第四十話 決着の時は、今
「行くぞ小僧ども、俺に続け!」
満身創痍の身体を押して、戦士殿が最前線を突き進む。武器を失い傷だらけの体であるが、その目はしかと敵を見据え、尽きぬ闘志に燃え上がるかのよう。
握りしめた拳をゴブリンチーフの腕へと突き刺し、向こうの攻撃をいなしがてら、ゴブリンゾンビの攻撃を防ぐ即席の盾へと変えてみせる。
疲労は確かにあるだろうに、ここに来て彼の技の冴えは留まる所を知らず、一方的なまでに二体のゴブリンを完封していた。
「『か〜ごめ、かごめ。……うしろのしょうめん、だぁ〜ぁ、れ』!」
戦士殿一人きりでもそうであるのに、ここに増援なんぞが加わった日にはゴブリンどもの命運も尽きたも同然。
そして、復調したうちの後衛たちは、そんじょそこらの魔術師とは訳が違う。
呪術師ちゃんの放った呪文は、古い民謡、或いは子供の遊戯をモチーフにした代物だろうが、どのような効果なのか今一つ判別が難しい代物であった。
ゴブリンチーフの足元に不可思議な円が描かれると、なんと瞬く間に対面で向き合っていた筈の戦士殿の姿が二つ三つと増えたのである。
歌のモチーフ通りの効果ならば、ここで本物を当てないと鬼役から逃げれないとかそんな感じの効果なのだろうが、それだけで終わる訳が無い。
「グルッ、ギャアァァ!」
威勢のいい遠吠えと共にゴブリンチーフは一撃を叩き込もうとしたのだろうが、その攻撃は敢え無く薄墨色の膜に遮られ、その代わりと言わんばかりに後方から強かな一撃を受け、勢いよくつんのめっていた。
今の挙動で大凡の概要は把握したが、これまた何とも恐ろしい呪文である。初見では確実に引っ掛かるようにしている辺り、見た目通りに実に陰険な代物だ。
そうしてゴブリンチーフが無様に右往左往している間にも、着々とコチラのパーティーは決着のための準備を重ねていた。
呪歌による支援を重ねた大魔道士君の呪文が、再び広間の闇を切り裂き奔る。
三本目の触媒は転がっていたスプーンか、銀の特性さえ転化できれば元は何でもいいのだろう。先と変わらぬ威力の一撃によって、復活したばかりのゴブリンゾンビは再度地面を舐める事となっていた。
そうしてチーフの相手を戦士殿が務める間に、あっという間に制圧されたゴブリンゾンビ共。一応は再度の咆哮防止のため、一体だけ殺しきらずに残しているが、恐らくはその必要もないだろう。
遮二無二掛かって攻撃の手を休めようとせぬ今のチーフに、周囲の様子を窺うような、知性ある振る舞いは欠片も見られない。
そうして大ぶりの攻撃を繰り返していれば、おのずと隠し通してきた弱点も明らかになると言う物。
「皆さん!チーフのじゃらじゃらした首飾り、それが状態異常の源泉です。早急に破壊をお願いします!」
不自然に魔力を吸い寄せていた首飾り。その向かう先が他のゴブリンらである辺り、再生するからと放って置けば再度の咆哮による状態異常が待っているのだろう。実に面倒な仕様である。
それにしても、今暫くの猶予はある為急がなくても問題はないが、コチラ側に現状飾りを撃ち抜ける余裕の有る人材は居ないらしい。
吟遊詩人は支援の方に忙しいし、戦士殿はもう暫くは休んで居なくば使い物に成らぬだろう。であればと大魔道士君に視線を向けるも、返ってくるのは無念そうな首振り。魔力切れには早いので、恐らくは呪文の方のクールタイムが空けていないのか。
コチラは漸く具足を再構築できそうな所なのだ、前線に立つにはもう少しだけ時間が欲しい。
「それなら今の魔法の効果が切れ次第、次の魔法で首飾りを破壊します。少しで良いので、相手の動きを抑え込めますか?」
会ったばかりの頃のおどおどとした雰囲気など欠片も無く、切れ長の目から覗く瞳には、真剣そのものな光が宿る。
「分かりました。全力を尽くしましょう」
そも、首飾りの破壊はコチラから願い出た事。頼みの綱の戦士殿にはもう少し休んでいて貰って、ここは自分が獅子奮迅の活躍で皆の視線を釘付けにせねば。今の所一番仕事をしていないのだから、このままでは動画にした所で見所が無くなってしまう。
再構成した足を地に着け、クラウチングスタートの姿勢を取る。
見た所、もう少しもせず呪文の効果は切れるはず。その瞬間を逃さぬようにしなくては。
そう身構えていた自分の目の前、薄暗い帳に覆われていたチーフの身体が突如として外界へと放り出される。
呪文による拘束効果が切れたのだ。
咄嗟の事に目を白黒させ、状況を確認しようと一瞬視線を逸らしたその瞬間を逃すこと無く、自分のタックルが強かにチーフの身体を薙ぎ倒す。
腰を捕えた左手を、そのまま下ろして脚を捉える。片手で出来ることは限られているが、地面と両足も使えばそれなり程度には拘束も可能だ。
苦悶の声を上げようと、息を吸い込むその瞬間に、弛んだ間接を更に追加で締め上げる。ここまで来れば十分だろう。
「『赤い鉄、燻る景色、滲む汗。鉄は打たれて熱くなる』!」
可愛らしいその声音で、歌い上げる詠唱は中々物騒な内容だ。
「『ヒート・メタル』発動!」
呪文が効果を結ぶやいなや、ゴブリンチーフの苦悶の叫びが木霊する。
持っている鉈や錆びた首飾りが紅く輝いているのを見れば、呪文の効果は明白だ。
武器を放って首飾りも引き千切り、そこまでして漸く人心地が付けるだろうが、当然そんな事出来る筈もなく。
「アスラ、そのまま抑えとけよ!……沈めっ『ヘヴィストライク』!」
駆け寄ってきた戦士殿の一撃で勢い良く弾き飛ばされ、残る三人からの追撃も受けてはいくらボスとて耐えようも無く。
集中砲火の中、憐れゴブリンチーフはその身を燐光へと変え跡形もなく消え去る事となったのであった。
「どうにかなった様だな。……取り敢えず、皆お疲れ様だ」
ボスの消滅を確認した戦士殿が、ゆっくりしゃがみこみながら皆に告げる。
戦闘の疲労からか大の字に倒れ伏した戦士殿。周囲の皆は歓声を挙げるかと思えばどうした事か、顔を見合せ何とも言い難い表情をしていた。戦勝となればする事は一つだろうに、何故誰も動かないのか。
「ふむ……、こう言った場面において、行うべき行動は一つしかありません」
どうやら本当に理解が及んでいない様子。ならばここは自分が率先して動かなければなるまい。
両手、は挙げられないので左手だけを頭の横辺りに挙げ、同じように手の平を掲げてくれた大魔道士君の手に向けて、自分の手を勢い良く打ち付けた。
皆、始めはキョトンとしたような顔をしていたが、ようやく得心がいったのだろう。全員で笑顔を浮かべ輪となって手を打ち合わせ、一拍をおいててんでばらばらな歓声が上がる。
今まではどこか一線を引いた様な、堅苦しい雰囲気漂うパーティーだったが、今はどこか一体感を覚えるようなそんな雰囲気が漂っていた。
「おう、取り敢えずはお疲れさんだな。……この後は、あの扉を潜れば良いんだろうな」
大の字から胡坐に移行した戦士殿の見つめる先、ほんの数分前までは壁しかなかった筈の其処には、忽然と豪奢な飾りに装飾された一枚の扉が出現していた。
「おそらく、そうであろう。……ここに来た時の扉と紋様の意匠が似通っている、再び転移を挟んで移動するに違いない」
何時の間にやら扉の傍に陣取っていた大魔道士君が、扉の仕組みを検分しながらそう告げる。
前回しこたま触るなと言っていた故に、今回は触らぬように注意しながら見ているのだろう。その前に、斥候役の安全確認を挟めと何度言ったら分かるのか。
とは言えボス戦の直後で大層な罠を仕掛けてくる事など早々あるまい、少なくとも、ここから更に先に進んだ所で出てくるような物だろう。
尤も、これが現実の戦争であるなら、ここぞとばかりに新兵狩りが捗るだろうが。
人こそ唯一無二の刃なり、とはいったい誰の言葉だったか。何れにしろ、土台なくば城砦は崩れるように、兵士が居なければ軍隊とは戦えないのだ。こんな場面、見逃す者は利敵行為に他ならない。
「はいはい、一旦下がって下さいね。先ずはコチラが安全確認を終えてから、そこから先があなたの仕事ですよ」
魔眼と肉眼、双方目視で確認するが、まあ流石に罠の類いは確認できず。
その他簡易の探知にも何の反応も無いのを見るに、この扉は安全であり、ここを通らなくばこの先へは進めないという事だろう。
すっかりと身体を起こした戦士殿へと振り向きざまに頷きを一つ。返ってきたのは同じく頷き。まあ斥候役とはそういう物だ、ここは大人しくリーダーの指示に従うとしよう。
豪奢ながらも実用的なドアノブに触れる。その瞬間にどこか遠くへ、等という事は当然なく。
押し開いた扉の先。輝かしき光景と共に何処から流れる喧騒が次の冒険を示唆する様で、柄にもなく踏み込んだ一歩が軽やかな音を立てるのを感じ取ってしまった。
迷宮の薄暗さとは無縁の、眩いばかりの光が視界を満たす。次の瞬間、耳に飛び込んできたのはひしめく人々の話し声。
露店の威勢のいい掛け声、屋台の食欲そそる香しき響き、そして遠くから聞こえる馬車の轍の音――。
五感を刺激するあらゆる情報が、体の中に流れ込んでくるのをひしひしと感じる。
「これは……、街か?」
背後から、驚きと安堵が混じった戦士殿の声が聞こえた。続いて三人もゆっくりと扉に足を踏み入れたのだろう、真後ろの空間が歪んだのが今ならば分かる。恐らくはこれが転移の予兆だ。
そうして皆揃ったのだろう、息を呑むような音が続けて三つ。振り向けば皆同じように、まばゆいばかりの光景に思わず目を細めていた。
「どうやら、扉の先は別の拠点へと繋がっていたようですね。ひとまずは、宿でも見つけて体勢を整える事を優先しましょうか」
いまだ呆ける四人を見ながらそう提案し、ついで改めて周囲を見渡す。
通りを行き交う人々、並び立つ色とりどりの建物。活気に満ちたその光景は、先ほどまでの死闘が嘘のように色鮮やかで、確かにここがゲームの中の世界なのだと感じさせる。
しかし、通りを行き交う人々中には、自分たちと同じように草臥れた風情の者たちも居るのが見て取れた。
いまだイベントは始まったばかり。ここから先、どのような展開が待っているのか、実に楽しみな光景である。




