『…………審査完了』

『規約に反するアバタータイプは検出されませんでした』

『フルスクラッチアバターを投影いたします』


 言うが早いか鏡の表面の文字が掻き消え、その後ろにあったマネキンの身体がぐにゃりと一人の男性の姿に切り替わった。


 短めの黒い髪に黒い瞳、烏の濡羽色などとも称するそうだが深く重い色合いは、どちらかと言えば暗闇のような色味だろうか。

 それに塩顔とも称される彫りの薄い顔立ちが合わさって、如何にも純日本人風な外見の出来上がりである。


 基本的に自分の元の顔とあまり乖離しないよう慎重にパーツを選んだのだが、言いたくはないが元の顔が顔だけに、こうして見ると全く以って面影の一つも無いのが実に癪に障る事だ。とは言え数時間どころか数日かけた力作だ、自然な仕上がりとなっただけにこれが偽物の顔だとは誰も見破れないに違いない。


 まあ、魔法のあるファンタジー世界にこの顔は、別の意味で違和感バリバリに発するのだろうが。


『微調整は致しますか?』

「ノーだ。完璧すぎるほどに完璧な造形、これ以上手を加える箇所は無いのではないかな」


 少々ナルシスト気味な発言となったが自分の顔ではないのだから大目に見てもらおう。


 それよりもここまで来たならあと少し、もう少しでアバター作成も終りを迎えるのだ。渾身のキャラメイク力を見せてやろうではないか。

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