第四十七話 未だ名も無き、麗しの剣
刃が爆ぜる音が響く。
一合、二合と触れ合う度に、彼我の能力差が浮き彫りとなる。
「凄まじき技よなアスラッ!よもやこれでも届かんか!」
振るわれるは剛剣も剛剣、力任せの剣閃ここに極まれりと言った所か。
膂力に全振りした、技巧などこれっぽっちも感じやしない剣であるのに、ただのそれだけに特化した剣は往なすも躱すも至難の技。
ただの一太刀でも掠ってしまえば、次の瞬間身体毎持っていかれるに違いない。
「オレを忘れんなよっ!」
そして、合間に放たれる拳打。
しなやかで軽妙、それでいて重い、確かな修練によって培われた武道の技。
遮二無二放たれる剛剣の、その隙を庇うように最短経路を突き抜ける鉄拳が、コチラの追撃を押し留める。
正に柔と剛、その融和が酷く高い壁となって、あと一歩を踏み込ませない。
とは言えそれは、単なる技の応酬の話。
ここにもう一つ、エッセンスを加えるとまた話は異なってくる、のだが。
嵐のように振り回される剛剣、その間隙を突く様に伸ばされた腕を、掬い上げる様に剣閃で撫でる。
道着以外には装備の類いは無さそうなのに、どうしてその肌は鉄の刃が通らぬ程に固いのか。
尤も、ダメージを与える事が目的では無いので、これで十分ではあるのだが。
連撃の合間に入れた呼吸、一撃をいなされ崩れた姿勢。二つの隙が重なった瞬間、漸く溜まった魔力で詠唱を紡ぐ。
「『ショック』!」
「『ワードブレイク』!」
敵の進路を阻むため、魔物の群れの途上に放った一撃は、而して後方から飛んできた妨害呪文に妨げられる。
先ほどからこの繰り返し。隙を狙った一撃は、呪文であれば神官が、物理であれば狩人が。上手い事弾き返してくるのだ。
まあ、すべてがすべて、そうな訳ではないのだが。
「ふし、ふるえ、たて、『■■■■■』」
「ッ、フォロー!」
震脚と言ったか。とある流派の踏み足を交えたそれにより、『心動』の呪文の効果を拡大させた一撃で、ガズルの踏み込みが大きくよろめく。
すかさず割って入った道着男の事を無視し、一足飛びに後衛へ向かう。
無論それで崩せる手合いな訳無く、即座に体勢を整えたガズルが割って入るが、それで充分な成果である。
「おや?また距離が伸びましたが、何時まで自分と遊んでくれるおつもりですか?トップクランとお聞きしましたが、随分お暇なご様子ですね」
自分の攻撃可能圏内は、最初の数合の打ち合いで向こうには散々見せつけた。
それを警戒して後衛が下がれば、その分前衛が間合いを取る為立ち位置を変える。
そうして最大で広間の三分の一程、皆を逃がした通路との距離はその位を保ったままで。何なら始めの方よりは、幾分距離を稼げている程だ。
魔物が突っ込むのはもうどうしようもないが、この四人だけは何としてもこの場で足止めし続けよう。
「埒が明かないよ、首領。こいつ、ホントに素人なのかい?」
「胆力と言い、戦略と言い、随分と戦い慣れた手合いですよ。……と言うか、どれだけ魔法を使えるんですか。私の方が先にガス欠になりそうですよ」
「すまねえ大将。こいつ相手じゃオレは、文字通りに手も足も出ないぜ」
「何、それで良い。……時間はこちらの味方、このまま削りきればそれで勝ちだ」
厭戦気分に浸っていた向こうのパーティー、コチラの策通りに事は進んでいたのだが、流石にそれだけで折れる程向こうの柱は易くない。
消極的になっていた面子が、ガズルの一言でやる気を出して動き始める。
その動きは会敵当初のそれで、疲労の嵩んだコチラからすれば、実にやり辛い事この上ない。
出来ればもう少し隙があって欲しいのだが、魔物の群れはどうしてかコチラを見るなり踵を返して逃げ去るばかり。『鈴鳴り具足』にそんな効果は無い以上、向こうのパーティーが何か悪さをしているのか。
とは言え向こうの動きを見るに、どうやら魔物がコチラに来ないのは向こうも想定していない挙動らしく、何処か苛立ち交じりの視線を感じる。
「仕方ありませんね。……ここは、プランBで行きましょう」
先ほどから数分変わらぬ位置取りに、最初にしびれを切らしたのは何と後方の神官の男。
プランBなる面妖な文言と共に、何故か陣形の前目に陣取る。
そこは一歩踏み込むだけで魔剣の射程圏内だと云うに、随分と度胸の据わっている事だ。
そう思ったのは、間違いではなかったらしい。
「プランBって、アンタ何言ってんだい?」
女狩人が小首を傾げ問いかけたその瞬間、神官がコチラへと向けて走り出す。
向こうの驚愕の表情を見るに、これは打ち合わせにはない行動の様で、プランBとは何だったのか。
膾にされたいと言うのなら、そうしてやるのが人の情けと言う物だろう。
「めで、みず、はらへ、『■■■■』」
手首の返しで振るった剣閃。刀身のその延長線上に展開された魔力の力場が、通り過ぎる万物を分け隔てる魔なる剣技。
初撃にて魔物の群れを二分割した、絶死の剣閃が神官一人に向かって奔る。
不可視の刃を前にして、避けるも防ぐも容易ではなく。呆気なく両断された神官は、而して死力を以って呪文を紡ぐ。
「『リヴァイブ』!」
両断されたはずの胴が、広がり視界を防ぐ血飛沫に紛れ、燐光の中再び一つに戻りゆく。
通常在り得ぬその光景に、咄嗟に付き出した切っ先が神官の喉元を貫き通す、その瞬間。今戦闘最大の失策を悟る。
「もう一つ!『インヴァネラブル』!ガハッ」
突き刺さった剣毎、自分の左腕を捉えて離さぬ神官の男。
細身であっても成人男性、況してや脱力した人間の身体程重い代物も他にない。
「勝手な事を、……よくやったぁ!」
その隙を逃さず、ガズルが素早く広間を横切る。
その背を追撃したい所だが、生憎コチラの剣は神官の胸の中。唯一振るえる腕すらも、確りと抱え込まれてしまったが故にこの場を動く事も難しい。
これで残った二人も突破しようとしていたならば、コチラも形振り構わず全力を振り絞る場面だろうが、向こうは通路側を背にしてこの場を堅守する構え。
この状態で暴れられる程の余裕もなく、結果神官の姿が燐光の中に搔き消えるまで、自分はこの場に足止めされてしまったのだ。
「見せ場は取られちまったからな。……すまんが、ここから先は通行止めだ」
「業腹だけど、しょうがないね。……アイツにここまでさせたんだ、楽にくたばってくれるなよ」
先程までもその視線に油断の色はなかったが、今の二人の瞳の中には、先刻まではなかった筈の覚悟の光が点っている。
余程信頼されて居たのだろうか、かの神官は。
だがそれは、コチラの言葉でもあることを忘れて貰っては困るのだ。
「……すみませんが、ここからは少々本気で参ります。御覚悟を」
通路内の魔物の群れは、ガズルにも容赦なく牙を向く筈。少なくとも、彼らの動きはそれを念頭に置いていた物で、今さら単独行動だからと変わる物ではないだろう。
ならば先んじて通路に逃げた皆が無事かと言われれば、それには首肯を返すだけの材料もない以上、自分に出来ることは一刻も早くガズルを追いかけ、その素っ頸を切り落とす事だけ。
それを阻むと言うのなら、誰が相手でも容赦は出来ない。
「赤居度流具足術、門下生アズマ。推して参る!」
「……せめて、映えは重視してやるよ。……魔物使いの『シシーラ』、容易く落とせる首と思うな!」
名乗り上げとは随分古風な。それで少しでも時間を稼ごうと言う魂胆だろうが、良いだろう、乗ってやる。
『我が名は『アスラ』、異邦の剣士。……邪魔立てする者は、一切合切切り捨てる』
名乗り、応えて、一歩を踏み込む。今までの余裕を一切排除した、本気も本気の踏み込み。
特異な構えを見せる道着男を放置して、その隣の狩人の頸を断つ。
疾風の如き一閃は、庇いに入った道着男の左腕を一刀の下に切り落とし、その上でなお狩人の頸へと目掛け直走る。
先とは一線を画すその一撃に、冷汗を垂らしてむざむざと首を晒すしかない狩人。されど道着男は諦め悪く、構えた小太刀を軌道に挟み、これを防ごうと画策するが。
『無意味だ。……言っただろう?邪魔立てする者は、一切合切切り捨てる、と』
このまま、小太刀毎切り捨ててしまっても構わぬが、そこまで手の内を見せる必要もない。
切っ先に纏わせた魔力を用いて、刀身を勢いよく手元へ引き戻し、その上で再度鋭く突き出す。
斬撃から刺突へ、線の攻撃から点の攻撃へと変化せたそれに対応しきれず、道着男の右腕が飛ぶ。
名乗り上げの前の交錯の際よりも、刃の通りが良くなっているのは、恐らくそう言った類いの魔法持ちだったのだろう。武器を使わぬ代わりに自身の肉体の剛性を強化する、単純ながら強力な魔法か。
跳躍の魔法と言い、自己強化に秀でた優秀な戦士だったのだろうが、相手の土俵で戦う必要は一切ない。
三合、逆手に握り直した剣を、静かに素早く道着男の首元へ沈める。
蹴撃の類いには不慣れだったか、最期の一撃は甲冑の首元目掛けた噛み付きと、随分お粗末な代物で。それで取れる首と思ったか、なれば見誤ったやも知れぬ。
「良くやったぁ‼」
……見限るのは、早計だったか。随分とガズルは慕われているようだ。誰も彼も我が身を顧みず特攻を仕掛ける等、どれ程の人誑しなのか、あの御仁は。
「爆ぜろっ『インプロージョン・ボム』!」
とは言えだ。見栄えを気にするとの話は何処に行ったのか。
人間爆弾など放映できるのか、このご時世に。
それ程強力な手札、先の神官に使わなかったのは何故なのか。
無論先ほど使わなかったが故に、こうして喉元で爆発を喰らっているので、一概に向こうの失策とは言い難いが。
流石に至近距離からの爆発を喰らって、無傷で済むほど『鈴鳴り具足』の守りが硬い訳でも無く。
きらきらと輝く結晶を撒き散らしながら、哀れマナ結晶の甲冑は、空気へと解けて消えていく。
「……ハッ。これで、手傷の一つも与えられないってのかい」
尤も、砕け散った甲冑に包まれていた身体は無事なまま。そもマナ結晶で編まれた甲冑だ、構造の一部分だけ解いて離脱するなど朝飯前。
あれが腕に抱き着かれたとあれば話も別だが、噛み付いた程度では制止するにも不十分だったな。
「まあ、これで勝負はイーブンさね。……まだまだ魔物はこっちに来るよ。頼みの甲冑を失って、それで仲間を助けに行けるのかい?」
力なく笑う女狩人。何時の間に引き裂いたのか、その腹からは赤い燐光が立ち上っている。
始めの咆哮が魔法の条件と思っていたが、自傷によっても発動するのか。
……或いは、咆哮と芳香を掛けた洒落のつもりなのかも知れない。
「貴女は?最後の一撃を入れようと言う気概は無いんですか?」
「アタシが生きている限り、アタシの魔法が近くの魔物を惹き寄せる。……こうして話している間にも、アンタらは不利になっているのさ」
舌を出して、嘲笑のつもりか。ならばコチラも一つ、手札を明かそう。
「なら、一つお見せしましょう」
心中から汲み上げた鉄錆色の魔力、それを呼び水に周囲の魔力を巻き取り染める。
元より『無銘』はこの様にして使う物。周囲の魔力を元手に、ノーコストでの自己強化を施すのが主題の技術。そうでもせねばついて行くのがやっとの戦場にて、心許ない魔力量を誤魔化すための苦肉の策であって、強化能力自体はある程度は度外視している代物だ。
『これが本来の姿……の一部です。お好きに呼んで構いませんが、お勧めの呼び名は『数打ち』とでもしておきましょうか』
帷子に鎧下、脚絆もあって漸く鎧の体裁を為してきた様な、していない様な。その程度のどっちつかずの代物だが、今はそれで十分な筈だ。
「……ガス欠になってたんじゃないのかい」
最早コチラを嘲笑する様な気力も無いのか。言葉尻には出会った当初の気っ風の良さの欠片も無い。
『発動時の魔力量は、自分の物、とは限定していませんからね。……周囲を漂う魔力、その全てが対象ですよ』
甲冑の兜越しでもコチラの視線を悟ったのだろう、女狩人は呆気に取られたように笑う。
「死にぞこないから徴収するなんざ、アンタ随分と悪い男だね。ウチの首領に負けちゃいないよ」
『恨み言があるなら、聴きますが』
作り直した右腕で、鉄剣を高く掲げて構え直す。
せめてと思う訳ではないが、これでガズルの足を止める一言でも引き摺り出せれば棚ぼただ。
「いらないよ、そんな……いや、そうだね。……くたばれ『イn』!?」
辞世の句ならいざ知らず、最後っ屁を喰らってやれる程今の自分に余裕は無い。
一刀の下に首を断ち、これで漸く皆の救援に向かえる。
既に時間は残り少ない。せめてガズルだけでも殺さねば、向こうに戻って合わせる顔がないではないか。
狭い通路に金属音を鳴り響かせ、並み居る魔物を切り捨て走る。
最早皆の為に出来る事など在りはしないが、せめて手向けを送る為にも、戦場へと向かわねば。




