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ウォーデン・グランマティカ  作者: 二楷堂禅志郎
第三章 それは初めてのお祭り騒ぎ
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第四十二話 夜は短し、歩けよ男児


 結局あの後は飲めや歌えやの大騒ぎ。しこたま浴びる程酒を頼んだ旅鴉が足りぬ金子を漁る為、隣の酒場に越した以外は何事も無くお開きとなり、銘々割り当てられた部屋へと下がった後。

 自分は寝るに寝付けず、まんじりともせず更けていく夜を待っていた。

 

 本来であればログアウトすればいいのだが、生憎と今は勝手が違う。イベント内の空間は時間加速中の為、ここでログアウトすると戻って来るのに煩雑な手続きが必要となる事から、定められたタイミング以外でのイベントエリアへの出入りは非推奨となっている。

 その為、残念ながら今抜けてしまうと流石に明日の集合時間に間に合うかどうか定かでない故、こうして一人無聊をかこっているのだ。

 出来れば何か暇をつぶせる物でもあれば良かったのだが、残念ながら質素な部屋には備え付けの小机と寝具の他には何もなく、かといって外を眺めようにも窓は嵌め殺しの為開けようもなく。

 

 全く以って暇な事だ。尤も、寝ずにいた場合何らかのペナルティが発生するそうだが、これには個人差もあるそうなので、自分ならば一晩程度は問題ない筈。


 とは言え横になったまま天井を見上げていても仕方がないし、一つ夜風でも浴びてみようか。河岸を変えれば何か変わるかもしれないし。



 そうして外に出た物の、既に夜も更け宿の一階も店仕舞い、真っ暗な大路がまるで怪物のように黒々とした喉首を開いているだけの有様で、待っていたのは実に侘しく物悲しい光景であった。

 本来であればこれからが書き入れ時だろうに、或いはゲームの中だから皆健全なのだろうか、通りを通る人影も見えない。


 薄ら寒い風景に、踵を返して宿に戻ろうとしたその瞬間、真後ろから一つの足音が響いてくるのが耳に届いた。


「ん?誰かと思ったら、アスラじゃねえか。……どうした、眠れないのか」


 振り向けばそこに居たのは、我等がパーティーの大黒柱たる前衛戦士のジャンク殿。

 ゆるりとした風体は恐らく部屋着の類いだろうか、向こうもゲームの中では寝るに寝付けず深夜徘徊を企てていると見た。


「こんばんは、良い夜ですね」


 ここで洒落た挨拶の一つでも出来れば女性受けは良いのだろうが、生憎コチラはそのような経験とは無縁の身。返せる言葉は情景をそのまま切り取った物くらいでしかない。


 何をするでもなく隣に並んで空を見上げる。見えるのは青白い月と輝く星々、向こうでは良く見ていた光景だが、こんなものに郷愁を抱く様になってしまうとは。都会の夜景が恋しくなってしまうでは無いか。


「明日も早いぞ、と言いたい所だが、別段そんな訳でもねえ。……少し話でもしていかないか」

「良いですよ。……何か、自分に聞きたい事でもありましたか?」

「まあ、それは色々とあるんだが、取り敢えずだ」


 不意にコチラへと振り向き、ひたと目線を合わせてきたジャンク殿。真剣なその視線には、まるでコチラを突き刺そうとする程の目力がある。

 まるで告白の直前とでも言うかの様なこのシチュエーション、一体これから何が始まると言うのだろうか。


「お前のお蔭であのボスを突破できた、ありがとう。これからも、頼りにさせて貰うからな」


 内心戦々恐々としていれば、向かってきたのは何の衒いも無い真っ直ぐな感謝の言葉。

 ああだこうだと騒いでいた自分が恥ずかしくなる程、余分な要素が何もない、そんな真摯な言葉であった。


「……自分一人の力だけでは無いでしょう」

「そうでもないさ。あの状況、お前が居なけりゃ覆す事は不可能だったし、そもそもこのパーティーの要はお前だからな。……無理をされるとこっちが困るんだ」

「買い被りですよ、それは、いくら何でも」


 唐突なむず痒い展開に、鼻で笑い飛ばしながら話半分有耶無耶に流そうとしていたのだが、向こうは離す気が無いらしく。


「そんな事は無い。ハッキリ言うがこのパーティー、碌な面子が居やしないからな」


「呪術師も占星術師も、どちらも一般的には下の下と評されるタイプの職業だ。呪術師の毒の火力なんざたかが知れてるし、行動制御も普通の術師はあそこまで高くない。占星術師に至っては戦闘のサポート役が精々で、あんなに積極的に参加できる奴は始めて見たくらいの物だ」


「吟遊詩人も下馬評じゃあ低い方さ。大規模戦闘なら兎も角、少数での戦闘中に支援に掛かりっきりになる人員なんざ、そう上手く使える奴はいないしな」


「付け加えるなら、このゲームをやっているのに魔法に疎い奴なんて、それこそどのパーティーでも村八分にされるだろうさ」


 つらつらと、コチラが口を挟まないのを良い事に、言いたい放題パーティーの面子をこき下ろしたジャンク殿。

 一頻り言いたい事は言えたのか、一息ついて何とはなしにコチラに視線を向けて来た。


「だから、まあ。お前には期待しているんだ、明日も頼むぜ」


 浮かべた笑みは何処か草臥れたような力ないもので、まるで笑みと言うより抜け落ちた感情のその最後の一片が、顔に張り付いたかのように無機質な物であった。


 片手を上げたきり、コチラの様子を窺うこともなく宿へと戻ったジャンク。

 その後姿は実に小さな代物で、まさに等身大の人間とでも言うべきか、煤けて見えたものである。


「……要、ねえ?……()()?、どうかしてるよ、全く」


 ぼやいたところで暗闇はなんの返答も返してくれやせず。

 全く、何処をどう見たら自分なんかが頼りになるんだか。

 

 そして、話し相手になってくれるかと思っていた相手に手酷く振られてしまった以上、最早暗闇の中に帰らぬ言葉を放るより他に術もなく。


「どうしてこう、オッサンばっかりに頼られるのかな。……出来れば、可愛い女の子。それも綺麗系で、清楚な見た目の娘に頼られたかった人生だよ、ホント」


 まるで心の奥底の澱が滲み出たかのように、無意味な独白が止まらない。どこに誰が居るとも分からないのに、全くもって不用心なことだ。もしも内容を聞かれていたら、鏖殺だけでは済まないと言うに。


「でもまあ、そんな娘は、頼る相手が居るんだもんな。僕はいつだって二番手だよ。……いや、三枚目かな」


 この暗い闇夜のその向こうに、いつか見た絢爛な場所があるのだろうか。

 どこを向けばいいかも分からなければ、どこに進めばいいかも分からぬ有り様。こんな所を見られてしまえば、何時だかのように罵詈雑言で叱咤激励という名の折檻を食らうに違いない。


 だが、それでも。


「こんな夜は、君に会いたくて仕方がないよ。……逢えるのかな、この先で……」


 独りの夜なのだ。少し位、弱音を吐いても許されるだろう。

 明日になれば、否が応にもまた剣を手にする事になるから。

 

 だから、今はまだ。こうして星を眺めながら、君のことを思い返して居ても良いだろうか?

 

 

 輝く月と星の降る中、暫し在りし日の残影を思い描く夜であった。


 




 明くる日の朝。眠気覚ましに軽い運動をこなした後、優雅に食堂で一人珈琲を嗜んでいるとちらほら人影が顔を出す。

 それはほとんどが街の住人の様であったが、ごく一部、()()と思われる人影も見えた。


 尤も、その殆どが先を急ぐように足早に去ってゆくのを見るに、彼らは纏まって宿を取りはしなかったのだろう。或いは、集合時間に寝過ごしでもしたのか。

 何れにしても、こんな早くから駆けずり回るなど、実に勤勉なことである。

 未だ誰一人降りてくる気配のないうちのパーティーの面々に、爪の垢を煎じて飲ませたいくらいのものだ。


「おや、おはようございます。随分とお早いんですね」


 内心、内と外のギャップに困惑していると、漸くパーティーメンバーの一人が二階の部屋から降りてきた。

 しっかりと身嗜みを整えたその姿。吟遊詩人として見れば素晴らしいものではあるのだが、それらなもう少し早く起きたら良いものを。旅人の無精ほど無意味な物はないと言うに。


「もう、すっかりと日は昇っていますよ。それで言うなら、『おそよう』ですかね」

「いやぁ、まだ時計は八時台ですから、『おはよう』の範疇ではないでしょうか?」

「……これは、少々議論の余地がありそうですかね」


 とは言え未だ人員は集まりきらず。上階の気配を察するに、身支度にはまだもう少々掛かりそうな様子。女性を急かすほど甲斐性なしになりたくもないので、ここは旅鴉と雑談でもして時間を潰して過ごしていようか。


 そうして取り留めもない話で場をつなぐ事暫し、三々五々とパーティーメンバーが揃い始める。

 鎧を着込んだジャンク殿、時計に加えて紙片をあしらった飾りを身に着け始めたモーラス君、昨日と変わらず暗い雰囲気と明るい配色がミスマッチなシャティちゃん。


 デコボコで、どこか足りない所のあるパーティーメンバーではあるが。それでも、このパーティーメンバー以上の人材を、早々見つけられるとも思えない。

 会って直ぐでも、その位には信頼も信用も置けるメンバーたちだ。


 今日からいよいよ、本格的にイベントに参戦する訳なのだが。

 この面子で何処まで駆け抜けていけるのか、全く持って楽しみで仕方がない。


全く以って今さらな話ですが、高評価やコメント等、頂ければ執筆の励みになります。

もしも忘れていた、と言う方がいらっしゃいましたら、是非ともよろしくお願いいたします。

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