第三十九話 そう素直にはいかぬもの
戦闘当初は展開が危ぶまれたものの、こちらが優勢のまま佳境へと入った対ボス戦闘。
取り巻きを引き連れていたゴブリンチーフも、今や残った一匹と孤軍奮闘。
戦士殿のメイスがぶち当たる度に、くぐもった苦悶の声を漏らしている。
隙を見せぬよう、戦士殿が小振りな攻撃に終始していた為ここまで持ち堪えられたようだが、これより先はそうも行くまい。
じわりじわりと毒と火の粉で生命を削られ、いい加減焦燥感も掻き立てられていたところ援軍の宛も無くなったのだ。これで焦らぬ訳がない。
「グルルゥゥゥ!」
焦ったチーフが唸りを上げ、大ぶりな一撃を叩き込もうとしたその瞬間に戦士殿が鋭く盾の打突部で、ゴブリンチーフの胸元を突く。
体重と速度を乗せて放たれたその一撃に、チーフは酷く咽込み隙を晒すが、素直にそちらを攻撃する訳もなし。
吟遊詩人から受け取ったバフに任せて大上段に構えた剣を、駆け寄りざまに振り下ろしたのは残る一体の取り巻きゴブリン。
不意を突いたと言えるほど息を殺していた訳でも無いが、向こうの戦場にはここまで手を出していなかったが故に咄嗟に反応できなかったのだろう。構えた武器はおざなりで、容易く弾かれ頸動脈へと切っ先が刺さる。
元より虫の息であったのもあり、その一撃で最後の取り巻きも撃沈し、残るはボスが一体だけ。ここまでくれば楽勝だ。
そう内心思ってしまったのがいけなかったのだろうか。
取り巻きを全滅させられた事に気付いたチーフが大きく息を吸い込むや否や、想像もつかぬ程の大声で吠え猛ったのだ。
恐らくは部下の全滅をトリガーとした特殊行動の類い、ボス戦闘にはよくある部類の効果だろう。問題は、それが二つの効果を併せ持っていた事か。
軽度のスタンによって身動きを封じられたのと同時、パーティーのステータス欄に幾つかの見慣れぬアイコンが点灯する。
それは多種多様な状態異常を表すアイコン。詰まる所このパーティーにとっての鬼門である、防ぎようの無い範囲状態異常攻撃を喰らった事を表しているのだが、それだけで話はすまない様子。
倒れ伏していた筈のゴブリンどもが、土気色の肌を晒しながら再び立ち上がったのだ。
生前とは違った緩慢な動作で距離を詰めようとするゴブリンゾンビ、平常時ならばたいした脅威ともなり得ないのだが、生憎と今は状況が悪い。
「アスラッ、止められるか!」
戦士殿も必死になってチーフの攻撃を避けてはいるが、先ほどまで握っていた筈のメイスが足元に転がっているのを見るに、中々危険な状態のようだ。
況んや向こうの少年少女は、重なった状態異常にそれだけでもグロッキーな様子。援護は暫く期待できそうにない。
「すみませんが此方も手一杯です!残りはお願い致します!」
飄々とした様子をかなぐり捨てた吟遊詩人がそう告げて来るが無理もない。
相手は痛覚も思考能力も無い死体の類い。ダメージの低い投擲攻撃では足止めもろくに出来はしないだろうに、それでもどうにか手近な二体は引き付けている辺り、旅鴉もやはり相当な手練れであることが窺える。
とは言えいつまでも引き付けていられる程の余裕は無く、況してや他への援護など無理難題。
状況を打開するためにも、出来ればコチラも直ぐに向かって上げたい所なのだが、そうもいかない理由があるのだ。
「すいません!右足に不具合ありまして、直ぐにはそちらに向かえそうにはありません。もう暫くお待ちを!」
何が影響したのかは分からないが、まさかマナ結晶で構成された具足が解除されるとは。なるとしても少なくとももう少し後だと思っていたのだが、とんだ想定外である。
「おまっ、そう言う事は先に言っとけ!馬鹿野郎が!」
全く以ってその通りすぎて、戦士殿の罵倒が耳に痛い。耳だけでなく打ち付けた膝も腕も痛いが、今はそんな泣き言、言っては居られぬ。
問題は具足を再度構築しようにも、うんともすんとも言ってはくれぬ現状だろうか。これでは這って動くの精々で、ゴブリンゾンビにも劣る機動力しか出し得ない。
とは言えコチラの手札は剣のみにあらず、魔術の類いも扱えるのだ。起死回生の一手くらい、気合と根性で手繰り寄せて見せようでは無いか。
そうしてかっ開いた左の魔眼、常のそれよりも入る情報を絞った等級落ちの代物であったが、それでも案外有用な情報の一つや二つは手に入る物らしい。
「ゾンビの弱点は『銀』と『塩』!……誰か、お客様の中で調理の得意な方はいらっしゃいますか!」
まあ、それを活かせるかどうかはまた別の話な訳で。
頼みの綱な薬師は現在臥せっている呪術師ちゃん一人だけ。当然ながら自分の手持ちに有るのは保存の効く囚人用の糧食のみで、銀の様な高価な物はたとえ持っていたとしても、あの時収監された際全て没収されたに決まっている。
勿論、それ以前にそれらのアイテムを手に入れていたなんて話、ある訳もない。
戦士殿も当然の如く期待できない手合いだろうし、これは万事休すだろうか。ゾンビが倒せないようでは、ここから挽回する方策が全く考えられないのだが。
「『銀』……それに『塩』、ですか。……お任せください。この局面、ワタクシが何とかして見せましょう!」
そう声高らかに歌い上げたのは戦力からは除外していた吟遊詩人。
野伏、斥候としての技量に信は置いているが、さりとてそれ以外の方面でも活躍できるような為人とも思えぬ者だが。
必死こいて詠唱を紡ぐコチラを嘲笑うかのように、彼はいとも簡単に懐から幾つかの食器と、白い薬瓶を取り出して見せた。
「そ、それは、まさか!」
「そう!そのまさかの『塩入りビン』と『銀食器』です!」
「寸劇は良いから、早く如何にかしろ!アスラ、指示出せ指示!旅鴉、しくじるなよ!」
別段おちょくっていた訳では無いのだが、しびれを切らした戦士殿からこれ以上痛烈な文句を賜らないよう、自分の仕事に戻るとしよう。
「『銀』は特攻ダメージを与えます、心臓部や脳幹辺り目掛けて投げてください!『塩』は次の工程で使うので、そのまま大事に仕舞っておいてくださいね」
「イエッサー!」
威勢良くも何処か軽薄な返答の旅鴉。されどその手つきは驚くほどに淀みなく、銀の食器を器用に掴み取るや否や、正確無比な投擲を見せる。彼の視線は自分の視線の向きを正確に捉え、蹲ったままの二人に迫るゴブリンゾンビ共へと突き立った。
風切り音と共にゴブリンの頭蓋に突き立ったフォーク。びくりとした動きは生理的な物か、はたまた死んだ脳髄が自らの危地を悟ったのか。どちらにしてもゾンビ共の本能を抑えるまではいかないようで、緩慢な動きのままに二体のゴブリンは二人にそのまま襲い掛かろうとする。
それでも度重なる攻撃には耐えかねたのか。胴や頭のみならず、足腰までもハリネズミとなったゴブリンは、無様に顔から地面目掛けてダイブした。
「ぬっ、ぐおおおお!」
あともう少しでコチラの状況は好転するのだが、その前に向こうが限界を迎えそうな様子である。
武器を失い盾と己の身一つでゴブリンチーフに立ち向かっていた戦士殿だが、流石に無理が祟ったのかその身は至る所傷だらけ。先ほどまでとは違い左の足を引き摺っているのを見るに、彼一人では戦線をそう長くは持たせられないに違いない。
「二人とも、あともう少しの辛抱ですよ。旅鴉さん、塩を二人の身体に掛けてください。……自分たちの分も残しておいてくださいね」
悪霊退散には塩と相場が決まっているが、あれはあくまでそう言った所できちんとお清めをした塩だからこそ効果がある物だと思うのだが、効果があるなら文句も言っては居られない。
後何故にゾンビ化と状態異常に繋がりがあるのか、今の魔眼ではそこまでの情報は深堀出来ないので不明だが、ここに来てさらに気になる謎が増えてしまったではないか。
それは兎も角、塩を被った二人の様子はどうかと見れば、立ち処に消え去っていくアイコンを見るに処方箋は正しく解読できた様子。
後は問題があるとするなれば。
「二人とも!立ち上がれるなら、こっちの二体をどうにかして頂けますか!」
地味にピンチになっていた自分の方の処理だろうか。
悲しいかな、せこせこ詠唱していたそれはコチラの二体にぶつける訳にも行かず、さりとて腕一本足一本では反撃すら満足に出来ず結局ここまで逃げ延びる事で精一杯。
もう少し手札がある状態なら戦士殿の足も無事だったのだが、無いもの強請りは後にしよう。
「……任せたまえ!我の力が必要とあれば、今すぐにでも呼ぶが良い!」
「ですから、助けて下さい!」
這いずり回りながらも逃げる自分に、真っ先に声を掛けてくれたのは大魔道士君。今一つ会話のテンポが成り立たない相手であるが、持ち得る才はその欠点を覆い隠して余りある物。
その視線からコチラの会話は聞こえて居たようだし、ある程度は任せられるはずだ。
「これを借りるぞ吟遊詩人殿!」
ゴブリンの死体に突き立ったままの銀のフォーク、それを二振り抜き去るや否や何らかの術式に通し、続いて詠唱を唱え始める。
それは見た目に似合わず要素を切り詰めた簡素な詠唱。それでも必要な文言は揃っている辺り、本当に才能に溢れた少年であった。
「『星辰よ、捧げし光、宿命の矢と為し、今解き放て』『星詠みの矢』!」
発動したのはその名の通りの呪文、大魔道士君の手の平から放たれた光は二つの矢となり、自分を襲っていたゴブリンたちへと襲い掛かる。
怪しく銀色に光る尾を引いて、音もなくゴブリンたちへと突き立った光の鏃。その一撃でゴブリンたちの胸には大きな穴が開く事となったのだ。
死霊に変質した故に、術に対する耐性を失ったゾンビだが、それでも効果覿面と云うにも程がある。
恐らくは詠唱と前後の動作を鑑みるに、触媒の効果を攻撃に乗せる類いだろうが、それをこれだけ簡潔で且つこうも強力な呪文にするとは。末恐ろしいとは正にこの事だ。
「ありがとうございます、これならばっ!」
とは言え、それで止まらないのが死霊共の厄介な点。うぞうぞと地面の上を無様に蠢く二体のゾンビの首を落とし、そこまで掛けて漸く二体の討伐が完了する。
向こうの二体は呪術師ちゃんが足止めしているが、それも首を斬らねば止まらないのだ。全く以って面倒臭い事この上ない。
「ではアスラさん、今から塩を掛けますので動かないでくださいね。……ちょっとチクッとするからね、痛かったら手を上げてね~」
内心ぼやいている合間に近付いてきた吟遊詩人が、塩の瓶をコチラに向けて振りかけてくるが、その寸劇は必要だったのだろうか。
「それって、手を上げても何もしてくれない奴じゃっ、痛っっっ!痛い痛い痛い!何これ、すっごく痛い!」
片足無いからのた打ち回らずに済んだと言えるが、いや何でこんなに痛むのだ。さっきの二人は何ともなかったように見えたが、まさか痛むのは自分だけなのか。
尤も、本来であれば痛覚など存在しないこの世界。痛みがないのが当然であり、それに対して理解はするが納得まではしていないのは確かだが、だからといってこのような形の痛みはお呼びでない。あくまでも戦傷であるから意味があるのだ、タンスに小指をぶつけて楽しみを見出だせる精神性は、残念ながらしていない。
「おや?本当に痛むとは。貴方、何か変な事を、……していましたね」
それ故にか、傍らの吟遊詩人は呆れた顔を隠しもせず、胡乱げな目線をコチラの肩と右足に向けていた。
「取り敢えず、無事な人はジャンク殿の援護に向かってください。……自分は無事じゃないので後から向かわせて頂きます」
別段拗ねた訳では無い。だからそう物言いたげな視線を向けるな、どう見たって準備の類が必要でしょうが。
何れにしろ、長く苦しかったこのボス戦もついに大詰め。次の展開次第で結果は明白となるだろう。




