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ウォーデン・グランマティカ  作者: 二楷堂禅志郎
第三章 それは初めてのお祭り騒ぎ
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第四十八話 英雄は屍の上に立ち、賢者は屍の跡を避け、愚者は屍の中にいる



 大広間にて開かれた三つ巴の大乱戦、或いは魔獣達すら遠巻きにする両雄の激突の少し前、一旦場面はそこまで遡る事となる。



 ――――――――



 狭苦しいレンガ造りの迷宮内、松明揺らめくその通路を、今とある一団が通過する。

 大小様々容姿取り取りなその一団は、まるで何かに急き立てられているかのように、一心不乱に逃げていた。


「何故、アスラを置いてきたっ!彼を見殺しにする気か!」


 甲高くも裏返った叫びが狭い通路に木霊する。

 顔を赤らめ、常にない激情を露わにしているのはパーティーのある種の清涼剤、アスラ曰くの大魔道士ことモーラスであった。


「アイツが自ら志願した。そして、それが一番パーティーの為と判断した。総ては俺とアイツの責任だ。お前らは逃げる為に足を動かせ」


 その叫びに冷静な言葉を返すのは、パーティーのリーダーを務めるジャンク。

 一団の最後尾に陣取り、頻りに後方を気にしながらも、警戒の目は四方へと向け続けている。


 努めて冷静たらんとするその様は、パーティーを率いる者として実に素晴らしき振る舞いであり。余りにも今の状況、パーティーメンバーの心情に、より添っているとは言い難い物だった。


 だがしかし、それも致し方のない事。

 これまでパーティープレイと言う物には縁遠かったジャンク。自らの理想と考える在り方をなぞり、どうにか誤魔化してはいたものの、その実態はソロプレイ街道を驀進する陰キャ。ここまで率いて来れただけ、十分努力したと言えるだろう。


 無論、それを周囲が理解してくれるかどうかはまた別の話だが。


「言っちゃなんだが、俺も坊主の方に賛成だ。……勝てたかどうかは別として、四人を一人で足止めなんざ、正気の沙汰じゃねえだろ。俺も居れば、最低限の回復は出来たぜ?」


 一同の先方を走り、露払いに務めていたラコステからも賛同の声が上がるほど、ジャンクの行動は皆から非難されているのであった。

 尤も、モーラスの言葉が単なる感情から発せられたそれであるのに対し、ラコステの言葉は多分に実利を含んだ物であるのは違いだが。


「皆さん、議論の種は尽きぬとは思いますが、今は静かに。……前方から、モンスターの群れが近づいているようですよ」


 とは言え時間は有限である。それは誰に対しても平等であり、今の彼らには望んでも手に入らぬ宝石の様。それを浪費するような行動が、幸いを運ぶ訳が無い。

 

 ラコステの隣で索敵に専念していた旅鴉が警告を発し、ついで一同に緊張が走る。


「不味いですね。敵は、一直線にこちらに向かって来ているようです。……先んじて迎撃しましょう、今なら未だ、私たちも戦えます」


 普段は足を止めての支援が本分の彼だ、逃げ続ける逃避行の中では本領発揮は夢のまた夢。

 なればこそと、投げ矢を片手に既に臨戦態勢である。


「チッ!……シャティ、影の遮蔽で誤魔化せそうか?」


 それに対し、咄嗟に待ったを掛けたジャンク。ついで声を掛けたのは、小柄な人影、呪術師のシャティ。


「む、難しいかと。あんまり規模が大きいと、どうしても触ってしまいますし。そうなると、魔術の効果も解除されちゃいます」


 ビクつきながらも正確に自身の魔術の効果を語るシャティ。

 渋面を浮かべるジャンクにも、語るべきは語る辺り、芯は強い女性の様で。

 

 それだけに、何か言いたげなその風貌が、余計にジャンクの心を揺さぶっていた。


「しょうがねえ、全力で敵を排除だ。……議論は全部後で聞く、だから全員生き残れ」


 一同に向けて活を入れ、自身もメイスを構え前線に立つ。

 

 少なくとも、今はそれが最善であると自らの心に言い聞かせながら、ジャンクは一人思い悩む。

 

 既に賽は投げてしまった。最早水は流れるだけで、元に戻すことは出来ぬ。

 

 それでも、万が一にもあの場面、協力して事に当たっていれば。

 そう思う心を止める事が出来ずにいたのだ。

 


 そんな迷いを抱えていたからか。気付けば連戦に次ぐ連戦で、すっかりとジャンクは満身創痍、一同も皆疲労と手傷に四苦八苦していた。


 単純に、現在進行形で逃走中の為止まって休む事が出来ないのも大きいが、それを抜いても戦闘の数が異常であり、気の休まらぬ環境である事も大きかろう。

 矢継ぎ早に敵が来ることもだが、見えぬ敵に追われる辛さは想像だけでは理解出来ぬ物。集中が切れての凡ミスが、ここ数戦続いてしまったのも手痛い事だった。


「おい、ジャンク。お前チョット前に出過ぎじゃねえか、もう少し下がれ。回復役と言っても、俺も戦えはするんだぞ」

「ついでに言えば、ワタクシも風見鶏にはなれるかと。……もう少し、頼って頂いても良いのですよ」


 とは言えジャンクのそれは毛色少々異にするもので、それを悟っているのだろう二人は、口々に自分を頼れと言葉を掛ける。

 それに対して何か語ろうとしたジャンクだが、その顔は一瞬にして険しさを増し、ついで大音声にて叫びを挙げた。


「全員、今すぐ走って逃げろ!振り向くんじゃねえ、生き残れ!」


 弾かれたように後方目掛けて飛び出すその先、未だ遠目に見えるシルエットが、残された四人の目にも映る。


「仕方ねえ、俺が先導する!恐らく後少しで帰還装置だ!もう一踏ん張りだけ出来るか!?」

「ならばワタクシが最後尾ですね。……ジャンクさん、ご武運を祈ります!」


 悪態を吐きながら、或いは息も絶え絶えに頷き一つを返して逃げた一同。

 先ほどまでの逃避行と違い、その顔には決死さが色濃く表れていた。


「次は貴様が殿か?……随分、信用されているようだな」


 ゆっくりと、獲物を見定めた獣のように、静かに重々しく歩みを進める重騎士。

 それは先の広間の交錯にて、まんまとアスラをやり過ごしてきたガズルその人の姿であった。


 鋭くも、何処か憐憫の色が混じった視線をジャンクへと向け、少しばかりの間を空け構える。

 それは、一行のリーダーとして、今回のイベントで辛酸を舐めたが故の同情か。はたまた同じような経緯で祭り上げられ、にも拘らず腐る事なく職責を全うしようとする、その心意気への敬意の表れか。


 何れにしても、こうまでされて力を以って退けぬ理由はガズルには無い。


「そうだな。仕方ねえよ、所詮即席パーティーのタンクなんざその程度なんだろうさ。……アイツほど、俺は強くないしな」


 それを理解しているのか、遣る瀬無く首を振り、一人構えるジャンクの背には哀愁の色が漂っているが、無論それだけの男ではない。

 口ではのらりくらりと言ってはいるが、絶えず隙を伺うその視線が、何よりも雄弁に彼の内心を語っていた。


「名は?」


 一歩、ガズルが歩を進める。

 

「ジャンク。……ただの戦士だ」


 彼我の力量差を鑑みれば、絶望的なその距離を、敢えてジャンクは自ら縮める。


「そうか、ジャンクよ。……我が名はガズル、今はただ一人の騎士である」


 互いに盾を前面へ押し出し、重量級の武器を構え、輝く鎧に命を預ける。

 くしくも似通ったスタイル故に、実力差も経験の差も越えて、ジャンクは敵手の思考を盗み取っていた。


 即ち、初手での必殺。一刀の下に敵手を打ち砕き、即座に追走を開始する。

 避けるも能わず、防ぐも能わず。たった一人の絶望的な防衛戦が、今ここに幕を開けたのであった。



 ――――――――――――



 追走劇は、未だ終わらず。

 ただ只管に、長い長い廊下を走る。


 永遠にも思える苦行、その最中、壁に残された一つの痕跡が目に入った。


 それはまるで、重機が突撃でもしたかのような破砕痕。

 壁を陥没させる程のその痕跡の傍に落ちていたのは、いつか見た紋章が刻まれた方楯と、それを握る腕一つきり。


 誰の姿も見えぬそれに、踏み込む足へと力を籠める。

 何時しか身に纏う鎧は具足から甲冑へとその姿を変え、錆の下から銀の光が顔を覗かせる程に輝いていた。


 あと少し、もう少し。


 終幕は、せめて喜劇と終わらせ給え。



 ――――――――――――



 必死の形相で直走る、大小も様々な四つの人影。

 未だ逃走中の彼ら四人だが、ジャンクと別れてそれほども経たず、ステータス画面の変化が酷な現実を告げる。


「あー、残念なお知らせです。たった今、ジャンクさんは突破されたようですよ」


 息も絶え絶え、逃げ続ける一同に向けて、旅鴉は非常な現実を突きつけた。

 その言葉に嫌な緊張の走る一同だが、先頭を走るラコステだけは、別の意味でその背筋を震わせていた。


「おい見ろお前等!正面、あの扉!あの部屋の中に帰還装置が置いてあるぞ!」


 その声にすぐさま視線を正面へ向けたモーラスとシャティ。故にその瞬間、その予兆に気付けたのは後方に居た旅鴉唯一人であった。


「避けてください!モーラス君!」


「え?」


 弛緩し始めた空気を貫いたその声は、而していま一歩届きはせず、代わりに油断大敵と言う言葉をまざまざと一同の脳裏に過ぎらせた。


 轟音と共に飛来した大剣が、走るモーラスのその左足を一瞬にしてもぎ取ったのだ。


 崩れたバランスに、咄嗟に受け身を取ることも出来ず、地面を転がるモーラスの身体。

 魔術師といえど、一般人は超えるだけの身体能力を備えていたのが仇になったか。勢いのついた体は容易く止まらず、気が付けば転がり踞るモーラスと、走り続ける一同との距離は残酷なまでに開いていた。


「モーラス君!」


 急制動を掛けてまで、引き返そうと足を止めた旅鴉の目に、彼方より来る怪物の姿が映り込む。

 咄嗟に竦んだ身体を見たか、モーラスは蹲ったまま一同に向けて声をかけた。


「構わん。……ここは、我に任せて先に征けい!」

「無理に決まっているじゃないですか!?」


 されど勇ましき啖呵は素気なく切って落とされるが、無理もない。

 片足で、不格好に立ち上がろうと壁に縋る姿を見て、はいそうですかと頷ける者が何処にいる。まして青臭い若者が、自らの身を投げ出そうとする様など、進んで見たい者がいるとするなら、随分な根性曲がりと言わざるを得まい。


 さりとてこの場でモーラスが退ける訳もない。


 既に敵手は視界の内、恐らくはスタミナの関係で走り通しではいられないのだろうが、それも最早関係ないほど、彼我の距離は縮まっている。

 少なくとも、自らが生き延びられるビジョンが見えない以上、次善策を選ぶより他に道はない。


「いいから行け!早くしろ!……()()の死を無駄にしたいのか!?」


 故にか、ついで彼の口から飛び出たのは、ただの感情論でしかなかった。

 必死の、鬼気迫るその形相、あまりの剣幕に味方のほうが怯える程の怒号に、一瞬敵手の足が止まる。


 その好機を逃さず、旅鴉は隣の少女の腕を掴み、前を行く男の背中を蹴りつけてまで道を行く。


「貴方の勇姿、後世まで必ず語り継がせて見せましょう!」


 せめてもの妨害と、疾風の如く擲たれた鏃がまるで五月雨の様にガズルへと飛来し、いま一時の猶予を作り出す。

 武器も盾もないガズルには、その攻撃を突き抜けてまで追撃を与える余裕はなく。


 足を止めたまま防御に徹し、遂に三人の姿が扉の向こうへ、吸い込まれるように消えていった。


「……魔法使い一人で、俺と戦う気か?」


 援護の一つもなく、果ては援軍の宛もない殿に、まさかの魔法使いが一人。

 ガズルとしても流石に想定外な展開に加え、既に逃走に成功した三人を追いかける術は今のところ彼にもなく。


 その結果、追走撃の終盤にしては、不気味なほど静かな空間が訪れていた。


「十分だろう?貴殿一人道連れにする程度、今の我でも務まるわ」


「吠えたな。……良かろう。貴様の首を落とし、奴への冥土の土産にしてくれる」


 刹那、迷宮から音が消える。そう錯覚する程に、ガズルの踏み込みは迅速で。対するモーラスの手妻は強かであった。


 ガズルが踏み込んだ床のその一つが、にわかに燐光を撒き散らし爆ぜる。一つ二つと連鎖したそれは、即座に詠唱の代替として機能し、信じられぬ規模の魔法陣を描き出す。

 床面に収まりきらぬその規模と、あまりに複雑怪奇なその文様。尋常ならざるそれに対し、本能的に忌避感を覚えたガズルは、退避行動として真っ先に術者当人の抹殺を選んだ。


 否、選ばされていた。


「近付いてくれて助かるぞ。……一人で自爆したのでは、あまりに滑稽だからな」


 モーラスの着ている服の袂から覗く肌には、床の魔法陣とは比べ物にならぬ程の紋様が書き込まれていた。

 その事にガズルが気付いたのは、互いの距離が一投足の間合いまで縮まってからの事であり、既に退避も防御も不可能な距離。


「ならば!先んじれば良いだけの事!」


 故にガズルは特攻を選択する。相手の攻撃よりも早く、自分の攻撃を当てることが出来れば、それで勝敗は決すると考えたからだ。

 少なくとも、常であればその考えでも何ら問題はなかった筈だった。


 事実として、ガズルの能力を鑑みれば、魔術の発動に先んじて一太刀を入れる事くらいは朝飯前。万全の状態であれば、その後の反撃を防ぎ切る事くらいは出来た筈。


 無論それは、万全の状態であればの話。


「うむ、故にこの首はくれてやる。……先に向こうで待っているぞ!」

 

 次の瞬間、炸裂したのは攻撃魔法、などではなく。

 それは、鎖を模した弱体魔法の一種であり。一定時間対象を束縛すると共に、ステータスへの弱体効果を与える魔法。


 斬撃を見舞われ、燐光へとその身を変えるその刹那、モーラスはガズルの向こうに見えた光景に笑みを浮かべる。


「後は任せたぞ!」


『……任されました。……後はゆっくりと休んでいてください』



 ――――――――――



 長かった追走劇も、ここが終幕の大舞台。

 一切合切切り捨てて、この悲喜劇も終わりとしよう。


 その意志を込め、構えた剣を大上段から振り落とす。


 咄嗟に転がり避けたガズル。転がる大剣を拾い上げたのは流石経験のなせる技か、されどそこから先は続くまい。


 とは言えコチラも限界が近い、次の交錯が最期の機会か。


「ここまで来て負ける訳には行かんなぁ!断ち切れ『縁切り鋏(アンフレンド)』!」


『鋭く、硬く、何より眩く、『閃く銀の剣(クルージーン)』!』


 互いに必殺を期して放った技は、いかなる仕様か互いに交錯する事もなくすり抜けて、そのまま互いの体を強かに切り裂く。


 吹き出す血飛沫の中、互いの身体が燐光へと包まれゆくの見て取って、ついで三人のステータスに「帰還中」の文言が追加されているのを見て、そこでようやく肩の荷が下りる。

 地面へとぶつかった音は聞こえぬが、既に互いの身体はその大半が光に包まれ消えているのだ。落着の前に送還されたと見るべきだろう。


 そうして短くも長い、この追走劇の終幕は、まさかの相打ちとなったのであった。

 

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